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FLEX  作者: 石油肉
第一章
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第十六話 モブ

 主に刃物を取り扱う店『サバ』のレジに居たソフィさんから逃れ、その足でドラッグストアへと向かう。

 両親との暮らしの中でドラッグストアに陳列されているような医薬品は使用した事がなかったが、俺が知る前の世界の物と大差がなく安心する。

 しかし、当たり前だが全ての商品名が初めて見るもので、薬効も使用方法もわからない物が多く並べられている。


 元々医療に関する知識はゼロ。

 ラインには色々と教えて貰い、応急処置の仕方なども習ったはずだが、難しすぎて記憶違いが多いだろうし、素人の浅知恵になりそうだ。

 何を購入すれば良いのか、どのような怪我が怖いのか、そういった事を予想する事すら困難。


 仕方がないので店頭に立つマジメそうな薬剤師と思われる白衣を羽織るおじさんに、迷宮に潜る場合に役に立つ品を聞こうとするが、俺の見た目が子供という事もあって中々取り合ってくれない。

 メガネを叩き割りたくなる気持ちをぐっと堪えて、何とか迷宮に潜る人達がよく購入するという携行しやすい医薬品と包帯など怪我の処置をする物などを教えてもらい購入する。

 これで手持ちの金がほとんど無くなってしまったが、それ以上に店員への苛立たしい思いを叫んで吐き出したくなったが何とか我慢して店を出る。



 ホテルに一旦戻り、装備類の点検をして必要な物を持ち迷宮へと足を向ける。

 昨日とは時間帯も違い、午前九時を少し回った頃でもあったので迷宮前のゲート付近で待ち合わせなどをしている者は少ない。

 ホテルのチェックアウトのリミットまで時間が無い事もあるので、人目を気にせずゲートを潜り迷宮へと潜る。


 第一階層と第ニ階層はほぼ全速力で赤く照らされた指標を走り抜ける。

 先行しているパーティーの流れ弾や戦闘の邪魔をしないよう、時折ルートを調整して進む。

 途中、グレートキャタピラーに白濁液で歓迎される事が幾度かあったが回避しつつ走り抜ける。


 第三階層と第四階層も同じく走り通しでパープルアントになるべく絡まれないよう進む。

 羽音に注意して進んではいたが、またもやこちらの存在を先にパープルアントに発見され、計三回の戦闘で五体のパープルアントを葬り、核を取り出した。

 第五階層へと続く昇降口に到着し少しだけ休息を取り、第五階層に初めて足を踏み入れる。




 第五階層と第六階層に生息するのは『ジェリークラブ』という平たく言えば、カニとクラゲを足したような生物らしい。

 見た目はカニの形状で五、六十センチ程の体長に小さなハサミを二つ掲げている。

 しかし、カニ特有の硬い甲殻の部分が透明で弾力性があり柔らかい膜で覆われており、体内も同様にゼラチン質の特性を持ち、クラゲのような性質も持ち合わせている。


 そして、このジェリークラブはその体を構成している全ての部位が危険と言って良い。

 見た目に反して素早く地上を疾走し、跳躍力も高くその機動性を活かして対象に体当たりする事で攻撃を行う。

 体当たりするのには理由があり、人体にそのゼラチンのような体表が接触すると、人間の汗とジェリークラブの体表の膜が反応して瞬間接着剤のように急速に硬化する。

 更にジェリークラブは硬化させた体表の部位を切り離し、本体は離脱するので何度も体当たりに食らうと非常に危険な状態に陥る。

 硬化するだけなら問題は無いが、発汗量などによって差異は出るものの、三分程中和剤を使用せずに放置しておくと、硬化した部分が肉諸共削げ落ちてしまう。


 しかし、弱点もある。

 移動する際に生じる音。これはジェリークラブの体を構成しているゼラチン質の膜が地面と擦れる事で独特な移動音が生じる為、注意していれば聞き取れる。

 そして、ジェリークラブは群れで行動する事は少なく、単独で行動する。

 更にジェリークラブは鈍器や火属性魔法が効果的で、小口径の銃火器でも物量で押し切る事が出来る。


