第二十四話 エクストリーム
あぁ、駄目だったか。
コマ送りとなって見える刃の軌跡が、俺の首を目掛けて迫り来る。
左腕で防御してはいるが、その刃は腕と首を容易に斬り伏せるだろう。
諦め半分というよりも、既に諦め全開の思考。
そんな思考とは裏腹に体は最期のその時まで生を欲する。
後方へと飛び退りながらも上体を反らして、迫り来る刃の軌跡から回避する。
左肘の辺りから肩にかけてざっくりと斬りつけられる。
上体を反らした影響で、背中から寝室の床へと着地する。
着地、というよりもただ単に転がり込んだ。
おかしい。
おそらくは無属性を纏った斬撃であるにも関わらず、速度があまりにも遅すぎる。
最初に現れた時や、頬を浅く斬られた時とは違って、命を刈りに来る時のその動きはあまりにもお粗末。
体が条件的に反応したのも、本能が勝てない相手では無いと訴えかけていたのかもしれない。
絶対的な強者は物心付いた時から身近に居たし、今もアミラという小鬼が居る。
目の前のサカモトが、強者では無いと警鐘を鳴らす。
警鐘は正しかった。
サカモトは強い事は強いんだろうし何か特異な魔法を行使出来るのかもしれないが、マリコ嬢と同様に戦闘においての戸惑いが多いように感じた。
殺すつもりであるのならば、姿を現した時点で斬りつけておくべきだ。
会話をする必要がどこかにあったのかもしれないが、それを聞きただす事はもう叶わない。
既にサカモトも寝室で体をコの字にして横たわっている。
下腹部からは多量の出血をした痕があるが、これはポコ○ンハンターカキの賜物である。
刀を振り回されていては首や胸部に触れる事は、俺とサカモトとの身長差や彼の立ち回りの動きからして難しかったので、封印していた禁じ手──俺自身の精神的負荷が激しくかなり消耗する──で下腹部を捻じ曲げた調子で一本とニ玉がもげた。
人にはやはり極力使わないようにしよう。
使用後の手触りがとてつもなく不快だ。
魔力を使用し過ぎた所為で眠気に襲われつつも客室内のマリコ嬢の所持品を漁る。
今更良心の呵責など、命の取り合いをした後なので一切沸いて来ない。
客室にあった医療品を拝借して応急処置をしつつ、内容は字が汚すぎてすぐに解読するのは困難だろうが、手帳を発見して回収する。
その他にニシキヘビからの指示などをメモしたものでも無いだろうかと漁ってみたが発見出来なかった。
時間の猶予もそれほど多くはない、さっさと訪問時と同様、ホテルの外壁沿いを移動して現場を去る。
現場であるホテルを離れ、町中の人通りのやや少ないストリートから更に薄暗い路地へと足を進める。
ここまで来る間に現場であるホテルの方角へと何台かの軍関係の車両のようなものが走っていった。
やはり爆発音が周囲への騒動の引き金になったのだろうか、早々に現場を離れたのは正解だったかもしれない。
残る対象は一人。
一見、思慮が最も浅い男に思えるが、その力量は未知数。
サカモトやマリコ嬢と同等の強さであると高をくくって掛かれば、手痛い反撃を貰う可能性もある。
そして一番の懸念事項がある。
彼ら三人の実力から伺える事実。
サカモト、マリコ嬢の弱さだ。
ケンジが彼ら同様の力量しか有していないとすれば、迷宮にて俺を監視したり第九階層にすら到達していない俺をモブ扱いするだろうかという事。
そこから導き出される仮説。
サカモト、マリコ嬢が対人戦闘に極めて不向きであった可能性。
それとは別にケンジが彼らの中では戦闘に特化した存在であり、二人は非戦闘員であった可能性だが、サカモトの言動からしてその線は薄い。
となれば、ケンジが突出した力量を持ちながらにして、その力を隠している。
加えて彼の言動そのものが擬態である可能性。
それならばかなりの役者だとは思うが、可能性はゼロでは無い。
三人のチームワークが抜群で迷宮攻略を容易にさせているとも思えるが、その線も薄い。
監視の際にもそうだったが、一足先にマリコ嬢は帰宅しようとしていたし、サカモトも先程の襲撃時には単独であった。
チームワークが彼らの力の源泉としているのであれば、そのような行動は理に適っていない。
『ピシッ』
薄暗い路地裏で当面の脅威となるであろうケンジの力量を考え、対策を練っていると時間帯は違うが規視感を覚える。
