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FLEX  作者: 石油肉
第一章
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第十七話 ノータイム

 慣れない事はするものじゃない。


 第六階層ではジェリークラブの微かに聞こえる移動音を聞きつけて、全速力で走り振り切ろうとしたが、昇降口へが見え始めた頃に追いつかれてしまう。

 仕方なく腰に巻いているレザージャージの上着を解いて、フラメンコを脳内で流して戦闘を開始する。

 フラメンコのリズムを刻む事に意識の大半を持っていかれた俺は、ジェリークラブによる体当たりを左手に食らってしまう。


 調子に乗って鼻歌混じりで戦闘とは、自分の浅はかさに反吐が出る。

 悔いて反省する前に左手に巻きつくように密着しているジェリークラブを、レザージャージの上着で包み込む。

 練り込んだ魔力を一気に流し込み捻じ曲げて始末する。


 ジェリークラブの体が噛み砕かれたゼリーのようになり、黒ずみ始めたのを確認する。

 中和剤は迷宮に潜る前にドラッグストアにて購入し、ベルトに付いたポケットに入れて持ち歩いているのですぐに左手に塗りたくる。

 左手の大部分が硬化した膜で覆われていたが、中和剤と反応して見る見るうちにジェリークラブの硬化した体の一部が溶けていく。


 左手の皮膚全てが剥がれる前に処置は出来たが、指先や付け根の一部の皮膚が剥がれ落ち出血している。

 処置した後は全体的に赤みがかっていたが、核を取り出し昇降口へと着く頃には紫色に変色していた。

 痛みはあまり感じないが、皮膚が剥がれ落ちた箇所を止血し消毒した後に包帯を左手に巻きつける。


 魔力を少しだけ左手に流し込んでみる。

 痛みはないが、違和感は少し残る。

 正常な状態と比べて半分程度しか練り込めていない気がする。


 昇降口は幸いにも無人だが、長居していると原作トリオに追いつかれてしまう。

 赤く照らされた指標から外れてやり過ごそうかという考えが頭を過ぎるが、彼らに戦闘する姿を見られるのは危険だ。

 ならば引き返すか、今日の分の稼ぎは十分だ。


 ダメだ。

 少し怪我をしたからと引き返し、迷宮の上層でウロウロしていてはもっと大きな怪我や不利に直面した場合どうする。

 無謀と勇気を履き違えているという思いもあるが、この世界に生れ落ちて以来育ててくれた両親がもし見ていたならば、突き進めと言う前にぶん殴られている事だろう。


 あぁ、そうか。

 俺がこんな臆病で安全を一番に考えるようだから、ベリーハードな環境で自立させようと捨てられたのか。

 両親をぶん殴りたいという思いは未だにあるが、不思議と憎悪や憤りを両親に抱けない。


 それは自分の情けなさや甘えがあるからだろうか。

 こんな事を考えている事自体、まだまだ自立しきっていないし、一人で生きていく覚悟も無いんだろうか。


 自問自答している内、気付いた時には第七階層へと足を向けて階段を降りていた。





 ボール。

 その名が示すように、球体の生物。

 大きさは二十センチ程度で表面は卵のように白く、個体数はジェリークラブよりも少ない。


 生物なのかすら怪しい個体ではあるが、その危険度はジェリークラブより高い。

 表面を覆っている白い殻はゴムのように柔軟性を帯びているが、表面が非常に高温で人体に触れれば皮膚が溶ける。

 そして、どのような仕組みで動いているのかは不明だが、飛び跳ね続けているので捉えにくい。


 直線的な動作であればパープルアントやジェリークラブと同程度ではあるが、対象であるボールの大きさが捉える事を困難にさせてもいる。

 群れる事は多いが知能はさほど高くないので、複数のボールに襲われた場合、効果的な連携を取って攻撃をするというよりは、物量で襲い掛かってくる。

 それでも三体以上のボールと遭遇した場合、単独では逃げる事も難しく第七階層からは死者や負傷者の数が飛躍的に上昇する。


 そして、この危険な迷宮の生物であるボールにも弱点はある。

