第二十一話 このハンバーグは私のハンバーグですか?
こちらペンタゴンダイブ、第八階層で血反吐を吐いているカキです。
アミラ様による魔力無しで戦えという厳命によって手足が千切れそうです。
どこの縛りプレイよと最初は無視しようと思ったが、無属性を扱いたいならひたすら魔力無しで戦えと言われ、それを信じて戦い続けてみればこの様だ。
治療費や装備類に掛かる経費の事を考えると頭が痛くなる。
あの日、アミラと共にペアを組むことを承諾した事は、人生で唯一の失敗だ。
過去に戻れるならば、あぁ、ハンバーグ食べたいな。
腹が減りすぎているのかもしれない。
痛みよりも空腹が優先され始めている。
後悔よりもハンバーグや。
「カキ、今日はもう終わりにする?」
「まだいける! ハンバーグや!」
「わかった。──右、来るよ」
右側からボールが接近すると瞬時に判断して重心を移動させる。
同時に既に劣化が激しいクリームパングローブで掴み取ろうと構えたが、背中に激痛が走る。
『トポッォ』
左やないか。
「プッ」
「なんぼのもんじゃい! シャッ! オラァァァ!」
「ププッ」
背中を激しい痛みが走るが、反射的に背後に居るはずのボールに向かって反撃をする。
掛け声だけは勇ましいが、足にほとんど力が入らずに放った俺のクリームバックハンドブローは空を切る。
両親から受けた戦い方は基本的には一方的な暴力や、感覚で戦うものが中心だった。
加えてラインからは銃火器や武器を使用した場合の戦闘方法が多く、カルミアはまぁ忘れたい。
そんな俺の感覚と掛け声中心のスタイルでは、本能だけで生きているような迷宮に巣食う生物との戦いは魔力無しでは分が悪い。
アミラに拉致られる前でも数回の戦闘であれば、ボール相手に素手でも何とかこなせただろう。
しかし、今はかれこれボール相手に三十は越える連戦である。
魔力を流し込み曲げる事も禁じられている状態で、何故三十もの連戦がこなせているのか、自分でも不思議なほどである。
魔力を使えばそれだけ消耗して、眠気が襲う。
戦闘において、これは思っていた以上に足枷となっていたのかもしれない。
「アミラって左右の違いがわかんないの? 馬鹿じゃね?」
盛大に空振りをし、背中の一部が焼き爛れ気を失うほどの激痛が走るが一応悪態は吐いておく。
ボールは俺の背中へと衝突した反動なのか、動きが鈍くなっており回避行動が遅れている。
そのまま力一杯地面に踏みつけると、内部の黄身が地面にぶちまけられる。
「わかってるし。うるせーし。ナンボノモンジャイ」
「変なとこだけ真似すんなよだし」
「うるさいんだし。ナンボノモンジャイ」
なんぼのもんじゃいが大層ツボに入ったらしい。
よくわからん。
それ以外も微妙におかしい。
今は俺が盛大に失敗したバックアハンドブローをなんぼのもんじゃいと付け加えて何度も繰り返しているアミラ。
見た目だけは普通の少女のこの光景はかなりシュールだ。
加えて、迷宮である事が更に奇異なものにしている。
「そろそろ、戻るか」
「うん。でも後ろ、さっきから尾行してるつもりみたいだけど、カキが言ってた三人が居るよー」
「……」
もう動いてきたか。
見た目は明らかに子供には見えなかったし、アミラの実力を知らないとは思えない事も考えれば尾行なんていう明らかな敵対行動をしてくるとは思えなかったが、予想が外れた。
俺が単独で行動している時を狙ってくると考えていたが、あくまでもアミラがターゲットなのか?