 大口径の銃火器で仕留める事も可能ではあるが、核を傷つけたり破損させたりする可能性がある上に、コスト面でも使用する者はほとんど居ないらしい。

 サマンサさんに教えて貰った事を頭の中で思い起こしつつ、慎重に赤く照らされた指標の上を進む。

 ナイフによる切断や突き刺す攻撃はほとんど意味がないだろうとは思うが、止めを刺す場合には有効だろうと考えブレードを剥き出しにしたまま右手で持ち進み続ける。


 サマンサさんが言っていたようにジェリークラブの固体はやはり少ないようで、既に五分以上歩いたと思うがその姿を現さないでいる。


『パギョパギョパギョパギョパギョ……パギョ』


 お約束になりつつあるが、またしてもこちらの存在を先に発見された模様。

 ジェリークラブが気持ちの悪い音を立てつつ、物凄い勢いでこちらへと向かってくる。

 ジェリークラブを倒せるかどうかが、俺に取っては試金石になる。


 接触する事が非常に危険という事。

 それは『曲げる』事しか出来ない俺にとっては非常に不利な事を意味する。

 そもそも捨て身の覚悟を持ってして捻じ曲げたとしても、それがジェリークラブに効果的なダメージを与えられるのかも微妙。


 目前まで迫るジェリークラブの体当たりを回避すべく、左方向へと跳躍する。

 第三、四階層に居るパープルアントとほぼ同程度の速度ではあるが、地上を移動するジェリークラブは方向転換も容易なのか、すぐに間合いを詰めるべく迫って来る。

 一息入れる暇をこちらに与えずに、ジェリークラブは執拗に攻撃を仕掛けてくる。


 何度も体当たりを回避するうちに、ジェリークラブの行動に法則というよりも狙いがある事に気付く。

 人間に比べて大きいとは言えないジェリークラブの体格では、敵である人間の体全てを包み込む事は出来ない。

 従ってジェリークラブは人間の体表が剥き出しとなっている部位を狙っての行動を取っているように推察出来た。


 実際、今執拗に体当たりを俺に何度も仕掛けているジェリークラブは、主に頭部を狙ってくる。

 たまにフェイントなのかナイフを持たない左手への接触も試みてくる。

 小賢しいお化けカニめ。


 知能があり効果的な攻撃を取ろうとしてくるならば、こちらもその行動を読みやすくなる。

 しかし、行動を読めて回避が容易くなったとしても、一向にダメージを与えられそうにないのが問題ではある。

 そもそも迷宮の生物に体力や精神という概念があるのかも不明。


 持久戦になれば不利になるのは明白。

 腹を括るしかない。

 購入したばかりのレザージャージの上着をジェリークラブの執拗な攻撃を回避しつつ脱ぐ。


 上着を両手で持ち、迫り来るジェリークラブが目前に来るタイミングを見計らう。

 両手を突き出す格好で上着を前面に押し出し、マタドールのように華麗な動作でジェリークラブを包み込む。

 包み込んだだけではジェリークラブの勢いを完全には殺しきれなかったが、体を捻り地面にそのまま叩きつける。


 すぐに両手から練り込んだ魔力を流し込み、レザージャージとジェリークラブを絡ませて『曲げる』

 ゼラチン質のジェリークラブの体がレザーに絡まり、食い込まれ、曲げられ壊れていく。

 口の中で咀嚼しているゼリーを見ているようで、結構グロイ。


 完全にジェリークラブが上着に包まれた状態で動かなくなるまで魔力を流し込み曲げ続けると、透明なゼラチン質の体が黒ずんでいき停止する。

 レザージャージの上着も所々魔力を流した弊害で裂けていたり小さな穴が開いているが、動かなくなったジェリークラブから引き剥がす。

 ジェリークラブの核を取り出すべくナイフを刺し込んでみると水分をほとんど失ったのか、砂を切るような手応えが伝わってくる。


 パープルアントの核と同様、ビー玉サイズの核。

 ジェリークラブの核は不純物が一切無く、俺の心を映し出しているようだ。

 核をベルトに付いたポケットに仕舞い、少しくたびれた感があるレザージャージを腰に巻きつけて第六階層へと続く昇降口を目指して歩き始める。




 第六階層へと繋がる昇降口へと到着すると先客が居た。

 壮年の筋肉さんの二人組み。

 手に重そうな槍を二人共持っており、銃火器を携帯していない所から魔力を扱える者である事が窺える。


