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FLEX  作者: 石油肉
第三章
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第三十一話 紫

 目覚めた途端、反射的に目を閉じた。

 見間違いや幻想の類でありますようにと唱えれば唱えるほど、自分の意識がはっきりしている事に気づいて、げんなりする。


 いつまでも目を逸らす訳にもいかず、薄目で眼前の光景を確認する。

 清潔で見覚えのない室内。

 壁紙や調度品の類を見ても、俺の知る客室や施設ではない事がわかる。

 奥の方に見える豪奢なソファーやテーブルは、アミラの所有する客室のそれに似ていなくもない。

 そんな中で大きな男と大きなギリギリ女のような人物が二人で食事をしている。

 豆を啄む大男とよくわからない紫色の団子?のようなものを次から次へと口に運ぶ女はインパクトが強すぎる。

 それは何ていう食べ物なんだよ。

 緑と紫が消えいく光景を見るうちに、ここがどこかなのかという思いが薄れていく。

 俺は助かったのか。


 意識を失う前の記憶を思い出そうとすると、靄がかかり、欠落している事もあるがあのクソ女達の顔だけははっきりと思い出せる。

 そうだ、確かあいつらに拉致同然に気持ち悪い店に連れて行かれ、釘か何かでメッタ刺しにされたような。

 えーっと、あれ……。


 両手をニギニギして、両足の指もニギニギしてみる。

 痛みがどこにも走らない。

 おかしい。

 満身創痍どころか記憶が抜け落ちるほどにボロボロになっていた肉体に痛みを感じない。

 んー、確か喉も貫かれたような気がする。

 深呼吸して確かめ、ダメだ。

 呼気の乱れでこいつらに目覚めている事が露見する。

 ここは狸寝入りでやり過ごし、隙を見て逃亡を計るべき。


 徐々に覚醒する意思が、危険を前に警鐘を全力で打ち鳴らす。

 最低でも紫を食すあの女が席を外すまでは機会を覗おう。

 大男の方であれば幾分、こちらの心情を汲み取ってくれる事は体が覚えている。

 共謀を計ったとして二人まとめて処断される未来がチラチラと頭を過るが、やる前に諦めちゃダメだ。

 死ぬ半歩手前に陥ったとはいえ、前よりは強くなったはずだ。

 可能性がゼロではない限り、抗ってみせる。


「呆気無く終わる経験はどうだった?」

「……」


 紫を口に運び入れるのを止め、女が言葉を発する。

 視線は紫へと向けているが、その言葉の意味する所を理解出来ない。

 あの子達?それはどこの子達の事だろう。


「答えなさい」

「……」

「カキ、母さんが起こし──」

「おはようございます」

「おはよう」


 いつの間にか眼前に広がる鬼の手の隙間から見えた。

 ライン、お前もか。

 豆を片手に妙に晴れやかな笑顔を浮かべる父ラインの姿。

 久しぶりに目にする両親の姿を見て、温もりや懐かしさといった感情が一切沸かない。

 沸き起こるのは怨嗟と憤怒と疑心と達観。

 混ぜこぜの負の感情を押し込め、おはようの挨拶が出来た俺は偉い。


「それで? どうだったのかしら? 率直な感想を聞きたいのだけれど」

「え、あのー、はい。すごく怖、あ、怖いというよりはえーっと、自分の無力さに悔しさでいっぱいでした。はい」

「そう」

「……」


 唇や口の周りを紫色に染めたカルミアの表情からは何も読み取れない。

 豆を大量に口に含み、ニヤニヤするラインの目はこの状況を安全圏から楽しんでいる感じがして、かなりむかつく。

 それでも俺が彼と同じ立場にあれば、同じようにバーロー目線で楽しんでいる気もするのであまり責められたものでもない。でもむかつく。


「ライン、そろそろあの娘に連絡してあげて」

「わかった」


 あの娘?

 あの三人の事か?

 モゾモゾと咀嚼を繰り返しつつ、ラインは立ち上がり姿を消した。

 久しぶりの鬼とのマンツーマンを前に手足がプルプルと震えるのがわかる。


 待て待て。

 冷静になれ俺。

 こいつはさっき「呆気無く終わる経験はどうだった?」と言ったんだ。

 俺が串刺しにされた事を知っている?

 あの経験で何を思い、何を学んだのかというような物言いだ。

 何故?


 俺の窮地を助けだしたのが「食べる?」と紫色の意味不明の食べ物を口元に突きつけてくる、こいつとラインであった可能性。

 もしくは、あの現場でしぶとく生き残った俺を何者かが連れ出し、両親に連絡を取った?

