第十四話 秩序と法則の保護者
「それでねぇ、私は言ってやったんだよ。女を武器にするんじゃないよってね。なんせ、あんたはブスなんだからさ、とね」
「サマンサさん、そろそろ開店する時間じゃないですか?」
「あ! 今、何時だい!? じゃ、店に顔出しておくれよ!」
サマンサさんは一方的に話し続けていた。
周辺の店舗が開店準備をし始めていたので、店の事を忘れているんじゃないかと指摘した途端、我に返ったのか慌てて自分の店だという『サバ』と書かれた看板の店へと走り去っていく。
俺はサマンサさんの後を追うように歩いて行く。
一方的に話し続けるサマンサさんに言い出せなかったが、パープルアントの核をここで売り払ってしまおう。
話していた事の大半はかなり毒満載で、ブスをとことん嫌うという内容ではあったが、悪い人ではないと思う。
見た目はカルミアに似て長身で褐色の肌ではあるが、性格はカルミアと人当たりの良い落語家を足して二で割った感じだろうか。
商売人には不向きな性格かとも思ったが、落語家成分の影響からか人当たりの良さや芯が一本通ったところは客の信頼を得るには向いているのかもしれない。
まぁ、まともに店を経営したりした事がない俺に言える事じゃないけども。
個人的には嫌いじゃない人柄だ。
この人ならば俺のような見た目が子供が客であっても、騙したりしないだろう。
仮に騙されたとしても仕方がないなと思える。
「いらっしゃい! ごめんよー、まだ準備中なんだけどって、カキ? まだ聞きたい事でもあったのかい?」
「いえ、核を早速買い取って貰おうと思って。大丈夫ですか?」
「うちは専業の店とは違って大量に扱えない、それに高額になる核も取り扱えないよ。だけど、カキ」
「はい?」
「あんた、その核は盗んだ物じゃないだろうね? うちは盗品の核も当たり前だけど扱わないよ」
「さっき迷宮に潜って自力で摂って来た物ですよ」
サマンサさんが真剣な顔で俺を睨みつけるように見続ける。
口調もやや怒気が混ざり、商売人というよりは教師のような印象がサマンサさんから醸し出されている。
「そうかい。疑ったりして悪かったね。……嘘は吐いてないようだね、許しておくれ」
「いえ、でも何故嘘じゃないとわかったんですか?」
「フッフッフ……そりゃ秘密だよ」
魔法で嘘を見破るのだろうか。
ユビさんは嘘を見破るような特殊な魔法があるとは言っていなかった。
しかし、魔法は千差万別の使用形態があって、知られていない魔法が大半だとも言っていた。
サマンサさんが嘘を見破るというのも本当なのかもしれない。
「嘘を見抜けるなんて、商売人は天職ですね」
「まぁねぇ、うちの旦那は職人気質だしね。私がいなきゃとっくにこの店は潰れてるさ」
「旦那さんの腕も相当なものなんじゃないですか?」
お世辞でも何でもない。
陳列されている刃物、主に長剣が多いがその形状は実用重視に見えるが、どこか懐かしさを覚える。
ラインが自作していたナイフを散々見てきたので、目は肥えているつもりだったが、この店にある剣はどれもが業物とは言えなくとも高水準のものだという事がわかる。
「へぇ、お世辞じゃないようだねぇ。でもさ、最近じゃこういった刃物は売れなくてねぇ」
「魔力を使える人が少ないからですか?」
「なるほどね。カキはやっぱり魔力持ちかい?」
一瞬、店内に重苦しい空気が包み込む。
嘘を吐けば本当に見破れるのか、試してみるか。
いやいや、状況から考えて俺が魔力を持たないなんて有り得ないだろう。
サマンサさんは仮にも元は迷宮へ潜っていた人だ。
言葉のニュアンスからしても俺が魔力を持つ事を予想していたようだ。
それに、サマンサさんは嘘を嫌う性格な気がする。
嘘を嫌う。どっかでそんな恐ろしい子に会ったような。
誰だっけ。思い出せない。
光速を超える速さで考えをまとめた俺は答えを導き出す。
「はい。わかります?」
「状況からして、カキは核を一人で摂って来たとしか思えないやね。銃火器は携帯していないようだし、懐に仕舞っているのはナイフかダガーじゃないかい? 魔力を持ってないなら、それはそれで驚きだけどねぇ」
「なるほど。さすが商売人ですね、目敏い」
嘘を見抜くまでもないか。
やはり目敏く俺を観察して、魔力を持つと判断していたらしい。
