第二十話 修正力
連絡員の報告は未だにカキの所在を掴めないとの事で、保護もままならない。
そして、何名かの連絡員との連絡が途絶え始めている。
事態は想定以上に悪い方向へと傾いている。
現状、最も早くペンタゴンへと向かうべく臨時列車を出し、カルミア、爺さん、ルルとで搭乗して移動している。
臨時列車であるので途中の駅には基本的に停車せずにペンタゴンまで直行する予定ではあるが、何人かの手の空いている仲間を同乗させるべく二つの駅で停車する予定だ。
カルミアはカキの窮地を知った後から口を閉じたままだが、殻に篭っている風でも無い。
落ち込む事よりも最善を尽くす事を選ぶ奴なのは俺が一番よく知っている。
反面、俺は家族の死が頭を過ぎるという事が、ここまで地に足が付かない気持ちにさせるのかと初めて知り、冷静な判断を出来ているかどうかと不安になる。
これまでにカルミアが死ぬかもしれないと思った事など、一度として無かった事がここへ来て気持ちの持ちように戸惑いを持たせているのだろうか。
強すぎるカルミアの傍に居た事。それが俺達の、いや、俺の危機意識を希薄なものにしていたのだろう。
今回の原因を作ったのはカルミアではなく、俺だ。
カキをペンタゴンに放り出す事を提案したのも強行したのも俺だ。
「ライン」
「ダメだ。一部の連絡員は消された可能性が高いな。幸い、ユビにやっと連絡がついた。彼女には先にシティに入って貰ってカキの保護を頼んでおいた。ただ、逗留しているホテルはわかっているんだが、数日前から迷宮内に居るのがやはり問題だ。カキともう一人、少女とでペアを組んで潜っているらしい事までは掴めていたが、どの階層まで潜っているのかがわからんままだ」
「そう。わかった」
カルミアが何度目になるだろうか、列車の通信室から各所への連絡をした後、座席へと戻ると話し掛けて来た。
現状を伝えると短く返事を返すだけだが、表情に一切の変化は見受けられない。
「ラインよ、その少女とやらの素性はわからんのか?」
「アミラと名乗っている娘だそうだ。年齢は十歳前後。名前も年齢も確証は取れていないらしいが、ホテルの最上階のフロアを所有している。両親は不明、おそらくスラム出身。属性も不明だ。まぁ、カキがペアを組んでいるんだ、敵では無いだろう。この少女も含めて保護する方向で行く」
「ふむ。あの町でそこまでの登り詰めるのであれば、相当の手錬じゃろうのう」
「あぁ、連絡員の尾行が一度も成功しなかったと報告にあったからな。場所が場所だ、カキも普通の少女と迷宮に潜るような馬鹿な事はせんだろうし、かなりの手錬だと考えても良いだろう」
「ペンタゴンで活動しておるというニシキヘビのメンバーの事はどうなんじゃ」
「それはほぼゼロだな。情報源が連絡員だけだったしな、一部の連絡員が既に消された可能性があるとなるとユビからの報告が来るまではこれ以上、探る事は不可能だろう」
今はユビが唯一の情報源であり希望だ。
カキとは面識もあるし、実力も申し分ない。
そして、俺達よりもこういった事態に冷静に対応出来るという事実。
彼女はバウンティーでありマフィアにも顔が効く。
それ故に俺達とは種類の違う独自の情報網を持っている。
犯罪者やその関係者に関わるものが大半ではあるが、今回はそういった方面の情報がモノを言う可能性は高い。
警察はそもそも当てに出来ない、警備会社に今から委託しようにも手続きや保護対象のカキの居所さえ不明な時点で困難だろう。
この際、マフィアや裏社会の連中にも間接的にでは無く、直接的だろうと協力を仰ぐことでニシキヘビに対抗する。
後始末にはかなりの金と面倒な貸しを作る事になるだろうが、全てを失う事に比べれば些細な事だろう。
「爺さん、ルル。他の仲間の家族や親しい者、既に知っている限りは関係者や本人達に安全確保に動いてもらっているんだが、ドミンゴ達に連絡がつかん。爺さん、ルル、奴に連絡出来ないか?」
