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FLEX  作者: 石油肉
第二章
22/37

第二十二話 ゴリラ

「──アミラちゃん、久しぶり。元気にしてた? この前、私がお勧めしたお店どうだった? それにしても今日も可愛いわね!」

「……」


 挨拶とお互いの自己紹介もそこそこに、マリコというこのむかつく顔の美人はアミラに一方的に話し掛け始める。

 一方、俺は完全にモブである。

 まぁ、見るからに俺は可愛げは無いですしアミラの方が見た目は良いでしょう。


 お人形のようなアミラに食いつくのは仕方無いし、俺は父であるラインの血の所為だろうかゴリラ化が日々進行している。

 徐々にだがゴリラっぽくなっているという自覚は以前からあった。

 徐々に。そう、徐々にだ。


 まだ子ゴリラ程度だ。

 今はダイエットに励もうとしても二時間くらいで失念してしまうので、肉体が幼少期を卒業したら再びダイエットに励み、線の細く見えるような服装にオシャレなアクセサリーでも身につければ大丈夫だ。

 新日のレスラーみたいになりそうではあるが、大丈夫だと思いたい。


 機能性を優先して、外出時にはセカンドバッグでも持とうかと考えている自分がいるが……。

 非ゴリラ化に一役買うであろうSB(セカンドバッグ)もあるはすだ。


「カキ、殺る?」

「んあ? ……殺らない。SBの将来について考えていただけ」

「SB? 何?」


「今度、詳しく話す」

「……わかった」


 挨拶を終え、長い間沈黙していた俺を見て、警戒していると判断したのかアミラが小声で問い掛けてきたが、大丈夫だと俺も小声で伝える。

 アミラはマリコ嬢からの一方的な求愛行動に嫌気が差している向きがある。

 現状、サカモトとケンジがエンカウントした迷宮生物をギッタンバッタン排除してくれているので、こうして長考したり小声で殺る殺らないと言葉を交わせる訳だが、サカモトの動きに悪意を感じずにはいられない。


 第五、六階層に出現するジェリークラブ。

 第三、四階層に出現するパープルアント。

 これらの迷宮生物がエンカウントした場合、ケンジはすぐさま腰に提げた刀を引き抜き排除に動き出す。


 しかし、サカモトは俺やアミラの後方や死角となる場所からエンカウントしてくる迷宮生物に対して気付いているにも関わらず、気付かぬフリなのかすぐに動こうとしない。

 まるで、俺が戦闘するのを間近で観察したいですという意思を込めて、こちらをチラチラと見てくる。

 毎度毎度、条件反射でナイフに手を掛けそうになるが、チラ見が続く内に反応する事も止めた。


 同行し保護者面していた癖に、このチラ見である。

 高速に乗る前にトイレに行けと言ったはずなのに、乗った直後にもよおすようなタイプである。

 子ゴリラの俺はウホウホとこの怒りをドラミングで表現したくなる気持ちを抑え、迷宮の出口へと歩き続ける。






 ドラミングは求愛行動だったっけ?

 地上へと無事出て、そんなどうでも良い事を考えていると、サカモトからのお誘いを受ける。


「夕食でも一緒にどうだろうか?」

「えと……すいません。この後、約束があるので僕達はここで……」

「そうか、残念だな。また機会があればという事にしておこうか」


「はい。是非」

「……」


 ケンジとマリコ嬢がしつこく誘ってくるかもと考えたが、彼らにも何か予定があるのか、それとも考えがあるのかは知らないが大人しいものだった。

 手短に礼と別れの挨拶を済ませた俺は終始沈黙を貫いているアミラと共にホテルへと向かう。


「──と、見せかけて。尾行しようと思います」

「殺るの?」

「殺りません。尾行です。ゴリラは平和を望みます」


 こんな事なら盗聴器を仕入れておくべきだった。

 この世界は携帯電話といった便利な通信装置は無いが、どうゆう訳か小型の盗聴器に付随する形で無線機器は発達している。

 自在に飛行可能な乗り物が無かったり、色々といびつな科学進歩をしているようではあるが、創作物やゲームの世界の可能性が高いのならそれはそれで妙に納得がいく。


 魔法なんていうものがある影響で、そういった方面の技術ツリーに影響が出たのかもしれないが、そちらの知識については詳しくも無いし考えているだけでウホウホしてくるので諦めよう。