 水属性を扱える者、パーティーによる手数の多さがあれば攻略も容易にさせる。

 魔力を扱えない者、銃火器を扱える者が少なくても迷宮に潜る者がよく使う手段として確立されているのが、耐熱性の高い防護服で体を保護しての力押し。

 勿論、防護服を装備した状態での魔力の使用や銃火器の使用を併用する者が多いが、近接戦闘に非凡な才能を有する者であれば肉弾戦をもってしてボールを狩る事も可能。


 サマンサさんに教えてもらった事を頭の中で思い出しつつ、第七階層に降り立ち一歩一歩慎重に進む。

 個体数は少ないという事を聞いていたが、それでも死者や負傷者が第七階層から飛躍的に増えるというのは、それだけ厄介な生物である事だ。

 何事もなく赤く照らされた指標をしばらくの間進んでいると、二つの横たわる人間が目に飛び込んでくる。


 かなりの距離があるが人間の焦げた独特の臭いが鼻をつく。

 カルミアによる情操教育の一環で我が家に定期的に訪れるゆかいな人々を、何度か盛大に燃やしていた事があった。

 『これも人間の燃える臭いに慣れる為よ』の一点張りのカルミア主催の強制参加のキャンプファイヤー。

 この経験が幸か不幸か役立ち、動揺する事なく横たわる人間が居る場所へと進む事が出来た。


 近づくとやはり既に息絶えている人間だった。

 どちらの遺体も全身が焦げ、主に頭部の破損が酷い。

 体内も焦げている為か血の流れ出た形跡は意外にも少ない。


 周囲への警戒をしたまま、遺体を放置して更に歩き進み、肉を肉で食べていた時だったかに耳に入ってきた話を思い出す。

 話していたのは、確か酔っ払いの元迷宮に潜っていたという爺さんだったろうか。

 酔っ払いの爺さんが言うには、死者の遺体は各階層の生物の特性によって様々ではあるが、大抵は迷宮に生息している生物に捕食されるか敵と判断されて破壊・焼却・溶解されるなどして処理されてしまう。

 また、見知らぬ者の遺体を発見しても迷宮外へとわざわざ運搬する物好きは少なく、上層ではまだしも下層へと進む者の遺体が地上へと再び戻される事はほとんどない。


 その後は若者がどうだの、迷宮内でのマナーなど在り来たりな話に終始したが、その話を聞きながらこの世界の死生観はやはりドライだなという感想を抱いた。

 自分があの遺体になる事を想像しつつ、そうならない為にも慎重に第八階層へと続く昇降口を目指し続ける。

 固体数が少ないからか、もしくは運に恵まれたのかボールと遭遇する事無く無事昇降口へと到着する。





 第八階層へと降り立ち歩を進めていると、第六階層へと繋がる第五階層の昇降口で見た筋肉さん二人がボールとの戦闘を行う姿を目撃する。

 銃火器を一切使用せず、巧みに槍を使ってボールを叩き落し、正確で鋭い突きをボールに次々と打ち込み始末していく。

 連携も素人目に見ても完璧に思える筋肉コンビは、その動作全てが美しい。顔以外は。


 複数のボールが地面に転がり、表面の白い殻の亀裂や穴から黄色の液体が流れ出している。

 一見大きな卵にも見えるが、迷宮にはミスマッチとも思える磯の香りがする。

 筋肉コンビは全てのボールを始末し、核を取り出し始めている。


 俺はあまり至近まで近づかないように遠巻きに見物していたが、筋肉コンビの片方が先に行って良いよと手で合図して来たので進み始める。

 第八階層では運良くボールに絡まれずに、第九階層へと続く昇降口へ到着する。

 しかし、これは不運への前払いであったのだろう。


 第九階層へと降りると、そこにはアミラが居た。


『ピシッ』


 アミラの姿を確認。光速を超える思考と音速を超える動作で踵を返すが、靴底が既に氷結している。


「アミラ、久しぶりだな。落ち着けよ。脱げば良いんだろ!」

「久しぶり。早く脱いで」


 ノータイム再び。

 俺の挨拶代わりの冗談はこいつには通用しないのだろうか。

 全裸になってアミラに伺う様に目を向けると、アミラは小さく頷いたので服を着なおす。


「カキ、この先は私がついて行くよ」

「何で?」

「その手。ここに来るまでに負傷したんでしょ」


 アミラが俺を脱がしたのは怪我の有無を確認する為だったのか?

 心配してくれていた?

