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FLEX  作者: 石油肉
第一章
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第二話 母として、父として

 カキは面白い。

 私とラインにとって初めての子、そして唯一の子。

 ラインとも他の子との違いをよく話すけれど、五歳の子供とは思えない程にカキは考える力が優れている。


 こちらが面白半分でやるように指示すると、躊躇する事無く行おうとする。

 まぁ、躊躇したり拒否すれば、物心ついた頃から放り投げ、ナイフを突きつけていた効果なんだろけど。

 カキを見ていると我が子ながら、無茶な事でもさせてみたくなる。


 ラインが言うには母親らしくないらしいけど、お互い両親を物心ついた時には亡くしていたのでよくわからない。

 昔からの仲間にカキを見せるのが楽しみだけど、ラインが会わせるには六歳になるまではダメだと譲らないので我慢するしかない。

 日頃、仕事や生活については一切口を出さないラインは、それだけは頑なに拒否する。


 確かに、あいつらにカキを見せたら、カキが死ぬ可能性が高い。

 そう考えると、ダメだわ。

 カキが死んだら仲間であっても殺してしまうだろうし。


 仲間は大事だけど、カキは一番大事。

 ラインはやっぱり賢い。

 こんな風に思うとは、私も変わったのかしら。



 カキを宿した当時は、お腹が膨らみ未開地探査を中断せざるを得なくなった事を悔やんだ。

 産んだ後も母乳で育てた方が、魔力の継承力が高まる事もあって探査に出られなかった。

 それでまた歯痒さを覚えた。


 でも、カキを腕に抱いて育てる内に何故かこのまま母親を続けるのも良いと思えた。

 実際、離乳食へと移行した時期には再び探査に出る事を予定していたけど、依頼人には何度も断りを入れた。

 しかし、依頼人との契約を反故にする事は仲間にも迷惑を掛けるし、かなり無理をして探査地域から月に一度だけ帰宅してカキの顔を見に帰った。


 探査は一年程掛かり、ようやくカキと共に暮らせるようになった今、それまでの空白の時間を取り戻すべく、私はカキで遊んでいる。

 いや、カキと遊んでいる。

 しかし、問題はある。


 カキは一向に私やライン、特に私に心を開こうとしない。

 正確にはこちらが話し掛けない限り、自分の意思で口を開く事がほとんどない。

 もしかしたら、私やラインの事が嫌いなのかもしれない。


 それでも良い。

 嫌われていたとしてもカキは私の子だ。

 これから時間を掛けてお互いの繋がりを太くしていけば良い。


 それに今はままごとのような動物の解体の仕方や、ナイフの取り扱い程度しか教えられないが、成長すればもっと色々な事を教えられる。

 ラインは早く銃器の取り扱いを教えたいと言うが、私はそれよりも早く一緒に未開地探査に出られるように生きる術を教えたい。

 まだどの属性に秀でているのかを判別するには魔力核が体内に出来ていないので不明だけど、私とラインの息子なんだから魔力は標準以上はあるはずだ。


 今は核が出来上がるまで、基礎魔力と体力を養う為に常時負荷を掛けるだけで良い。

 ラインはどうしても甘やかしてしまうので、私が探査に出向いていた間は軽めに負荷を掛けていたようだ。

 その空白の時間を埋めるべく、最低でも六歳になるまでは強めに負荷を施さなければ。


 さて、ようやくカキを見つける事が出来た。

 また鏡に映る自分の姿を見ている。

 早く私と遊ぶのよ、カキ。


「カキ、今日は蛇の捌き方よ。楽しみね」

「はい」


 うむ。元気はないが拒否はしない。

 楽しみだ。


「そうだ、カキ。蛇は見た事ある?」

「ある」

「そう、あれ? どこで見たの? まぁ良いわ」