 こうなったら、目と耳だけを頼りにあの三人を尾行するしか無い。


「じゃあ、これ」

「ん? 寒くないよ? 何?」

「あの女の服に付けておいた」


 アミラがいつも耳に付けているイヤーマフを外し、俺に渡してくる。

 なるほど。俺もこいつに盗聴されていた事をすっぽり忘れていた。

 いつの間に盗聴器をマリコ嬢に仕込んでいたのやら。


「……尾行する必要、あんまり無いね」

「うん。スラムまで行かれると受信出来ないけど、迷宮周辺ならホテルの客室からでも聞こえる」

「へぇ、高性能すねー。すごいっす」


「すごいっす」

「そっすか」


 アミラから受け取ったイヤーマフを装着しつつ言葉を交わす。

 アミラのおかしな口調にはいちいち言及せずに放置する。

 俺の変な口調に毒されているのかもしれないが、楽しそうなので良いだろう。


『飯に誘う必要あったのか?』

『彼、戦う姿を見られたくないような素振りをしていたしね。それに何か隠しているような気がしてね。落ち着いた場所でもう少し探りを入れたかっただけさ』

『あんなガキでも迷宮に潜るだけの強さを持ってんだ。大方、スラムの出身だろうし、初対面に近い俺達が警戒されるのは当たり前じゃね』


『まぁ、そうだろうけどね。問題はそこじゃない。スラム出身者にしては口調が丁寧過ぎるし、見た目に反して大人びている』

『ねぇ、私もう帰って寝たいんだけど』


 ノイズはかなり多く、周囲の騒音の中から彼らの会話を拾うのは集中力を要するが、何とか聴き取り続ける。

 最初はケンジとサカモトの区別が付きにくかったが、次第に判別出来るようになり始めた。

 マリコ嬢が帰って眠りたいと主張をしはじめたので、この安全圏からの彼ら三人の情報収集の機会を失ってしまいそうだ。


『あ、マリちゃん、ごめん。何か買って帰ろうか? それともホテルまで送ろうか?』

『いらなーい。じゃあ、私帰るからねー。おつかれー』


 ウホウホ。

 口に出してしまったのだろうか、アミラが変なものでも見たような目でこちらを凝視してくる。


『そっか……気をつけてね』


 マリコ嬢が既にケンジ、サカモトと離れたのだろう。

 周囲の騒音とマリコ嬢の足音だけが響く中、彼らの会話を盗み聞く機会を失った。

 とはいえ、このまま盗聴器が仕込まれている事に気付かれなければ、また機会は巡ってくる可能性はある。


「アミラ、これしばらく借りてて良い?」

「ウホウホ」

「良いのか?」


「うん」

「……ありがとう」


 迷宮を出てからは足を止め盗聴に専念していたが、帰路に着く為に歩き始める。

 核を卸すのは明日にして、医療品や装備類の予備はまだあるのでこのままホテルへと直行する。

 このまま町をウロウロしていては、再びあの三人の誰かに鉢合わせる可能性もある。


 アミラには一応俺達を尾行する者が居れば教えてくれと伝え、イヤーマフから再び有益な情報が聞こえないかと耳に意識の大半を集めて歩く。

 ホテルに着くまでにあまり聞きたくなかった、マリコ嬢の愚痴にも似た独り言を何度か聞いた気がするが、すぐに忘れる事にする。

 それでも、すぐに忘れる事が出来なかった言葉が一つだけあった。


 数回、男に声を掛けられ食事や飲みの誘いを無下に断った後、「キモッ」だとか「ダッサ」だのの独り言は置いておくとして、「顔があの子に似てて、クフフ──」という嘲笑が含まれた笑いと共に呟かれた言葉には、かなりのダメージを受けた。

 眉間を押さえ込み、泣くものかと我慢したが傷付いた俺のゴリラハートの残りHPはもうゼロよ。

 そんな俺の表情の何が楽しいのやら、横から時折覗き込んでくるアミラの顔は妙にニヤニヤとしている。


 ホテルに到着した俺は、疲れボロボロになった主に背中と手足の付け根を手持ちの医薬品を使用して治療して、ハンバーグ思考は空の彼方へ行ったので夕食も摂らずにベッドに飛び込み、枕を濡らした。

 ニヤニヤ顔のアミラがノックもせずに俺が取っているホテルの客室に踏み込んできたので、涙を拭う。

 ルームサービスでも頼んで飯を食べてきたのか、口の周りが茶色い。


 客室の入り口から俺が横になっているベッドまではさほど距離が無く、アミラはが小さな箱を投げてよこす。


「ん?」

「それのバッテリー。右耳の蓋を開ければ交換出来るから」

「へぇ、どれくらいで交換?」


「連続使用で十二時間くらい。アラーム音がしたら交換して」

「わかった」


 バッテリーについての手短な説明を終えるとアミラは室内を、一通り立ち止まったまま見渡す。

 俺も話す事が思い浮かばなかったので黙って横になり続ける。

 しかし、気まずいという事は無いが、ずっとそのままで居られるというのも辛い。


「何?」

「何か聞けた?」

「何も。やっこさんお風呂タイムみたい。すんげー長い。はよ寝ろ」


「そう。カキ、夕食は?」

「ダイエット中」

「クヒッ」


 こいつ……俺のHPがゼロなのにまだ笑い者にするか。

 ダイエットして何が悪い。

 ゴリラは森の賢者なんだぞ。


「……。そういや、どこに仕掛けたの?」

「ネックレスの中」

「ネックレスの中? な、なるほど。どうりで服を脱いでもバレないわけだ」


 よくわからん。

 中ってどこですか。


「あっちはいつまで持つ?」

「三日くらい」

「わかった。……アミラもはよ寝ろ」


 一応、心配してたのか?

