第二十五話 偽りの盟約
「Check it out!」
KENJIを始末するまでに要した時間。
待機に二時間、移動に四十三分、実行に十二秒。
バルコニーから客室へと侵入、背後を見せた瞬間に接近してぽきん。
カウンターで反撃される、もしくは近接すら出来ないだろうと予想していたが、泥酔して韻を踏んでいた事が彼の戦闘力を著しく低下させていたのかもしれない。
客室に設置されている通信機に手を触れ、彼の姿をロストしていた間に使用された形跡が無いかを確認する。
確証する事は出来ないが、使用時に発生する熱量の痕が皆無な事から、使用しなかったのだろうと判断する。
万全を期した為に魔力を流し込みすぎたかもしれない、客室内ですべき事を考え動き回っている内に強烈な眠気に襲われる。
立っている足に力が入らず、頭が重く眩暈も酷い。
少し移動するだけで、動悸息切れがする。
「おやすみなさい」
「ここで寝るの?」
「五分だけ。そしたら起こして──」
「わかった」
目覚めた時には馴染みのある客室のベッドだった。
アミラが運んでくれたのだろう。
感謝しなければならないが、起こし方に難がある。
「お買い求めはどちらのお店で?」
「馴染みの店」
「左様で御座いますか。わたくしめが贔屓にしているラバースーツの店主が営む店でしょうか?」
「ええ」
「なるほど。どうりで……」
冷水や熱湯を掛けられて起こされるのなら我慢出来る。
おそらく俺は魔力の使い過ぎによって中々目覚めなかったのだろう。
目にヌルヌルとした粘液が入って見え辛いが、窓の外は既に朝日が登り始めている。
そう、このヌルヌルが問題である。
大量のローションをわざわざ目覚まし用に使用するアミラ、頭がおかしい。
即効性は期待出来ないのに、あえてこのチョイス。
それもそうだろう、全身がヌルヌルのイチゴ味である。
ヌルヌルした目覚めの後、アミラと共にルームサービスで軽く食事を摂る。
負傷した傷は毎度の事ながら痛みは残っているが、なんとか動ける程度ではあるので血とローションでヌルヌルな衣類を手洗いする。
アミラが俺の客室に居座ったままテレビを見て寛ぎ、俺はバスローブ姿のまま同じく寛いでいると客室のチャイムが鳴る。
「何か頼んだ?」
「ううん?」
「何だろ」
ベッドサイドに置いてあるナイフを手に取り、客室の入り口へと進む。
覗き穴に目を当てるのは少々躊躇われたのでドアを挟んで声で応対する。
「どなたですか?」
「あ、あれ? カキ君?」
聞いた事があるようなないような、声。
「えと、どなたでしょうか?」
「ユビだよー。開けて開けて」
本物か?
あの両親の事だ、ユビさんが訪問する事を許すだろうか。
ニシキヘビの件、やはり引き金はカルミアとラインだったのだろうが……。
あの二人の事、俺の身を案ずるだろうか?
こんな町に着の身着のままで放り出した事からもユビさんが訪問する事は止めているはず。
「本物ですか?」
「勿論!」
「じゃあ、父さんの好きな食べ物を言ってみてください」
「豆!」
「……お久しぶりです」
ラインは豆が好きだ。
あの巨大な手で豆を一粒づつ口に運ぶ姿はかなりシュールだったしよく覚えている。
食事中にフォークも使わずに手掴みで豆を口に運び続けるラインを見るのは、俺もカルミアも好きだった。
ユビさんとの久しぶりの再会。
後ろにはいつの間にかアミラが俺の背中にぺたりと張り付いており、入り口で三人が顔を合わせる。
ユビさんが目を見開き、盛大に勘違いをしている気がする。
「違いますよ。こんな格好ですが。この子は──」
「出直そうか?」
「違います」
誤解は早々に解けないかもしれないが、とりあえず手狭ではあるが客室にユビさんを案内する。
アミラは能面を張り付かせたように無表情のまま、ユビさんを凝視している。
居間兼寝室である室内に足を踏み入れたユビさんが、ローションの入っていた大量の容器の残骸を見て俺の方を睨みつけている。
もうどうでも良くなって来たので目を逸らして無視する。
ユビさんの視線は中々俺から外れないが、何を言っても誤解は解けそうにない。
「お久しぶりです。ユビさん。あ、この子はアミラです。今、一緒に迷宮に潜っているんですよ。アミラ、この人は俺の両親の仲間で、一年程前からここへ来る前までずっと俺に勉強を教えてくれてた人なんだよ」
「ユビです。よろしくね」
「……」
こいつ、人見知りか?
