第二十九話 ラグナロック
夜空に輝く星々を見上げ、考えに耽りたい。
狭苦しい客室、バルコニーすら持たない自分が泊まる客室ではこの思いは叶えられない。
仕方なくアミラのスイートルームにある大きくてゴージャスなバルコニーにて今、俺は夜空を見上げている。
背中にアミラからの「はよ帰れよ」という視線を感じるが、無視である。
今宵の夜空が永久にその姿を変えぬ事は叶わない、私の存在と同様に。
心の奥底に押し込めていた帰還という欲求が芽生えて以来、私の心は縛られている。
何か帰還の方法があるのかもしれないという考えが絶え間なく沸き起こる。
巷で話題となっているポコ○ン爆散祈願の青年はその方法を知っているのか?
そもそも、彼は同郷の者かどうかもわからないが……。
私を育ててくれた両親、彼らがこの思いを知ればどう受け止めるだろうか。
元の世界への未練……。
「──ないか」
「帰れ」
捨てられて以来、髪を碌に切っていなかった為に伸びに伸びた前髪をふぁさっと手櫛でかきあげる。
他者から見れば滑稽であるかもしれないが、脳内イメージでは完璧なイケメンであるので気にしない。
帰れと怒気が篭った言葉を投げ掛けられているが、気にしておこう。
いのちだいじ。帰って寝よう。
第八階層と第九階層を繋ぐ昇降口にてここ最近でよく顔を合わせる二人が休憩している所に鉢合わせる。
二人がそこに居る事で甘い香りがやや閉ざされた空間に満ちており、心地良さを覚える。
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
何度も顔を合わせる内に自然と言葉を交わすようになった二人から爽やかな挨拶を受け、こちらも丁寧に挨拶で応える。
二人は長髪の髪を綺麗に結い、その髪型や顔、装備まで瓜二つだ。
体型も勿論同じで、違いがあるとすればその髪色だけだろうか。
向かって左側に立つ方が濃い茶色、右側に立つ方は黒い。
「今日も朝からここですか?」
「あぁ、この時間であれば我々以外にはここで狩る者はいないからな」
「カキ。つい先程、四人組のパーティーが遠巻きに追い越していったんだが、彼ら銃を手にしていた。ここらの階層以降でヘマをする者が居るとは思えないが、気をつけろよ」
「はい。お二人もいつも通り夕方までですか?」
「いや、今日は早く上がると思う。野暮用でな」
「そうですか……では行きますね」
「あぁ、またな」
野暮用があると言った後、少し影のある表情を浮かべているが、深入りせずに話を切り上げる。
少し気になったが双子の槍使いのおじさんと別れ、今日も単独で第九階層へと足を進める。
昇降口の階段を降り始めると、彼らグスマンとニューマンが発する女剣士の出すような甲高い掛け声が聞こえてくる。
彼らのユニークな掛け声が階下へと到達する頃には聞こえなくなる。
緊張と恐怖、興奮と黄昏、猜疑心と自己嫌悪、色々な想いが混ざり合う中、第九階層の明るく照らされた道を一歩一歩慎重に進む。
左右には漆黒の闇が広がり、漆黒タイツのロイがどこから忍び寄ってくるのかが分かり難い。
自分の歩行音を最小限に抑え、ロイの忍び寄る音に神経を傾ける。
『シ』
衣擦れの僅かな音に反応して前方へと一気に跳躍する。
暗闇からのロイによる包丁の斬撃を回避する事が出来たが、ここからが本番。
幾度かのロイとの戦闘を脳内で振り返り、事前に考えて置いた攻略方を肉体に施行させるべく命令していく。
数分の戦闘。
無傷でのロイの打倒を終えた俺は、ロイの萎びれた漆黒タイツの中から核を拾い出し、更に迷宮下層へと歩を進める。
先程の戦闘を振り返りつつ、魔力の底を確かめる。
眠気の具合から考えて、いつも通りの曲げるだけの行使で済んだ。
相変わらず無属性を無自覚の内に使用していた可能性はあるが、あちら方面は魔力の枯渇で眠気では無く、単純に疲労感が身体に訴えてくるらしい。
まだまだ元気ハツラツなので大丈夫だろう。
少しでも疲れや眠気を感じれば、撤収。
その自分ルールをしっかりと守り、ロイとの戦闘を休憩を挟みつつ四回行い第八階層へと上がる為に昇降口へと向かう。
遠目に昇降口が見始めた頃、異変に気付く。
今朝言葉を交わしたグスマンとニューマンかとも最初は思ったが、その異変の正体は彼らでは無かった。
どうやら見知らぬパーティー同士が揉めているらしい。
関わるのも面倒だが昇降口を塞ぐように立ち、言い争い、今にもドンパチしあうのではという空気が遠くから傍観しているこちらにも伝わってくる。
「すいませーん。通して貰えますかー?」
「……」
「……」
近づくとよくわかったが六名の男女、男三人のグループと女三人のグループがどうやら言い争っているというよりも、男側のグループが女側のグループに金品の要求をしてらっしゃる。
両グループの者が一斉にこちらへと目を向け、無言のまま移動して道を作る。
ここは助け……どうでも良いな。
どちらが悪いか、善悪の判断を俺が下す状況では無い。
詳しく話を聞けば或いは……それもする必要も無いし、彼らがそれを許すとも思えない。
「どもども」
「君、この状況で素通り?」
うそーん。
この状況で子供に助けを求めます?