上を見上げると不気味な程に輝く月をバックにまたもや家屋の壁面に靴底を張り付かせて、こちらを見下ろす少女が居た。
「散歩ですか」
「うん」
「……何?」
「何してるの?」
「見りゃわかるだろ」
「血だらけで、ボロボロになって泣いてるようにしか見えない」
だいぶ慣れたとはいえ、イラッと来る。
そりゃ情けない姿に見えるんだろうけども。
アミラは心底そう思っているんだろう、ゴミ虫でも見るかのように悪態を吐く。
「一人じゃ寂しくて眠れないのか?」
「一人じゃ怖かった?」
「……」
お見通しのようだ。
だが、何故だ。
アミラに気付かれるようなミスはしていないはず。
「あと何人?」
「これは俺の問題。アミラは帰りなさい」
「もう二人の問題。私達はペア。カキが死んだら退屈。生きろ、キモイけど」
照れ隠しとかいうご大層なものでは無い。
最後に付け加えられた退屈云々からの言葉が全てだろう、こいつの場合。
「もうアミラでもどうにもならないよ」
「どうして?」
「対象の居場所や数、名前や顔すらわからない」
「あの三人だけじゃないの?」
「あれも含まれている。けど、更に仲間が居るみたいだねぇ。困ったねぇ」
「……」
珍しくアミラが口を噤む。
俺も自分が発した言葉の意味を思って苛立ちを覚える。
アミラにだけは頼りたくなかった。
あの三人が脅威だからと、この少女に協力を仰ぐことだけはどうにも忌避すべき行為に思えた。
だが、事態が深刻である事を理解して、つい弱音を吐く事で助けを求める事と同義の行為を取ってしまう。
「どうしてカキが狙われるの?」
アミラにしては珍しく、ゆっくりとした口調。
この件に関して、俺が聞いてくれるなよ、聞くなよ、絶対に聞くなよオーラを常時発生させていた所為なのだろう。
またごまかすかと頭を過ぎるが、迷惑を掛けるどうのという段階を既に超えている。
「俺も全てを知ってる訳じゃない。俺が狙われているのは、推察も半分入るけど……それでも聞くか、嬢ちゃん?」
「うん」
「じゃあ、とりあえず降りなさい。首が疲れるし、丸見えだ」
「手短に言うぞ。まず、俺の事を狙っているのはニシキヘビっていうあの三人も所属している集団。表向きは冒険者の集まりのようだけど、本業は投資と未開地域の開発。それ以外にも手を出しているかもしれないけど、マリコ嬢の盗聴だけではそこまでしかわからなかった」
「ニシキヘビ……知らない」
「まぁ、そうだろうと思う。ここからは俺の推察だけど早くても五年程前、たぶん三年くらい前から台頭し始めたんじゃないかな。それで、こいつらが俺を狙っている理由ってのが……ニシキヘビの一人が俺の近しい人物によって痛めつけられたのと、本業の方への介入をしてくる可能性があるみたいだな」
上手くはない俺の説明に、要領を得られないのかアミラが首を傾げている。
「その近しい人物というのも推察だけどな。おそらく俺の両親の可能性が非常に高い。彼らと同じ同業者でもあるし、後先考えずに介入しそうだしな。そこで弱味でもある俺を狙うというのが、マリコ嬢が何者かと通信していた会話内容やらを踏まえて推察した俺の考え」
「わかった。ニシキヘビ消す。解決。」
「そうも行かない。ニシキヘビに所属している人物の名前、顔、居場所、人数及び関係者もこっちは知らないんだから。ペンタゴン以外に拠点があるような会話内容だったけど、正確な地名は聞き取れなかった。これはかなり不利だよ? それに彼らは俺の氏名は既に知っていたようだしね、顔までは知られていないようだけどな」
「残りは?」
「残り? ああ、あの三人か、そういう事か……ケンジだけだな。うん、あいつに連絡を取られる前に始末しないと俺の顔や特徴なんかが知られてしまうな。……結構きついな」
「うん。カキはたぶん死ぬ」
はっきりと言ってくれる。
事実だから仕方が無いし、大丈夫だと慰めるような奴でも無いのである意味、清々しい。
「あ、ついでにアミラの事もあちらさん知っているようだ。害意は無いようだけど、俺がアミラとペアを組んでいる事は既に知られちゃってるな。という事だ、これでペア解消だ」
「退屈になるから、それは駄目。カキが死んだら解消にすれば良い」
「お、う、うん。そうだな。でも、危ないぞ? 雑魚な俺が言うのも変だけど、アミラも狙われる可能性はあるんだし」
「慣れてるから平気」
「どんな人生歩んできたんだよ、お前さん」