「まぁ商売人の目よりも、迷宮で養った癖だけどねぇ。おっと、まーた話が長くなっちゃいそうだよ。核の買い取りだったね」
「あ、はい。これです」
「おいおい、カキ……そのまま仕舞ってたのかい」
「不味かったですか?」
「少々の事では傷付いたり割れたりはしないんだけどねぇ。それでも、普通は核に傷が付かないように目の細かい布や絹で包むんだよ。次からは気をつけな」
「はい、ありがとうございます」
核に傷が付くと価値が下がるのだろうか。
宝石としての価値というよりは、加工したりしてこそのモノだと記憶していたが、加工の際に傷があると不都合があるのかもしれない。
今後は気をつけよう。
「もう一度聞くけどさ、これを一人で摂って来たのかい? 連れは本当に居ないんだね? いや、まぁそうなんだろうけどさ……」
「いくらになります?」
「そうさねぇ、傷もないようだし一つ三万ゴス、四つで十二万ゴスといったところかねぇ」
「じゃあそれでお願いします」
「あいよ。現金の方が良いね?」
「はい」
家ではたまに見かけた紙幣とは違い、頬がタプンタプンになっている厳ついおばさんが印刷された一万ゴス紙幣を十二枚受け取る。
財布もないのでジャージのポケットに突っ込んでサマンサさんに頭を下げて礼をする。
サマンサさんは俺が頭を下げるのを首を傾げて不思議に思っていたようだが、店の奥から旦那さんに呼ばれて軽く挨拶を交わして去っていく。
俺が信用されているというよりは無用心と言えるサマンサさんは、大丈夫なんだろうかと心配になる。
一人残された店内に長居するのも気が引けるので、そそくさと店を後にする。
懐に余裕が出来たら、また顔を出したいと思うが、やっぱり銃をドバドバとぶっ放したい気持ちは捨てきれない。
腰だめに構えたブルパップ方式の狙撃銃で衛星から、フッフッフ。
「今から私の部下になれ!」
おっと、ついつい妄想モードに迷い込んでしまった。
戦いの最中や戦いの後には、どうしてもこの悪癖が出てしまう。
ジャージ姿の少年が街路樹に周りこんで奇声を上げている光景を見ていた、周囲の厳ついおじさんやご婦人方もドン引きである。
さっさとサマンサさんに教えて貰ったホテルに行こう。
いや、その前に買い物だ。
眠いがまだ大丈夫。妄想モードで少しだけ魔力が回復した気がする。いける。
昨日の内に目ぼしい店をチェックしていたので、迷う事なくまずは『サバ』の近くにある服飾品店へと向かう。
店構えは俺の常識では考えられない程に頑強な作りの服飾品店。
店内に胸糞の悪くなるようなチャラい音楽は流れていないし、反吐が出るようなイケメンの店員のマンマークもないが、この店の圧迫感はえぐい。
店内には軍服と鞭を片手に蝋燭を持った女王様ご用達の品々も並べられている。
一人だけ居る店員はごぼうで作られたような細くて乾いた口の周りが青いおじさん。
そして、ごぼう店員が圧迫感の源泉であり、店内を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる存在。
「……」
「……」
この人は何故、男のくせに全身ラバースーツを着こんで接客をしているのか。
女でもだいぶパンチが効いているはずだが不思議すぎるし、ポテンシャルがえぐい。
主に下腹部のポテンシャルを隠して欲しい。
だが、この皇帝ごぼう店員を我慢するだけの価値がこの店にはある。
普通の服飾品店ではないとはわかっていても、この店にある服がどうしても魅力的に思えてしまう。
圧迫される弊害を我慢すれば、魅力的に映る品ばかり。
両隣の店舗も似たような服飾品を取り扱う店だが、段違いでここがベスト。
しかし、店内に足を踏み入れて品々を見て回るも子供用の服が、当たり前だが見当たらない。
「あのー、俺の体格でも着れる丈夫な服ってありませんか?」
「フッ……待ってな」
ギシギシとラバースーツを鳴らせて皇帝ごぼう店員が店の奥へと消える。
「見てみるかい?」
「お……ねがいします。そっちへ行けば良いですか?」
「ああ、来ると良い」
店の奥から聞こえる声に従い、ゆっくりと店の奥へと足を進める。
「どうだい? 丈は少し長くなるが、君に見合った物があるはずだ」
「カッコイイ……でも勿体無い」
「勿体無い? どうゆう意味だい?」
本当に勿体無いんだよ。
俺の趣味は良いとは言えないが、単純にカッコイイと思える物が並んでいる。