鼻が大きい短髪の女が声を掛けてくる。
「暗くなる前に帰らないとお母さんに怒られるし、ごめんなすって」
子供に加えて母という免罪符コンボで返答する。
勿論、通用しない。
ノーリアクション。ノースマイル。
「私達、こいつらに因縁つけられてるのよ! お願い、助けて!」
「……」
喚き散らす女とは対照的に口を閉ざしたままの三人の男。
見るからに堅気じゃない空気を放ち、ガシガシと俺のHPを削るように睨んでくる。
ただ、この堅気じゃない感がえぐい三人の男は話の通じないような者達には思えない。
何といっても塞いでいた道を素直に開けてくれた。
これは結構大きい。
他者に迷惑掛けちゃダメという当たり前の常識を有している証左でもあるし……。
いかんいかん。
いつの間にか巻き込まれて、それを良しとして観察・分析しちゃってるよ。
巻き込まれそうな空気を振り払うべく、ゆっくりと右手を胸の辺りまで掲げ、親指を突き立てる。
「ガンバ!」
「ナッ!」
「あんた、一人でここらで稼いでるっていうあの子供でしょ!? だったら──」
もう話しても無駄だし、不毛だろうから彼女達の呪詛を背中に浴びながらも、無視して階段を降りていく。
彼女達の末路は予想出来るが、もう眠いし体の節々が痛むので考えるのも億劫だ。
階下へと降り立ち、第七階層へと続く昇降口へと向かう。
最後に言われた言葉が頭の中で繰り返される。
いずれは小さな話題程度にはなるかもとは考えていた事。
今は爆散青年の話題で持ちきりで、俺の事が話題にされているというのは先日の聞き耳祭りの日に無かった。
だが、あの短髪の姉ちゃんは俺の事を知っていたようだ。
子供であり、第九階層より下層で単独で活動しているという条件だけでも特定されるという事実。
悪目立ちしないように行動するにも限度がある。
何か手を打たねば……。
打つ手なし!
良案が思い付かないので放置!
思考放棄して歩き続けているとボールとの戦闘を終えたばかりの槍コンビを発見する。
距離が十分にある内にこちらから声を掛け、お互いの姿を確認して近づく。
甘い香りが薄れ、汗臭さが目立つ二人はやや顔に疲れを見せるてはいるが、目に見える負傷は負っていない。
「あれ? まだやってるんですか?」
「あぁ……まぁ、予定が変わってな」
「そうですか、まだ続けます?」
「いや、この通りだ。俺達もそろそろ上がるつもりだ。良ければ上まで一緒にどうだ?」
「是非是非」
「兄貴、そっちの取っといてくれ。カキ、すまんが少し待ってくれ」
「ゆっくりで良いですよ。俺も結構疲れてますし」
うむ。何故かこの双子と話していると和む。
当たり前の会話のやり取りなんだろうけど、すごく和む。
そういえばこの世界での当たり前の会話というと、父であるラインとくらいしかした覚えが無い。
ユビさんはたまに顔を覗かせる堅気じゃない感がえぐいのと、やっぱり異性である事もあってどうしても気を使ってしまう。
「どっこいしょ」
「待たせたな、カキ。行こうか」
「あれ? ニューマンさん、それ」
「あ」
「こりゃ、ダメだな」
双子の弟、ニューマンが手にする槍の矛先に大きな亀裂が走っている。
グスマンもその矛先を見て眉間に皺を寄せ、使い物にならないという考えをその表情に示す。
「修理すればまだ使えそうですか?」
「ダメだな。この町じゃこの程度の武具は使い捨てだ。鍛え直そうとしても取り扱ってくれる職人がいないな」
「予備はあるんですか?」
「心配は無用だ。おい、ニューマン、一応出しておけ」
「わかった」
瓜二つで未だに見間違えそうになるが、茶髪の兄グスマンが黒髪の弟ニューマンに指示をする。
ニューマンは手にしていた使い物にならなくなった槍を足元に置き、厳つく甘い香りを僅かに漂わせた体を小刻みに振るわせ始める。
ボディービルダー選手権会場はここですか?