「どうする?」
「んー、アミラに用があるのかもなぁ。話してみるまでわかんないけど」
「カキはあの三人と関わる事を避けてるんじゃないの?」
「まぁ、俺のこのボロ雑巾状態の体で接触するのは避けたいけど、あっちは帰り道だよな。塞がれてる可能性もあるし、避けようがあるかどうか」
「わかった」
「待て。とりあえず、こっちから話し掛けて見るよ。この際だから言っとくけど、何か仕掛けてくる可能性は高い。もし、仕掛けて来たら逃げるぞ」
こいつ、一瞬であの鬼母カルミアと同じ雰囲気を体に纏いやがった。
殺る気満々の目つきと雰囲気でバックハンドブローの反復は怖すぎるぞ。
このままでは最悪の結果が想起される。
アミラに殺しはなるべくやって欲しくない。
自分の身を守る為や、自分の裁量内で行うのなら俺が口を挟むつもりは無いが、これは俺が巻き込んだ形だ。
まぁ、元は俺が巻き込まれたっぽいが。
それはそれ。これはこれだ。
「逃げる? 何故?」
「アミラの手に負えない可能性もあるって事。それに、関わり合いたくは無いけど、どうせなら聞きたい事もあるんだよ」
「殺す前に聞けば良い」
「それでも良いけど。そうすると更に面倒な事が増える可能性があるんだよ。……ごめん、こんな言い方でしか答えられなくて」
「良い。わかった。でも、カキに危害が及びそうになったら逃げずに二人だけ殺す」
「三人を半殺しで頼む。情報元は多いほうが良い」
自分の弱さが歯痒い。
まぁ、生まれ変わってからは弱さに歯軋りをしていたのが常ではあるが。
両親から離れても、同じように常に強者が傍に居るというのは一瞬でも天狗になれないという事で、非常にもどかしい。
いつかは俺って天才じゃね。と天狗になって、天才故の孤独を味わい。
苦悩と葛藤を経て、背中で語る勝者の俺。
みたいな暮らしを送ってみたい。
一生無理なんだろうなぁ。
この世界、男女を問わず馬鹿みたいに強いし。
人間だけじゃない。知能の低い動植物までもが半端なく強いという心折設計。
「カキ、聞いてる?」
「あ? あぁ、すまん。将来に悲観してた。もう一度言ってくれ」
「カキがそうしたいならそれで良い。でも、一人は上層に戻ったかも。気配が一つ減ったよ」
「隠れている可能性は?」
「ない。隠れている方が分かり易い」
「そうゆうもんなのか。そもそも、どうやって気配を探ってるんです?」
気配を探る。
一言で言えば簡単に思えるが、これはかなり難しいらしい。
というのも、ユビさんからは魔法について教えを受けている間に、いくつかの方法で可能だという事を習っていたが、俺には才能が無いという事でそちら方面はさっぱりのままだった。
うろ覚えではあるが、ユビさんが言っていた事を要約すると『魔力を索敵したい空間に漂わせる。もしくは置いておく』というのが一般的な方法らしい。
なるほど。わからん。
今でもそう思うし、当時もそう思った。
ユビさん、カルミアやラインも魔力を使用しての策敵は出来ないらしい。
魔力の使用によって策敵出来るのは才能が成せる事であり、そちらの方面ではアミラは鬼以上の才気を持つという事だろう。
「この距離、人も少ないし揺らぎで大体分かる。それに立ち止まったりしていると、分かり易い」
アミラの口から零れ落ちた回答は予想の斜め上を行くわかりにくさ。
「なるほどな。相手が減っているなら好都合だ。行きますかね」
「うん。カキ、分かってない」
「分かっているさ。俺は天才だ」
自分で天才だと宣言すると、ここまで悲しい気持ちになるという事を知った。
もう二度と言わないと、薄暗い迷宮で僕は誓った。
目の前には二人の男。
憎たらしい顔、体、服装、声、靴。
全てが憎たらしい。
主にチャラそうな男から、この悪感情は生み出されている。
もう一方、真面目そうな男は口調や見た目、雰囲気からして悪感情はさほど沸いては来ない。
かといって、好意的な感情も沸いて来ないから不思議なものだ。
「名前はやっぱり教えてくれねーの?」
「良いですけど、あなた方がちゃんと名乗ってくれればです。偽名じゃないですか? そんな名前聞いた事が無いんですが……」
こいつら二人共が偽名を使っている可能性は低い。
真面目そうな方はサカモト名乗った。
チャラ男はケンジと名乗りくさりやがった。
可能性はゼロでは無いだろうが、アミラもこの場に居る事から考えて本名、もしくはこの世界で使用している名前だろう。
しかし、この世界ではあまり聞き慣れない名前に対して、「はい、そうですか」と反応する方がおかしいので、偽名じゃないかと疑う事にしておいた。