「ドミンゴのう、ルルどうじゃ?」
「……」
「わかるようじゃな。ワシとルルから此度の件、伝えておこう。そうそう、ラインよ」
「何だ?」
「どこまでやるんじゃ?」
「最後までだな。皆には既に多大な迷惑を掛けているが、半端な事で終わらせれば禍根を残すだけだろう」
「そうじゃのう……じゃが、ワシらもお前さん達に謝らなければならんのじゃ。ニシキヘビの台頭、当初ワシらも勢いのある若造や小僧の群れだと無視していた。それが、この様じゃ。カルやラインが居なければ手を出す事すら出来ずに、奴等の無法を黙認するしか出来なかったんじゃしの」
「皆、俺達の穴を埋める為に動いていてくれたんだ。ニシキヘビ以外にも問題は山積していたのもあるしな……。やはり、仕事を途中で投げ出した俺達に今回の原因はある。それに、まだ間に合う。消された可能性の高い連絡員には悪いが、犠牲が最小の内に片を付けよう」
爺さんはまだ何か言いたそうにしていたが、通信室へと向かう為にルルと共に席を立ち姿を消した。
残された俺とカルミアは列車の走行音が響く車内で二人揃って車窓から外を眺め続ける。
こうして二人で列車に揺られていると、昔を思い出す。
まだ俺達が右も左もわからなかったクソガキだった頃、そして今よりもすこぶる弱かった頃。
カルミアは出会った当初から化け物じみていたが、俺も含め今の仲間達は本当に弱かった。
皆で生きる事だけを考え、迷宮に潜り、強さと自由を求めて冒険者資格を取るまでに至った頃には数多くの仲間を失っていた。
同じスラムの出身者が大半ではあったが、爺さんやルルのような別な生き方をしてきた仲間も冒険者になった後に出会えた事は俺達にとっては幸運だった。
考え方や生き方について様々な刺激を受けた。
そこから繋がった縁や因縁も多くあったが、今はどれもが懐かしく思える。
「ライン、これが終わったら……」
「あ? 馬鹿か、おまえ。終わりはねぇだろ」
自分の言葉に瞬時に体を強張らせ、魔力を纏うが意識を刈る衝撃は来なかった。
「そうね。ごめん」
「わかりゃ良い。難しく考えすぎるな。おまえはおまえにしか出来ない事をいつも通りやってくれりゃそれで良い」
「そうね」
「悪いな」
「ううん、大丈夫。本来ならカルやラインが戻る前に私達でケリを付けとくべき問題だったもん。それより、そっちからは何人くらい来れそう? うちの者も連れて行く予定なんだけど、拠点の手配もあるし」
「明後日にペンタゴンに到着するのは八名の予定だ。現状、ニシキヘビのリーダーを含めたほとんどが拠点にしているパゴにも何名か行って貰おうと考えたが、少数で動けば狙われるだけだと思ってな。全員ペンタゴンに一旦集まるように手配している。最終的には全員だな」
ユビ本人との通信がようやく繋がった。
ユビの配下である構成員に伝言を託してはいたが、やはり本人と直接話した方が良い。
「うん、私もその方が良いと思う。それと、カルは大丈夫? 暴れたりしてない?」
「あぁ、大人しくしている。少々気持ち悪いくらいにだが」
「良かった……。じゃあ、入ってきた情報を報告するね。まず、ラインの雇っていた連絡員だけど一部消されていると見て間違いないね。ニ箇所の事務所は無人のままみたいだけど、レコーダーは全て回収されれてるみたい。暗号は掛けてあったんでしょ? なら問題は無いと思うけどね。それから、カキ君の捜索と保護の方だけど、ペンタゴンで腕の立つ者を雇って先行して保護して貰うって方法、これは危険かな。ニシキヘビ側はカキ君の顔や特徴、そして所在も知らない可能性もあるよね」
「なるほど。カキに関する情報が漏れる可能性がある以上、金で雇った者に保護を頼むのは危険か」