 二つとも可能性としてはゼロではないかもしれないが、しっくりとこない。


 では最も納得がいって、二つ目の紫を口に押し込んでくるカルミアが取りそうな行動とは。

 あの糞女達を使って俺を騙し討にして試練を与えたという可能性。

 この推測が妙にしっくりとくる。

 ニシキヘビとのいざこざの際に放任主義を放棄して、介入してくる素振りを見せた両親ならば……。

 彼らにとっての弱点である俺を徹底的に鍛え直す為にも、過激な方法で試練を与えてくるというのは有り得る。

 肉体のどこにも痛みを感じない事がその予想を更に後押しする。

 こいつらが裏で糸を引いていたとしたら、治療を施す準備もしていたはずだろうからだ。


 口の中の苦くてすこぶる不味い紫を飲み込み、大きく深呼吸して頭を落ち着かせる。


「あの、母さん」

「はい」

「いえ、もうお腹いっぱいです。あの、ひとつ聞いても良いですか?」

「何かしら?」


 もういらねーよ。

 せめてフォークか何かを使え。

 手掴みで食べ物っぽいものを勧めてくるな。


「どうして、俺は助かったんですか?」

「あの子達にそうするよう言いつけたからに決まってるでしょ」

「えと、あの子達というのは俺をメッタ刺しにした、あの三人組の事ですよね?」

「ええ」

「……」


 確定的で明らか、こいつが黒幕だ。

 思い返してみると、奴らが俺を勧誘して断られたからといって、何も殺す必要なんてないんだ。

 簡単に殺せる相手と組みたがること自体が破綻しているし、何より知り合うきっかけとなった迷宮内での出会い方も不審な点が多かった。

 瞬時にあの時、ああしていれば、こうしていればと自身の行動の間違いを振り返る。

 結局はアミラの呪縛から解放されて浮かれていた俺が、危機意識を最大にして行動するなんて事は出来るはずもなかったという結論へと至る。


 要するに後の祭りであり、両親の掌の上で踊らされていたという事実だけが残る。

 この世界に生まれ落ちてから、完全なる自由を手にしていた期間なんて、ほぼないけども!

 それでも嬉しかった。

 両親とアミラから束の間でも解放された時だけは、本当の自分でいられる気がして。


 だからこそ、声を大にして言いたい。

 また危機感ゼロで自由を謳歌して危険な目に合っても後悔はなんてしない!

 どんな相手だろうと、たとえ生みの親であろうと、ボロ雑巾になった俺を迷宮から地上へと運んでくれるライフラインの少女であっても、俺を縛る事は許されない!

 俺自身が縛られていると感じている以上は、この世界で生きているとは言えないのだから!

 心の内で全俺の拍手と熱狂を浴び、演説し終えるとモヤモヤした霧が晴れたような気がした。




 対峙するしないに関係なく、相手の力量を見極めなさい。

 複数の敵を相手にした場合の戦い方を想定し、破棄して逃げなさい。

 何もかもが未熟なお前はまずは逃げる事を考えなさい。

 野菜もちゃんと食べなさい。

 髪をちゃんと刈りなさい。


 堰を切ったように母カルミアからの講釈を素直に聞き続けた。

 内容の大半は上記の五つを何度もループする形で行われた。

 反論したい部分も多分にあったし、オメェには言われたくないという思いも強かったが、我慢した。

 自由でありたいー!

 なんて決意は数秒で、圧迫感がえぐいカルミアの言葉の前に霧散していた。

 情けないけど、生きていたい。


 そもそも、頭に鋭利な刃物を突きつけられている状況で何を言えるだろうか。

 チョキチョキと唸りを上げる刃の音。

 俺は今、伸びに伸びていた髪を刈られている。

 炊事洗濯掃除を一切しない彼女。

 そんな彼女の数少ない人間らしい行動の一つがこのヘアカットだ。


 反抗的な言動など取れるはずもなく、置物と化しているとドアが開く音と共にラインが戻ってきた。

 その後ろを少女が続き、更にその後ろを一ヶ月ぶりに見るユビさんが続く。

 少女の目には普段では見られない焦りのような色が浮かんでいる。

 吹き出しそうになるのを堪えて、目で挨拶する。


「連れてきたぞ」

「カキ君、久しぶりー! 傷の方は大丈夫そうだね」

「お久しぶりですユビさん。えっと、アミラが何故ここに?」


 ラインは室内へと歩を進め、テーブルの上に残されている豆に手を付け始める。

 入り口で立ち止まったまま動かないアミラに対して困惑した表情を浮かべるユビさん。

 何ともまあ、相変わらずの無口なアミラでございます。

 やっぱりこいつは人見知りなんだろうか。


 そんな事を考えていると髪を刈る音が止まる。

 背に禍々しいものを感じて、飛び上がりそうになる。

 幸か不幸かカルミアの左手でがっちりと頭をホールドされていて、飛び上がる事も上を向く事が出来ない。


「カル、止めなよー。この子はカキ君のお友達だよ」

「……」

「……」


 こめかみの辺りがミシミシと音を立て、締め付けられる。

 俺は悟空じゃないっつーの!