「フフフ、今日は見た事もない大物を捕まえて来て上げるからね! 噛まれたら死ぬから気をつけるのよ」

「はい」

「よし、今日は外で捌くわよ」


 カキが体をビクつかせている。

 外に出るのがそんなに楽しみなのか。

 聡い子だ、好奇心も旺盛なのね。


「外は楽しみ?」

「はい」

「あ、そうそう。前にも言ったけど、家から一歩でも出たら気を抜いちゃダメよ? 私やラインの命を狙う連中がいる事があるからね。カキも狙われていると思うのよ」


「生きる」

「うん。生きましょう」


 カキをいつものように探し出し、作業場へとは向かわず、玄関へと向かい外へ出る。

 ラインが心配そうな顔で仕事用の銃を手に持ち玄関へと走り、一足先に外へ出て行く。

 カキが私の横を歩きながら、小さく息を吐いた。


「ライン、どう?」

「大丈夫そうだ、カキに蛇の解体をさせるのは早くないか?」

「大丈夫。カキなら出来るわよ」


「カキ……生きろ」

「はい」

「よし、ここで待っていなさい。すぐに戻るわね」


 カキを軒先に残して、早速蛇を調達しに行こう。




「カキ、無理だと思ったら父さんに言っても良いんだぞ?」

「大丈夫」

「本当か? まだおまえは小さいんだ。カルミアもおまえが本当に嫌がるなら無理強いはしないぞ。たぶん」


 カキは軒先で直立不動のまま、珍しく興味の色を瞳に宿して俺の方を見上げている。

 カルミアが探査に出ていた頃、俺とカキの二人だけで過ごしていた頃にも、こういう瞳の色で好奇心を示していたのが懐かしく感じる。

 最近は俺やカルミアが近くにいると、瞳の色を曇らせていたが。


 言葉使いもだいぶ子供らしくなってきた。

 カルミアに恐怖を抱いていたからなのか、返事はいつも丁寧で大人びていたものだが、やや砕けた物言いに近づいている。

 丁寧な言葉使いがカキの個性なら、それはそれで良いが、丁寧な言葉使いを我が子にされるのは、なんともむず痒い。


「父さん。その銃の弾はどこに収まっているの?」

「お? カキはこの銃を見るのは初めてだったか。グハハハ、これは俺の自作でな。この銃に弾倉はないんだ」

「???」


「まだカキには早いんでな、詳しくは教えられないんだ。もう少し大きくなったら色々と教えてやろう。この銃についてもな」

「はい」


 銃に興味があるからといって、弾倉がない事を一目で見抜くとは、我が子ながら驚かされる。

 本当に俺とカルミアの子なのかと思うが、顔付きは俺やカルミアの血を色濃く反映している。

 核の色も出来れば俺と同じであれば、色々と教えられるが、カルミアの方に似れば、俺に教えられる事も限られる。


 カルミアは絶対に水属性だと宣言しているが、カキにとってはカルミアと同属性となるのは辛い思いを今以上にしそうだな。

 出来れば俺と同じ無属性であって欲しい。

 こればかりは本人の意思で決められないし、親の俺たちにも関与出来ない事だが、日に日にカルミアのカキ遊びがエスカレートしているのを見ていると心配だ。


「カキ」

「はい?」


 カキはカルミアと同じ茶色の瞳の色で俺を見上げて返事をする。


「カルミアが戻る前にトイレに行っておくか?」

「だ、だいぶ慣れてきたし大丈夫」

「そうか、だがカルミアのあの張り切りようは嫌な予感がする。覚悟だけはしておけよ」


「……」

「……」


 カキもカルミアのあの陽気と狂気が混ざる顔を思い浮かべているのだろうか。


「母さんの料理はどうだ? 俺は正直、苦手だ」

「不味い。そもそも料理じゃない」

「だな……あれでも、だいぶマシになったんだけどな」


「でも、だいぶ慣れた。噛まずにもっとうまく飲み込めるように頑張る」

「カキは強いな……」

「ずっと一緒にいる父さんの方が強いと思う」


 森の中から鳥や動物の鳴き声が聞こえる。

 カルミアが暴れているのだろう。


「俺は強い。誰にも負けねぇって昔は思ってたんだがな。今はそんな考え微塵も持てなくなったな」