そう錯覚してニューマン選手の肉体美に魅せられていると、周囲の空気が薄くなり始める。
『ヤッ!』
甲高いユニーク掛け声がニューマン選手から生じる。
その瞬間、彼の腹部の辺りが蠢き始める。
骨が軋む嫌な音を立てながら、肉そのものが凝縮を繰り返しにょりにょりと蠢く。
ボテッ。
へそから生み出したのだろうか、それとも腹の中に仕舞い込んでいたのか不明ではあるが、ニューマンは産み落としたばかりの丸々とした拳大のヌメヌメの石のような物を掴み上げる。
肩を上下に揺らし、息苦しそうにするニューマンは手馴れた手付きで、腰の後ろに提げている手ぬぐいか何かで産み落としたばかりの石に付着している粘り気を拭き取り始める。
「……聞いても良いですか?」
「あぁ、何だ?」
「何してるんですか?」
「見るのは初めてか?」
「はい」
「カキ、おまえ変わってるな……。もしかして、俺達の事を知らないのか?」
ニューマンは地面に膝を付いて石を拭き拭きしつつも上目遣いでこちらを見ている。
潤滑度が高いのか、手元を狂わせて態勢を崩しそうになっている。
そんなおじさん猫は後回しだ。
グスマンの言葉が気に掛かる。
まるで彼らとこうして話す人は居ないという意味にも取れる言葉。
「どうゆう意味ですか?」
「その……何だ。俺達はゾドだ。今まで知らなかったのか?」
グスマンは屈み込み、俺の顔の前にその厳つい顔を持ってくる。
左手の人差し指で自身の目を指差している。
近くでよく見ると瞳孔が蛇や猫のような縦に長い。
「おお! すいません、意味がわかりません」
「……本当に知らないんだな。まぁ、それなら良い」
「何か、すいません」
「いや、気にするな。ニューマン、そろそろ良いだろう」
「あぁ、よっこいしょ」
グスマンとニューマンが俺のリアクションに困惑しているようにも、少しだけ微笑んでいるようにも見える。
ニューマンが玉遊びしている猫状態から脱して、いつの間にか綺麗に拭き取られた拳大の丸い石を両手で挟み込むようにして持ち上げる。
ニューマンが頷き、グスマンも頷く。
意味不明である。
猫ニューマンのへそから出した石こそ、彼自身の核であるらしい。
ゾドという種族にしか扱えない特殊技能であるらしく、特徴的な夜目の効く目は有名ではあるが、こちらの猫石(勝手に命名)は隠している訳では無いが、知る者はそう多くはないとの事。
使用用途については彼らが語ろうとしなかったが、戦いを生業にしている彼らにそれを聞くのも悪いと思い追求する事はしなかった。
地上へと向けて三人で進む間、大事に彼自身の核を抱えているニューマンは戦闘行為を一切せず、主にグスマンが道中でエンカウントした迷宮生物を排除していた。
俺も魔力が底を尽きかけている事を自覚しているので、ナイフを振り回し魔力無しでの戦闘で乗り越える。
グスマンも俺も疲れから動きに精彩を欠いているだろうが、ボール以下パープルアントなどはもう敵ではないので負傷する事無く地上へと無事到着する。
ニューマンの核取り出しは一体何だったのか。
口に出したい気持ちを抑え込み、地上へと出る。
迷宮前のゲートを通り過ぎる前にニューマンは猫石をヘソへと押し込み、「ポコン」という耳心地の良い音を立てて飲み込む。
すっかり日が暮れた町並みを横目に、何とも奇妙な光景を目の当たりにする。
「助かった。第九階層へと踏み入れる実力、さすがだな」
「まだまだですよ。フラフラですしねー」
「ナイフの取り扱い、体術に関して我々も見習うべき所が多かった。勉強させて貰ったよ」
「こちらこそ、おも、勉強になりましたよ。この体格だとやっぱり槍を扱うのは難しそうですけどね」
「礼に食事でもと言いたいところなんだが、我々はこれから予定があるんだ。すまんがまた後日、礼をするという形でも構わないか?」
「おごりですか!?」
「あ、あぁ……」
内心でも表面的にもダブルガッツポーズ。
高級ステーキ店に連れて行って貰おう。
二人の事だから礼をと言ってくるだろうと予想し、遠慮せずにノータイムで言質を取るよう事前に準備しておいた甲斐がある。
微妙に二人は引いているが、この世界でのおごりなんて早々あり付けない。
ガッツボーズを取った姿勢のまま、約束を詰める。
約束の日は三日後の夜。
この事を決してアミラに知られてはならない。
頭に浮かぶ、アミラのあの憎たらしい笑顔。
今すぐ全裸となり盗聴器の有無を確認したくなるが我慢する。
両手の拳を握り締め、硬直していた俺を心配する二人。
曖昧に大丈夫だと返答して二人とは別れ、夜の町並みをフラフラと歩く。
迷宮からは少し離れたストリート沿いにある「ソウルミート」という行きつけの肉料理専門店の扉を開き、店内へと進む。
店内はこの時間帯にしては珍しく、混み合っている。
どうしようかと考えていると、店長からボックス席なら空いていると告げられて奥のボックス席へと足を進める。
注文を済ませ、仔羊のソテーとテールスープ、ガーリックライスにメインのローストチキンが来るまでにトイレへと駆け込む。
所持品や衣服に盗聴器が仕込まれているかを手早く確認する。
案の定、見慣れない小指の先ほどの大きさの機器を発見する。
「アミラ、今頃何してるかなぁ」
冷静沈着、合理的で完璧な俺はトイレの中で大きすぎる独り言を口にする。