 そもそも悪い事なんてしてないでしょうが、三蔵さん!


「お友達ねぇ……。カキの事を助けようともせず、放置していたこの小娘が?」


 いや、全ての原因は母であるお前と我関せずの父、お前らだろう。

 アミラが原因で何かしら巻き込まれた覚えはある、だがこっちが巻き込んだとも言えるんだ。

 それに今更そんな事はどうだっていい。

 アミラのああいう性格である事を理解した上でペアを組んでいた訳だし、端から助けて貰おうと思って行動したりしていないんだ。

 今はこの水と氷という似ているようで違う二人が争う事は避けるべき。

 俺の頭がパーンする前に。

 そもそも、アミラを呼んでこいと言ったのはカルミア、お前じゃなかった。痛い痛い。


「母さん? アミラさんには大変お世話になってお──」

「カキがいつも言ってた通り、ほんとにクソババァだ」


 だめかもしんない。

 最悪のタイミングで初めて口を開いたアミラ。

 そして、最悪の言葉のチョイスである。

 半分以上カルミアからのヘイトが俺にも向かっている気がする。


「カキ?」


 A 記憶にございません

 B お前はクソババァだよ

 C 沈黙で押し通す

 D お腹一杯の証明。目を閉じたまま、モグモグしているラインに助けを求める

 E ユビさんにやんわりと仲裁して貰うよう流れを誘導する


 脳内に選択肢が提示される。

 長考、即ち沈黙のCは最悪の結果が見える。

 すぐに答えを出さなければならない。


「Aだ! 違う! 記憶にございません!」

「は?」

「いや、えー、そのですね。俺は母さんの事をクソババァだなんて言った覚えもありませんし、アミラさんはブラックユーモアが大好きなんです。はい」

「ははは。アミラちゃんって面白いね」


 うわー。ユビさん他人事じゃないすかー。

 どこか面白がってる感じもするし、火に油を注いでるきらいもある。


「冗談のつもりはないけど? このババァを──」


 アミラの言葉を遮る形で視界がぐにゃぐにゃになる。

 たぶん、投げられた。

 それも最悪の的へと。

 数瞬前に頭に感じていた大きな手と違い、小さな手で強く握られている事を確認。

 アミラによって頭を掴まれている。

 もろもろの反動による負荷が首や腰に掛かり、ものすごく痛い。

 ギシギシと音を立て始める頭の痛みを忘れるくらいに痛い。


「アミラ、離せ」

「……」


 解放してくれた。感動した。

 頭と首への負荷から解放されてすぐは激しい立ちくらみが襲ってくる。

 それでも倒れ伏す場合じゃないので気合で立つ。


「カル」

「何よ」

「その子はカキの事を案じて、ここへ来てくれたんだ。そう突っかかるな」

「は? 私が突っかかる? カキと大差ないくらいに弱い・・餓鬼に? 有り得ないわね」


 弱い、って部分を強調するんじゃありません。

 アミラがもう隠す気もないようで、室内をピシピシと氷結させている。

 計画通り!という顔で口角を釣り上げるカルミア。

 嗚呼、こいつは単純に戦いたいだけだ。

 俺を生贄にして好敵手を召喚という、バトルジャンキーの常套手段だ。


 わざわざラインとユビに協力を仰ぎ、こうなるように仕向けたカルミアの性根は腐っている。

 その腐りきった性根を叩き直してやりたいが、こちらが叩かれそうなのが歯痒い。

 まあ、アミラも不敵な笑みを浮かべているし、俺ほど馬鹿でもないのであえて挑発に乗ったのかもしれないが……。

 目を瞑り、耳を塞いでこの状況を無視したい。

 そう思えと防衛本能が喚き散らしているのに、心のどこかでこの二人のやり合いを見てみたいという思いがチラチラと顔を見せる。

 その顔は酷く憎たらしく思えるが、顔そのものは俺のものであるのでどこか可愛らしい。


 現実逃避しているうちにユビさんがやり合うなら外にしましょうと提案し、止めておけと仲裁の手を差し出したラインの手が弾き飛ばされていた。

 ここからはジャンキー同士の表出ろや、望むところだ。というお決まりのパターン。

 ユビさんが備え付けられている室内の通信機を操作して、何やら手配している。

 ラインと俺は置物と化し、好戦的な二人と一人をただただ見ていた。




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