「母さんに出会ったから?」

「だな。今はだいぶ落ち着いたが、出会った頃のカルミアは、まぁ、その、何だ……」


「ライン、出会った頃の私が何?」

「……いや、その、綺麗だったぞ」

「今は美しくないような言い方ね」


 こいつ、気配を完全に消して戻っていやがった。

 俺とカキとの会話をいつから聞いていたんだ。

 この流れはヤバイ。


 久しぶりにボコられそうだ。

 息子の前で父としての威厳を見せねば、せめて倒れ伏すまでは。


「カキ、俺の替えのパンツを出しておいてくれ」

「わかった。父さん、生きろ」

「ああ」


 カキはすぐに軒先から家の中へと姿を消した。

 これで醜態を晒す事を回避出来るかもしれない。


「何? 私がまるで今からラインを痛めつけるように聞こえるわね」

「……カルミア、一つ良いか」

「言ってみなさい」


「料理は俺がする。おまえの飯はやっぱり不味い。以上だ」

「どっちが良い?」

「ん?」


「緩やかに気を失うか。強烈な痛みを伴って一瞬で気を失うか。選ばせてあげるわよ」

「で、出来れば一瞬で頼む」

「じゃあ、私の手料理のように、じっくり繊細に調理してあげるわね」


 既に大蛇を生きたまま捕らえ、褐色の手で大蛇の頭部を無造作に掴んでいるカルミアは、神話に出てくる悪しき女神のようだ。

 俺も命を懸けて未開地の探査を長年カルミアや仲間達と共に行ってきたから、少々の事では逃げようとは思わない。

 だが、カルミアの怒りの前では早く時間が過ぎ去る事を願い、現実から逃げ出したくなる。


「カ、カルミア」

「何」

「いや、何でもない……」


 カキに蛇の解体をさせるんじゃないかと告げ、早く終わらせるよう口を開き掛けた自分を殴りたくなる。

 息子を盾にして自分が楽に倒れ伏す事を選ぼうとするとは、父として失格だろう。

 こうなったら腹を括ろう。


 だが、おそらく家の中から見守り続けるカキに、無様な姿を見せる訳にもいかん。

 ここはひとまず。


「カルミア」

「何? もう観念しなさいよ。行くわよ」

「おまえ、三十を過ぎてから腹の肉がアレだな! ガハハ!」


「……」


 今だ!

 顎を引いて自分の腹の肉を見るカルミアに隙が出来た。

 せめてカキに悲鳴を聞かれるのはこの際仕方がないが、マウントを取られてボコボコにされる姿は見せたくはない。


 正面で大蛇を掴み仁王立ちするカルミアに向けて、威嚇用に魔力を込めた弾丸を発射し、すぐさま両足に魔力を込めて飛び退る。


 ああ、ダメだ。

 アバラの骨を掴まれてる。

 カルミアの初動すら見えやしない。


 無属性の身体能力に秀でている俺の跳躍を軽く凌駕する速度で接近して、魔力で常に体全体を覆っているにも関わらず易々と肉体にダメージを加えてくるこいつは、水属性。

 正真正銘、無属性だろと出会った頃は疑ったもんだが、水属性の魔法を行使もしやがる我が妻は化け物だ。


「ちょっと、これ持ってて」

「え」


 大蛇の頭部を左手に持ったまま、カルミアは右手で俺のアバラを掴んでいる。

 左手の大蛇が邪魔になったのか、着地と同時に俺の首に大蛇を巻きつけて来る。


「カキが待ってるし、すぐに終わらせてあげるわね」


 カルミアの慈悲の篭る声を最後に聞き、俺の左頬の感覚が一瞬で消えた。

 その数瞬後に、右頬に衝撃が走る。

 手加減したからだろうか、初手はビンタだとわかったが、右頬に感じた衝撃は何をされたのかわからなかった。


 俺は気を失い、カキが軒先で大蛇を生きたまま解体し終わった頃に目を覚ました。

 全身の力が抜けていたのが原因だと思いたいが、脱糞していた。

 地に伏していた俺の横には真新しい下着が畳まれ置かれていた。

 

 出来た息子だ。



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