踏み入れてはいけない世界での基準である事が、非常に勿体無い。
黒を基調とした光沢のない色のレザーのジャージ。
しかし、どれもこれも調教仕様になっている。
この皇帝ごぼう、ドが付くほどの畜生なんじゃないのか。
そして何故、ジャージ。
まぁジャージは嫌いじゃないですけど。
俺の服装を見てジャージ好きという事を汲み取って出してくれたんだろうけど、無駄な装備類が多すぎる。
首や手首、足首の辺りに拘束用のベルトが装着され、股間の部分にご丁寧にもチャックとボタンが付いている。
「あの、このベルトとか取り外せます? あと股間の部分がノーマルなのが良いんですが」
「へ? ベルト類は脱着式だからすぐ外せるけど、股間部カバーが無い物が良いのかい? それはあまりお勧め出来ない。プレイの幅を狭める事は自分の首を絞める事になる」
「大丈夫です。あと、なるべく軽い事が理想です」
「フッ……持ってみなよ」
「え? はぁ……軽っ!」
対象の負担を考慮して、極限まで考え抜かれた軽量化と耐久性の追求。
職人の魂が篭った一品は俺が今着ている綿だかナイロンだかポリなんちゃらだろう素材で出来たジャージよりも少し重い程度だろう。
このごぼう出来る。間違った方向に才能を無駄使いしているが。
「ほら。これがプレーン状態の物だけど、本当に良いのかい?」
「これが良いです。おいくらですか?」
「六万ゴス。基本セットを後から取り付けると二万ゴス掛かるからね」
「んー……」
「フッ……やっぱり基本だけでも付けておくかい?」
いやいや、見た目も軽さも気に入ったけど値段に迷ってるんですよ。
手持ちが十二万ゴス。ホテルがサマンサさんによれば一泊二万ゴスからだったから、この出費は結構痛い。
かなりの時間、光沢のないレザージャージの上下セットを見て悩み続ける。
そこで他に入用である品物を思い出し、全てこの店で買うという事で値段を交渉する。
皇帝ごぼう店員は戦闘用の品物に関しては愛着があまりないようで、やっつけ感が強い。
ナイフを携行しやすく考えられた形状、更に核を傷つけずに保管が出来るように設計されたポケットが付いているタイプのベルト。
軽くて動きやすい軍用ブーツは子供用のサイズがなかったので、何故か取り扱っていた子供用の靴底がゴムゴムしい懐かしさを覚える上靴。
更にインナーや下着類もと告げると、目を輝かせて数々のプレイ用の品を勧められた。
理由を想像したくないが、締め付けるような小さなサイズの品揃えが良く、俺にとっては最適なサイズのものが多かった。
その中でもなるべくノーマル仕様で余計な装飾などが付いていない下着やインナーを予備も含めて複数選び出す。
そして、これらの追加の品だけでも三万ゴス以上するところ、レザージャージのセットとあわせて七万ゴスにして貰う。
支払いを済ませて店員にしっかりと礼をして店を出る。
このまま、買い揃えた衣類が入った跳ね馬の下腹部がデフォルメされた印象的なショップの袋を両手に持ち、各種鞄が取り揃えられている店舗へと入る。
迷宮へは衣類などは持ち込む予定は今の所ないので、五千ゴス程度の飾り気の無いシンプルなリュックを購入して、その場で衣類などを押し込んで店を後にする。
迷宮周辺のストリートにはかなり人通りが増え、それに合わせたかのように飲食店や露天から主に肉を焼いた匂いや香辛料の香りが漂っている。
もう懐具合なんて気にする頭は停止しているので、体が勝手に小奇麗なステーキ屋の店へと吸い込まれる。
かなり偏った注文を通して、肉をおかずに肉で肉を食べる。
牛っぽいけど豚っぽくもある肉を黙々と食べて水をがぶ飲みする。
店員や他の客から注目されるかとも思ったが、子供の客が珍しい事ではないのか、あまり注目を集めているという感覚はなかった。
支払いを済ませると手持ちの残金が三万ゴスを切っていた。
日が真上に昇る頃になってようやくサマンサさんに教えて貰ったホテルへと向かい、宿泊費を事前に支払いホテルの一室に到着する。
鍵を閉め、一人となった安心感と開放感からすぐに全裸となってシャワーを浴びる。
さっぱりした所で魔力の枯渇ではなく、人間としての機能としての睡魔が襲い来る中、有料放送のテレビから流れる小刻みでリズミカルな女性の声を子守唄にして清潔なベッドで眠りについた。