「うん、何しろあの町だしね。うちのを動かして派手に捜索しようと動けばフォルゴーレが介入してくる可能性も高い。支援以外、実働で動けるのは精々数名、それも腕の立つ構成員は顔が割れてるから動かせない。それにカキ君が見知らぬ者からの保護の申し入れを簡単に了承するかも不確定要素になるしね。実質、先行して保護と捜索に動けるのは私一人と思ってね」
「無理するなよ。お前の場合、フォルゴーレからも狙われる可能性は高いんだ。カキの事よりも生き残る事とお前のファミリーを守ってくれ」
本心ではカキを守って欲しいという想いが頭を過ぎる。
だが、ユビに無理をさせるわけにはいかない。
背負っているものが多すぎる彼女に、単独でカキの捜索と保護を頼む事すらかなり図々しい頼みだ。
「大丈夫だよ。うちのはほとんどスラムに潜らせておくし。フォルゴーレも今は動いてこないと思うよ。あちらさんも躍起になって誰かを探してるみたいだしね。もしかしたら、ニシキヘビと構えてたりするのかもね」
「……お前、まだ戻ってないんだろ?」
「うん。でも前よりはマシだよ? ちゃんとお薬飲めば大丈夫だし」
「二人が生きてりゃ問題無い。だが、使いすぎるなよ」
「善処する。でも、状況次第ではそうも言ってられないからね」
「あぁ……」
ユビは魔力がほとんど練れない。
彼女の体は病に蝕まれている。
だからといって弱者とは成り得ない。
蝕まれた肉体を犠牲にする事で、という枷が付き纏うが。
ユビを頼らないという事を俺達はしない。
誰もがユビの立場であれば、死線を幾度も共に越えた者達から頼りにされないとなる事を死よりも嫌うだろうから。
「出迎えはハリスに行かせるからね。駅で落ち合って拠点まで案内して貰ってね。私は迷宮に直行する予定だから、もし拠点に不在だった場合は後の事はお願いね。それじゃ、そろそろ切るね」
「わかった。よろしく頼む」
通信を切るとカルミアが背後に居る事に今更ながら気付く。
気配を消していたらしいが、何故そうしたのかがよくわからん。
「どうした、カル」
「ユビから?」
「あぁ、心配するな。さっきも言った通り最終確認をしていただけだ。既に捜索に向かってくれている」
「そう。ルルがドミンゴ達と連絡が取れたみたい。すぐに動いて貰うけど、東の大陸からだと全てが終わった後になる可能性が高いわね。船での移動になると連絡はしばらく付かないし、パゴに向かって貰う?」
「いや、ドミンゴ達にはシティへ向かって貰う様に伝えてくれ。事後処理も含めて頼める奴は欲しい」
「わかった」
「それだけか?」
「ええ」
「お前、パゴに戻るつもりか?」
バツの悪そうな顔をしやがって、こいつ全てを背負うつもりなんだろう。
単独でニシキヘビのメンバーを皆殺しにするつもりだったと顔に書いてやがる。
「……」
「好きにすれば良い。いつもならそう言うだろうがな。今回は駄目だ」
「……」
カルミアは無言のまま静かに通信室から出て行く。
図星を言い当てられた事、自分の考えが無理難題である事。
カルミアなりにケジメを付けたいという思いと、相手を見くびっていた事への腹立ち。
あいつはあいつで色々な事を抱え込んで、答えを出そうとしているようだが、単独でパゴへ戻るという事がどれだけ愚かな行為かを理解しているからこそ引き下がったのだろう。
長年連れ添っていても、全てを理解出来ているとは思えんし出来ないだろう。
ただ、今はわかるような気がする。
俺もあいつと同じように何かしていなければパゴに戻ってニシキヘビの連中をぶっ飛ばしたくなる衝動が抑えられないだろう。
昔からこういったゴタゴタが起きれば、俺やユビ、爺さんが取り仕切る事が多かった。
向き不向きの問題でもあるだろうが、待つ立場というのが多いカルミアは俺達とは違った苦しさを味わっていたのかもしれない。
いつからか、俺は無自覚に待つことから逃げていたのかもしれん。
待つ事で生じる葛藤や憤りをカルミアを見ていれば理解していたはずだ。
全てが片付いた後、待つ事を考えてみよう。