「食べて寝て殺した」
この年齢で悲しい事を言う隣に座る少女を俺は一生守ってやろうなどとは思わない。
もし、そういう思いに駆られたら病院にいこう。
「さてと、ケンジ君ん家に遊びに行って来る」
「うん」
「付いてくんの?」
「観戦」
面倒だしスルーしておく。
もう何を言っても巻き込んでいる状態でもあるし。
ストリートを普通に歩くのは避けて、ストリート沿いの家屋の屋根伝いにてくてくと二人で歩く。
相変わらずお月様が不気味に輝いているし、呼応するかのように横を歩くアミラも不気味に見える。
たぶん、俺も不気味なんだろうけど。
てくてくと歩いたので五分程掛かったが、ケンジ君が一旦は戻って来るであろうホテルの正面が見渡せる場所へと到着する。
「そういや、俺の居場所よくわかったな」
「探した」
「どうやって、いや、良いわ」
どうせ策敵しまくったか、俺の衣服や所持品に盗聴器でも仕掛けていたんだろう。
「うーむ、あれって警察車両か何か、軍とか?」
「違う。警備会社」
「この町に警察って居ないのか?」
「スラムでしか見ない」
「なるほどね。じゃあ、捜査や逮捕なんかも彼らはするのか?」
「しない。雇い主を守るだけ。警察もしないけど」
何という世紀末シティー。
まぁ、こんな特殊な町だから誰もが知っている常識で、尚且つそこに異議を唱える奴も居ないのかもしれない。
そもそも、スラムで見るという警察って捜査も逮捕もしないのに存在意義があるのか?
スラムの貧困層が迷宮周辺の市街地にて路上で生活する事を防ぐ事や、迷宮周辺の富裕層エリアとスラムとを結ぶ道に関所でも作って人の出入りを規制・監視しているお仕事がメインなのだろうか。
住めば地獄だな、ここは。
持たざる者にとっては特に。
一時間が経過した頃、警備会社の車両がホテルの前から姿を消し始める。
二時間が経過した頃には全ての車両が姿を消し、ホテルは通常業務を行っているかのように見える。
時間も既に十二時前である事から、客足はほとんど無い。
ケンジは既に客室に入室しているのか、それとも元から別の宿泊先に逗留していた可能性もある。
焦りが胸中を支配し始めた頃、やや千鳥足でホテルへと歩を進めるケンジ君の姿を視界に収める。
「ご帰宅のご様子」
「……」
「行って来る」
「うん」
アミラが当たり前でしょとでも言わんばかりの顔で付いてくる。
砂被り席での観戦を所望をしているようだ。
俺が危うくなったとしても手助けは望めないだろうが、邪魔にはならないだろうし黙認する。
迷宮内でも結構な回数死に掛けたが、アミラは絶対に助けの手を差し伸べたりしなかったので、今回も同様だろう。
マリコ嬢の客室へと侵入した時と同様、ホテルの裏口辺りから周りに人の目が無い事を確認してから、壁面へとぺちょんと張り付いて登っていく。
アミラは靴底と壁面を氷結させて普通に歩いて行く。
すぐ横をスタスタと歩きつつ俺を時折見下ろすのは、むかつくので止めたまえ。
というより、今更ではあるがこの憎たらしい人を見下したような顔は、アミラの標準機能だったりするので他意は無いのかもしれない。
標準機能として常に俺をバカにしているだけなんだろう。
今回はマリコ嬢の取っていた客室へと向かい、上下の階層と左右の客室をまず調べるだけだったのですぐに当たりを付けていた階層へと到着する。
しかし、ケンジ君の姿を中々確認出来なかった上に、何組かの厳ついおじさんペアの夜の営みを拝見していた為に、かなり時間を無駄にした。
三十分程、ケンジ君の姿を捜索した結果、ようやく葉巻を咥えバスローブを身に纏う彼を発見する。
それだけなら良かった。
彼は両手両足を大きく広げ、頭を大きくリズミカルに揺らし、親をリスペクトだとか社会がどうだ、などという言葉を単調なリズムに乗せて口ずさんでいる。
おじさんペアの営み同様、強烈な光景。
「ラップ?」
「何それ」
「知らない方が良い」
知らない方が良い。
俺も知りたくなかった。
それにしても、KENJIはすぐ隣で仲間が殺められたというのに、気付いていないのだろうか。
それなりに騒ぎにもなっただろうし、警備会社の人間がホテル内を出入りしたはずだ。
既に警備会社の者が引き払った後にホテルに戻ったとはいえ、異変に気付いても良さそうではある。
この姿も擬態の可能性が高い。