 ないな。たぶん会話の中でのノリで言っただけだ。


「そうだけど? 第九階層はそんなに危険なのか?」

「壁」

「壁?」


「第七階層以降、各階層の固体数が極端に減るのよ。最短ルートで各階層を進めば第十一階層までほとんど戦闘する事無く進む事も出来る」

「ん? どうゆう事だ?」

「自分の力量を知らずに下層へと進めば死ぬ。単独でなら尚更」


 言いたい事は何となくわかる。

 心配というよりは、おめーの来るとこじゃねーよと言われている感が強い。


「俺にはこれ以上進む力量が無いってか?」

「無傷でここへ来れないようでは無理。カキは弱いよ」

「そうか。忠告は感謝するよ」


 氷結されたままの靴底に張り付いた氷を魔力を流し込んで曲げて砕く。

 アミラはその行為を見ても表情を変えずに俺を見続ける。

 昇降口の入り口に立つアミラの横を無言のまま通り過ぎる瞬間、俺は意識を失った。





「おはようございます」

「おはよう」

「首がすごく痛いです」


 折れてはいない。

 折れていたら死んでると思う。たぶん。


「そう」

「ここはどこですか」

「私の部屋よ」


 あれ?この客室の壁紙のマークって俺が泊まってるホテルと同じだな。

 しかし、必要以上に取られたスペースと格調のある家具は別次元。

 視界に映し出されるのは一泊いくら掛かるのか考えたくもない程の豪華な室内。


 なるほど。底辺の俺とは違ってデラックスやらキング何たらが付いた名前の客室か。

 そんな豪華な客室の椅子に座った状態でまだらの紐で拘束されているのは何故なんだ。

 拘束を解いたとしても目の前にアミラが居る限り逃れる事は不可能だろうし、わからない事だらけだ。


「拘束されている理由を聞いても宜しいですか?」

「弱いから。それと面白いから。あとは何となくむかついたから拉致した」

「わかりました。死ね!」


 感情的になり口から出た言葉。

 言い過ぎたかと思っても後の祭りである。それが人生だ。

 しかし、意外にもアミラはお上品に口を押さえて笑っていらっしゃりやがる。


「……ふぅー。やっぱりカキは面白いね」

「おまえのツボがわからない」

「それはお互い様でしょ?」


「……」

「……」


 頭に浮かんだ事をアミラに伝えるのが怖い。

 言ってしまうと最悪の返答が返ってくるような気がする。

 気がするというよりも、既視感か。


「解放は」

「しないよ」

「ですよねー」


 的中。

 だが目的がわからない。

 面白いから、むかついたから拉致したとしても、その後どうしたいのかが見当も付かない。


「カキはどうして迷宮に潜るの?」

「この町から出て行く為」

「どうして?」


「町を出て俺をここに捨てた両親を探し出す為」

「両親を見つけてどうするの?」

「とりあえずぶん殴った後、逃げるかなー」


 殴る前にまずは居場所を探さないとか。

 それ以前に本当に探し出してぶん殴りに行こうとするなら、冒険者資格は必須だろうな。

 冒険者になって両親を探し出す。こう言えば何かカッコイイな。


 今度からはこう答えよう。

 同情票が入りそうだしな。


「面白そうだね。カキの親ってどんな人?」

「鬼と岩。あとよく人を殺す」

「嘘……じゃないのね。ふぅーん、だからか」


「だからか? アミラの親は?」

「私? 親はもう居ないよ」

「兄弟もか?」


「うん。兄弟ももう居ないね」

「じゃあ、この部屋って自分で稼いだ金で……アミラさん金貸してくれません?」


 親兄弟が『もう』居ないってとこは地雷な予感がするのであえてスルーしておこう。

 それよりもこの流れは金の無心が最善。


「いくら?」

「4500万」

「無理。貯金ほとんどないし」


「ですよねー。ん? じゃあ、どうやってこの部屋を?」

「ここ? ここは買い取ったから。それでほとんど使いきっちゃった」

「か……どこの石油王だよ。てか買うなよ!」


 金の使い方を分かっちゃいない。

 こんな町に定住しようと考える事自体、そもそもおかしいがホテルの客室を買い取るとか子供の使いじゃないんだから……まぁ子供か。


「ねぇ、カキ。私退屈なの。手伝って上げるよ。迷宮でお金稼ぐんでしょ?」

「断る!」

「どうして?」


「えーっと、アレだ……」


 不味い。

 原作トリオに目を付けられているから、アミラとは関わりを持つ事は危険。

 この事を本人に伝えた場合、厄介な事になる事は必須。


 既に十分アミラと関わっている状態。

 あぁ、こいつ気絶させた俺を運んで迷宮を逆走して地上に出たんだろうな。

 あの原作トリオに気を失って運搬されている俺の姿を見られている可能性が、非常に高いじゃないですかー、やだー。


「その前にだね、アミラ君。君は私を地上へと運ぶ際に男二人に女一人の三人組とすれ違ったかね」

「急に何? 喋り方も顔もむかつく」

「こ、答えたまえ」


 顔に関しての言及は少し傷付いた。



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