 アミラは何も言わずに踵を返すと客室を出て行く。

 顔は相変わらずニヤニヤしているが、出会った頃のあいつってあんなに感情を顔に出してたっけ。






 幸いな事にマリコ嬢はネックレスを肌身離さず付けるのか、風呂から上がると再び彼女から出る物音が至近から聞こえ始めた。

 マリコ嬢の寝息が立つのを確認して自分も眠る支度をする。

 傷口に触ると考え、風呂には入らず歯を磨いてベッドに戻る。


 このまま眠りにつこうかと迷ったが、一応イヤーマフを装着してベッドに潜り込む。

 徐々に自分が変質者のソウルを芽生えさせているのでは無いかという考えが頭をもたげるが、紳士であれと三度呟き自分をごまかす。

 紳士は置いておくとして、今日はあまり魔力を使用していない、というか一度も使っていない。


 それもあってなのか、体と精神的な疲労はあって眠気はあるがいつものように溶ける様に意識を失う事が出来ない。

 仕方なくシティにある本屋にて購入しておいた地図を眺めているとイヤーマフから物音が聞こえ始める。

 最初は寝相か何かかと思っていたが、どうやらマリコ嬢が電子音のような小さな音によって起きた事がわかった。


『さ……イテッ……ふぁ……もう、こんな時間に何よ』


 ケンジ、もしくはサカモトの訪問だろうか。

 それにしてはチャイムのような音ではなかった。

 電話、こっちの世界では通信機だったろうか、その呼び出し音のような気がする。


『はーい。何ですかー? 私に連絡するより、サカモトにしてくださいよー』

『……』

『……たぶん、飲みにでも行ってるんじゃないですかー。知りませんよー』


 相手の話す内容は残念ながら聞こえないが、マリコ嬢の言葉から察するに相手は知人なのだろうか。


『はぁ、そうな……えっ……本当? でもあの人達って動かないはずじゃ? シマズさんが確か……ウソ……』

『……』


 途中、言葉に詰まりながら徐々に日本語へと口から出る言葉をシフトさせていくマリコ嬢。

 その言葉の意味するところがよくわからないが、衝撃的な事実を聞かされているという事はわかる。

 それに、「シマズ」という人物名が出てきた事からも、言葉を交わしている相手がマリコ嬢同様に日本人、或いは彼らが言うトリッパーである可能性が極めて高い。


『もう一度お願い』

『……』

『わかったわ。……カキね。ええ、わかってる。ええ』


 自分の名前が出た瞬間、鼓動が早まるのを自覚する。

 何が起きている。

 焦る気持ちをねじ伏せて、一言一句聞き逃さないよう全神経を両耳に集中させる。


『こちらの存在? それは大丈夫よ、ええ、そうだと思う』

『……』

『──クソガァァァアアアアアア』


 ちょっとだけ出ちゃったよ。

 いきなり発狂しないでよね。

 しかし、少し出した事で落ち着いた。


 これも調教にも似た教育の賜物であろうか、排泄すると悪夢は終了。と脳内で合図が出る。

 絶対厳守の理として俺の体に刻み込まれている呪いなのかもしれない。

 イヤーマフから聞こえる会話に集中しつつ、手早くパンツを着替え無事であったジャージのズボンを履きなおす。


 行動に移すならば早ければ早い方が良い。

 今ならば単独のマリコ嬢を相手に出来る。

 そもそも、単独で勝てる相手であるかも不明ではあるが、座していては時間の問題。


 スラムにでも潜れば数日は逃げ切れるだろう。

 だが、お天道様の下で大手を振って歩けないというのは死んだも同然。

 ここはあえて攻める。


 ナイフを腰の後ろに差し込み、顔に巻きつける為の黒地のタオルをポケットに仕舞うと客室を出る。

 こんな事態は想定していなかったが、手持ちの武装がこれだけとはほとほと呆れかえる。

 マリコ嬢の逗留しているホテル名とルームナンバーは幸運な事に彼女とフロントとのやり取りで大体把握している。

 

 道順も先程まで広げていた地図を見、手の平に忘れないように書き込み済み。

 おそらく、サカモトとケンジも同様のホテル、同室もしくは同じフロアを取っている可能性はあるが、会話の内容からして同室の線は薄い。

 ここまでの状況が揃っているならばいける。


 ホテルを飛び出し、アミラが尾行しているかもと考えたが俺が探ったところで尻尾は掴めないだろうし移動速度を優先して屋根伝いに全力で目的地へと駆け抜ける。

 イヤーマフから聞こえてくる会話は生々しく、色々と疑問が解けた事もあるが、それ以上に俺の命を狙う者達という事が確定的になっていく。




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