その割にはユビさんの顔をガン見だし、ようわからん。
ほっとこう。
「カキ君。時間も無いし手短に言うね。明日の夜にはカルやラインがこっちに来るけど、それまで私がカキ君を保護します」
「……。それってやっぱりニシキヘビ絡みですか?」
「知ってたの? どうして? もう何かされた?」
やはり、あの二人が絡んでいたか……。
しかし、ユビさんの口ぶりが不可解。
保護するだと?
何か言いようの無い苛立ちが芽生えるが、ユビさんにこの苛立ちを向ける訳にもいかない。
なるべく自分の思いは押さえ込み、俺は何故その事を知っていたのか、これまでの出来事も踏まえてユビさんに全て話した。
あの三人を始末した時の事を話していると何故かユビさんが困ったふうな顔になる。
知り合いだったのだろうかと考えたが、どうやら違うらしい事がわかる。
俺を気遣っての事のようだが、ユビさんから見た俺は狂ったように見えているのだろうか。
一通り、俺自身も転生者である事や彼らがトリッパーである事などは伏せて話す間に、自身が狂ってしまっているのかと考える。
俺の話を一通り聞き終えたユビさんから、ニシキヘビと両親やその仲間との間で起きた出来事が語られたが、一言で言えばカルミアが暴れただった。
今回は相手が相手でもあるから、あの鬼も了承しての俺の保護らしい。
そして鬼も後日ここへ迎えに来るという。
ニシキヘビから命を狙われるという事よりも再びあの母親の保護下に入るという事実が、俺の体を恐怖で包み込む。
ここは地獄だし、過酷だ。
そして顔の見えない脅威が忍び寄ってきている。
だが、母の下に戻れば地獄以上の苦しみと過酷な日々が待ち構えているのは間違いない。
奴等が保護という名目で俺を手元に置くという事は、俺が弱者であるからだ。
即ち、俺は以前よりも更に過激で過剰で暴力過多な生活を強いられ、自立出来るよう鍛え直される可能性が大。
というよりも、確実。
「ユビさん。僕はアミラと一緒にここに残ります。保護も受けません」
「……どうしてかな?」
心臓の辺りがチクチクする。
椅子に腰掛け、こちらを正面から見据えるユビさんの目から色が消えている。
嘘だ、と大声で叫ばれそうだ。
「アミラ」
「……」
「アミラ!」
ユビさんから放たれる殺気を過剰に感じたのだろうか、アミラが少しだけ腰を浮かせて前屈みになる。
こんな時にやり合わないで欲しいので、大声で名前を呼び制止する。
「ごめんごめん。でも、ちゃんと説明してくれないと。どうしてかな? 危険な相手だっていう事はカキ君も理解してるんだよね?」
「……どうして、自分が父さんと母さんに放り出されたのか。目覚めてからずっと考えていました。今も真意はわからないままですけど、何となくですがわかったつもりです」
「……」
「恨んだりする気持ちはありません。今まで育ててくれた恩もありますし、多々問題はある親だとは思いますが感謝しています。……ここからは父さんと母さんにも伝えて欲しいんですが良いですか?」
「勿論」
「では……テメーらの考えでこんな所に放り出したんだろうが! その上、テメーらの都合で事を起こして置いて保護するだ? ヌルイ事言ってんじゃねーぞクソが! 保護なんて言ってる暇があんなら喧嘩を売った相手を全員殺せ! ──とお伝え下さい」
「……。強くなったね、カキ君。というより、それが本当のカキ君なのかな? 私も一緒に過ごした時間はそんなに長くないけど、どこか余所余所しかったり、大人びてたり、感情を表に出さなかったのにね」
「……すいません。ユビさんにも態々来ていただいたんですが、このまま父さんと母さんに伝えて下さい」
ユビさんの言う、本当の俺というのが心にザクザクと刻まれる。
本心を言っているように演技はしているが、言い訳なんです。ごめんなさい。
あの両親、というより鬼の下へと戻りたく無いが為の小芝居です。
見えない敵に狙われるよりも、見えている鬼の方が怖い。
「それでも駄目。って言いたいところだけど、自力で三人のメンバーを排除したみたいだし……んー、カル達が来るまでは私もここに滞在するから、どうしようも無くなったら連絡する事。カルとラインには伝えてみるけど、カキ君の意向が通るかはわからないよ?」
「ありがとうございます」
その後、ユビさんからしばらく滞在しているホテルの名前やルームナンバー、更には緊急時の避難場所として使える場所、その他にもユビさんの知り合いが経営している店舗なども教えて貰った。