「我々はこちらとは文化の違う地の出身でな。君が聞き及んでいないのも無理は無いだろう」
「はぁ、そうなんですか。どこの出身何ですか?」
「東方にある小さな島国、ニシキという」
「……そうですか。僕の名前はカキです。疑ったりしてすいません」
色々と小さな嘘を混ぜているようだが、一つ一つの言葉の意味から考えてやはり日本人だろう。
チャラ男が何故かモジモジとしているが、気持ち悪いのでやめて欲しい。
アミラがチャラモジを見て嫌悪感を覚えたのか、俺の背中に向けて殺気を伴ったチリチリとしたものをぶつけてくる。
何故に俺にぶつけるのか。
チャラモジにぶつけたまえ。
所構わずピシッピシッと氷結させないのは、かなり我慢しているんだろうが、何故俺に殺気を向ける。
「よろしくな、カキ! アミラちゃんとはどういう関係なんだ?」
こいつマジか。
その目はマジな奴の目だ。
ガチで鳥肌が立った。
チャラモジガチ野郎め。
俺もアミラも見た目は十歳前後だ。
そんな俺達の間柄をまるで成人した男女の関係であるかのような意味に取れる問い掛け、更にはその目つきで俺達を見ていたこいつには言葉が無い。
ましてや、軽く嫉妬しているかのような物言い。
幼女趣味はそれはそれで隠し持っていれば良いが、表立って行動に移す可能性を示唆するような言動を取るような奴は危険だ。
紳士であるべきなのだ、そうゆう世界の住人は。
「一緒に迷宮に潜っています。ケンジさんとサカモトさんもですか?」
増幅された殺気を背中に受けつつも、会話を続ける。
ハンバーグの事を考えるようにして嘔吐感を和らげる事に務めよう。
「あぁ、私達も迷宮攻略をするパーティーの者同士だ。君達は何階層を中心に活動しているんのかな?」
「今日は無理をしてここまで来ましたが、いつもは第五、六階層でジェリークラブを探しています」
「ふむ。君は歳の割にはしっかりとしているようだが、あまり無理をするのは良くないぞ。もう戻るようだし出口まで同行しよう」
意図が未だに掴めない。
敵意があるのか、それとも油断を誘って後ろからか?
アミラも居る状況、それは無いだろうとは思うが、情報を少しでも引き出すつもりなんだろうか。
ケンジの考えは何となく読めるが、サカモトの方は掴み所が無い。
同行する旨を一方的に告げるサカモトは腰に提げている剣、というよりは刀に見えるその武器の鞘に自然な形で左手を添えている。
ケンジの方は早くも踵を返してガンガン、ズンズン、グイグイと絶好調で第七階層の昇降口へと歩み始めている。
『ケンジ、先に戻ったマリコを追ってくれ。仕事だと告げて留まらせて置いてくれ』
『あ~? あぁ、そういう事か。しゃあねぇな……』
「どうかしましたか?」
日本語を隠す素振りも見せずに口にするサカモトとケンジ。
俺には理解出来ないと考えての事だろうが、こんなトンデモ世界でこれは些か警戒不足に感じる。
言語に関して秀でた才能や知識を持つ者であれば、その意味をすぐに理解出来なくとも何度も聞くうちにおおよその見当を付ける可能性はある。
「いや、もう一人のメンバーがこの先に居るんでね。この際だから、合流して戻ろうと思ってね」
「そうなんですか。ご迷惑お掛けします」
「構わないよ」
それに、魔法が存在する世界であれば解読に特化した魔法を扱う者が居ないとは限らない。
ユビさんからはそんな魔法が存在するという事は教えて貰った覚えは無いが、可能性はゼロではないだろう。
サカモトは浅はかでは無いだろうし、俺なんかよりも頭は良いだろう。
だが、言動やその所作一つ一つにどこか油断というよりも、傲慢さが垣間見える。
振る舞いが無礼であったり暴虐では無く、世の中に対して傲慢という類だろうか。
鬼のような強さを持つカルミアの振る舞いや言動は単純に傲慢に思えたが、アレは傲慢というよりも自然体だと思う。人間というカテゴリーに含めるならば。
ユビさんや一度だけだが訪れた仲間達に対しては少々の暴力を振るう事はあっても、決してその力を誇示するような態度や発言をする事は見て取れなかった。
これも肉親故の贔屓目なのだろうか。
色眼鏡で同郷の者を見てしまっていただけ、という結果に終わって欲しい。
そんな事を考えている内に、マリコという名のおそらくはサカモトとケンジと同じ出身であろう女と迷宮内、第三階層にて合流した。
相変わらずのむかつく顔をした美人だ。
顔を濃縮還元されたおじさん汁を含んだタオルで拭いてやりたくなる。