 こちらから話し掛ける事も、話し掛けられる事もなく双方無言のまま距離を取り、彼らが昇降口から下層へと向かうのを待ち続ける。

 しばらくすると筋肉さん二人が静かに動き始め、下層へと降りていく。

 俺はそのまま彼らとの間隔を空ける為に昇降口の前にて待機する。


 油断していたつもりはなかった。

 しかし、回避出来るものでもないのかもしれない。

 顔を会わせたくなかった人物が、こちらへと向かって来るのが目に入って来る。


「おい、あれってアミラが絡んでたモブの少年じゃね」

「んー? どうだっけ?」

「あぁ。以前見た時とは服装が違うが間違いない」


 俺が言葉を理解していないと高をくくっているのだろう。

 原作トリオのお三方は、声量を落とす事もなく日本語で話しながら歩いて来る。

 昇降口へと近づき、先程居た筋肉さん達同様、俺との距離をそれなりに取っているが話し声は十分聞こえてくる。


 この前は遠くからの観察と、近づいての数十秒の観察だけだったので仔細な特徴などを把握出来なかったが、今は至近とも言える距離にいる彼らの特徴が嫌でも目に入ってくる。

 二人の男は中肉中背で典型的な日本の大学生か新入社員といった所だろうか、あまり特徴的な見た目ではない。

 そして女である一人、俺の事をあまり覚えていないような口ぶりで話している人物。


 こいつは近くで見れば特徴的な見た目をしている。

 一言で言えば美人。もう一言付け加えるならば、美人だけどむかつく顔。

 二人の男は詳しくは一見しただけではわからないが、腰に日本刀を収める鞘のようなものを提げ、戦闘を想定した格好をしている。


 しかし、いけ好かない顔に見える女の服装は迷宮内では不釣合いと言えるフリフリやレースが付いたワンピースに短い靴下とヒールの付いたサンダル、その他アクセサリー類。

 顔がむかつくのか、むかつく顔になっている原因がその服装にあるのかはどうでも良い。

 とにかく、見た目と口調が俺の透き通った心を濁らせる。


「こんな可愛げのない顔してたっけー?」

「ぜってーこいつだって! 直接聞いてみるか?」

「やめとけ。この少年、無手だ。加えて単独でここに来てるいるという事は魔力持ちだろう。それに何を聞くというんだ。おまえはモブなのかとでも聞くつもりか?」


 言ってくれる、この女。

 口調もやっぱりむかつくんですけどー。やだー。

 ついでにチャラそうな男も地味にうざい。

 まとめ役なんだろうか、生真面目そうな口調と見た目の男だけはまともか。


「あー、そりゃそうか。俺達みたいなトリッパーじゃなきゃ原作がどうのって説明するだけ無駄だよなぁ」

「そういう事だ。アミラと同行している様子もないんだ。放置しておくのが良い」

「わかったわかった」


 話し掛けられるかと冷や冷やしたが、マジメ君に救われた格好で難を逃れたようだ。

 俺が言葉を聞き取れていると気付かれないよう、顔を伏せていたので大丈夫なはずだが、このチャラ男だけだったら違った展開になっていたかもしれない。

 危険な相手でもあるが、ならばこそもっと会話を聞き、こいつらが言っているトリッパーや原作という意味を詳しく知りたかったが、三分以上この場に居ては怪しまれる。


 顔を伏せたままモブに徹して無言のまま昇降口の階段を降りていくと、上から下卑た笑い声が聞こえる。

 前後の内容は一部聞き取れなかったが、どうやら迷宮内で言い掛かりを付けられて返り討ちにした事、その相手を馬鹿して笑っているようだった。

 この事からも、原作トリオはそれなりに力を持っているのかもしれない。


 三人共隠し持っている可能性もあるが、銃火器を携帯していなかった。

 あのむかつく女なんて刃物すら持っていない。

 男二人は刀っぽいものを腰に提げている事からして無属性の魔法を扱える者の可能性が高い。


 負傷した様子も無ければ、目立った傷跡も見受けられなかった。

 その事だけでも危険な存在。

 彼らとの敵対は避けるべきだと再認識して、第六階層に降り立った俺は周囲に人が居ない事を確認して、慎重に進み始める。



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