正確には一方的に口頭で告げられた事に加えて、その場で書き記されたメモを渡されたが事前に準備でもしていたのか避難場所は五箇所、知り合りが経営しているという店舗も十近くあった。
その店舗のほとんどが風俗店であったことに戸惑いを覚えたが、追求はしないでおいた。
伝えるだけ伝えたユビさんはすぐに客室を後にして、再会はあっけなく幕を閉じた。
一ヶ月の時が流れ、俺は今もペンタゴンシティーに居る。
ユビさんの訪問後、俺の意向はどうやら通ったようで、カルミアとラインと顔を合わす事は無かった。
勿論、両親の保護下に置かれることも無く、アミラと共にペンタゴンシティでの日々を送っている。
この一月の間、時間の進み方がこの世界に生まれ落ちて以来、本当に遅く感じた。
まず最大の懸念事項であった鬼の保護を回避したは良いが、ニシキヘビの脅威にはずっと悩まされていた。
というより、かなりビビッていた。
アミラもユビさんとの再会時に同席していたので、部屋から出たがらない引き篭もりの俺の客室に毎日訪れ、激励してくれた。
激励という名の暇つぶしの日々。それはアミラがやっているTVゲーム──俺の知っている世界のゲームと割と似ているアミラがどっぷり嵌っているRTS──のプレイを見させられるという苦行を強いられるというものだった。
彼女なりの生き抜きなのか、時折対戦格闘系をプレイさせて貰えたが、コマンド入力、コンボ、間合い、カウンターの一つ一つが高水準でアミラにカモにされていた。
そして、俺はアミラが扱うキャラクターに遂に一ダメージも与える事が叶わなかった。
アミラは攻撃よりも防御に関してのコマンド操作が神の領域に到達していた。
まぁ、ゲームの話はこの際どうでも良いが、彼女の意外な一面を垣間見た。
「待ちアミラ」だと馬鹿にしたらリアルで強パンチを頂いたのは些細な事だろう。
再三に渡ってゲームはどうでも良い。
要はそんな引き篭もってゲームをしている間にニシキヘビの駆除が終了していたという報せが届いた訳だ。
ご丁寧にも両親からの手紙には今回の一件についての事がしたためられていた。
「全員殺った」その一文だけの内容。
ユビさんが直接俺の下へと届けてくれたので、本物だろう。
ニシキヘビについての事も知り得る限りユビさんからは聞いたが、冒険者や一部の関係者にしか教えられない事など、業務上多々あるらしく詳細な部分までは聞く事が出来なかった。
後始末や諸々の処理もあるというユビさんとはまたすぐに別れ、晴れてゲーム生活との別れが訪れたのが今日。
言葉にすれば短く、要約すれば更に短いだろう。
ゲームしてたら(見てたら)終わってた。
この一言でこの一ヶ月を語れる。
ニシキヘビ、おそらくは同郷の者達だったであろう。
彼らと違った形で出会っていたならばという思いと、果たして彼ら「だけ」なのかという疑念が頭に浮かぶ。
目立たないようにひっそりと暮らしている者。
彼らのように未来の出来事を知っていてもあえて危険な人物に近づくような事はせずに、安全マージンを十分に確保して動く者。
はたまた彼らと同様の思想や主義で動き、彼ら以上に力を持つ者。
外見的な特徴など、俺のように年齢や見た目も大きく異なった形で転生またはトリップした者。
この創作物であろう世界の未来も知らなければ、強くも無いモブな俺はアミラがニ正面作戦に備えて補給物資の準備を進める中、これからの事を考えている。
弓兵が不足しているぞ、アミラ。
ふむ。今回は騎兵が多めか、なるほど。
北方から国境沿いの要塞へと攻めて来ると予想される相手は伝統的に重装歩兵に重きを置いている王国だったな、機動力を優先した編成か。
プレイ画面を見ていると、思考がズレてしまう。
目を瞑り、これからの事を真面目に考える。
「アミラ、明日から迷宮に潜ろうかと思う」
「あとニ年待って。それで北方は統一出来る」
「西側の連合諸国はどうする? 昨年、コロイド盟約によって破棄されたはずだぞ」
つい、話を摩り替えられた上に乗ってしまう。
へっぽこ宰相も今日までだ。
明日からは本格的に活動しなければ、生きて行けない。
貯えを切り崩して引き篭もっていたのだ、このホテルの宿泊費すら危うい。
加えて今回痛感したのが、やはり自分の弱さだ。
弱さ故に恐怖する。
我らの王国も弱さ故に投機的な侵略戦争を繰り返し、大陸に血の雨を降らせてきたのだ。
南方に広大な版図を持つ帝国など、この五百年、対外的な紛争や戦争はおろか内乱すら起こしていない。
それは、絶対的な強さを持つが故なのだ。




