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FLEX  作者: 石油肉
第一章
13/37

第十三話 呪縛

「時間だ。行くぞ」

「……」

「……」


 昇降口を塞いでいた五人組の青年達の中の一人が発した言葉に返事をする事無く、無言のまま階段を降りて行く。

 姿は見えないが、階段を降りる音が消えた事から彼らが全員第三階層へと降りたとわかる。

 すぐに俺が第三階層に向かえば、彼らの不興を買うだろう。


 俺も彼らに習って、第二階層の昇降口にて三分間待ち、第三階層へと向かうべきだな。

 五人組を見た時は、子供が何故単独なんだとか、手ぶらである事に関して色々と聞かれるのかと身構えていたが、話し掛けられる事はなかった事に拍子抜けした。

 まぁ、規律正しく行動している感じが何となく伝わってきたし、他人に口出しするような連中でもなさそうではあるが。


 時計もないので三分間、頭の中で数えて移動を開始する。

 階段を降りると、第一、ニ階層とは違う様相が目に飛び込んでくる。

 昇降口から伸びる赤い照明機器によって照らされた道標の両脇には生物の死骸がない。


 いや、正確には死骸のようなモノはある。

 炭化して原型を留めていない黒い石の塊が見える。

 燃えて炭化したにしては焦げ臭さがないのが違和感を覚えさせるが、近づいてよく観察してみると『アリ』のような原型を僅かに残す半炭化した死骸を見つけた。


 第三階層には確かパープルアントという巨大なアリが生息している。

 主に毎度おなじみの盗み聞きだけの情報なので、他にも生物がいる可能性はあるが。

 そして、巨大といってもグレートキャタピラーのように体長一メートルもある生物ではない。


 パープルアントは巨大といってもあくまでもアリと比べてであり、半分炭化した死骸を見る限りは体長は五十センチ程度だろうと予想出来る。

 ふむふむ。死骸は腐敗するのではなく、炭化していくのか。

 不思議生物のなせる業なのだろう。


 第二階層までとは違い数は少ないものの、パープルアントの炭化した死骸はほとんどが核を採取する為なのか、破壊されている。

 これが原因でほとんどのパープルアントの炭化した死骸が原型を留めていないのだろう。

 核が一ついくらになるかはわからないが、第一と第二と同じパターンであればパープルアントは第四階層にも生息しているかもしれない。


 まぁ、その前に第三階層では『いのちだいじに』を基本に、昇降口へ向かうのが先だな。

 単独であり、医療品もなし。

 治療するだけの金銭も持たず、頼れるであろう両親やユビさんとも音信不通。


 ヤバイと思う前に逃げるべき。

 掠り傷程度でも、こんな不思議迷宮じゃ致命傷になる可能性がある。

 自分の無知を最大評価して置かないとだ。




 俺は伝家の宝刀『いのちだいじに』状態で、再び懐からナイフを取り出し、第三階層の赤く照らされた道を歩き続ける。


『イィィィィィィ』


 奇妙な生物の鳴き声が聞こえ、耳の中に小さな痛みが走る。

 後方からの鳴き声。

 振り返り、その鳴き声の主を見るとパープルアントが飛行したまま迫って来る。


 鳴き声ではなく、この音は羽音のようだ。

 受け止めるのは危険と判断して地を蹴り上げ後方へと跳躍して回避する。

 パープルアントは鈍い音を立てて地面に着地すると、羽音を停止させる。


 名前のとおりパープルアントの体表は黒みがかった紫色。

 アリ特有の硬そうなフォルムをしているが体長はやはり五十センチほどあるので、アリと言うよりはサソリのような印象がある。

 羽音を停止させてパープルアントは頭部に付いた二本の触角をクネクネと曲げつつ複数の脚を器用に動かし、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。


 動き方かたらして歩行が苦手な印象が窺えるが、油断せずにどのような攻撃にも対応出来るよう身構える。


『イッイイイィィィ』


 着地地点から数十センチだけゆっくりと移動したパープルアントが、再び羽音を鳴らして浮かび上がる。

 地面から一メートルほど浮上した地点でホバリングを開始して、頭部の触覚をクネクネと動かしている。

 あの触覚が目の役割なのか、対象を捉える器官なのかもしれない。


 羽音のリズム、音階が僅かに変化する。

 その瞬間、パープルアントがこちらへと凄まじい速さで飛来してくる。

 受け止められない程の速度ではないが、衝突した時の攻撃手段が不明でもあるし回避する。


 俺に回避されたパープルアントは赤く照らされた道の上を低空で飛行したまま通過していく。

 単純な体当たりかと一瞬考えたが、頭部や口の向きから考えて飛来して対象に接触する瞬間に、噛み付こうとしていたように見える。

 確かにアリに噛まれると痛い。


 体長が五十センチもある不思議生物のアリのようなパープルアントに噛まれれば無事では済まないだろう。

 体表を覆う硬そうな表皮もナイフが通るかどうか。

 しかし、弱点と攻略法は掴めたし実行可能。


 パープルアントが羽音を鳴らし続けつつ旋回して、再びこちらへと飛来してくる。

 先程とは違い回避せず、右手に握ったナイフをパープルアントの頭部に突き立てる。

 予想通り、硬く頑丈な表皮は貫く事が出来なかったが、パープルアントを数瞬停止させる事が叶った。


 あとは左手を添えるだけ。

 練りこまれた魔力を左手からパープルアントの頭部へと流し込む。

 ソフトボール大ほどの頭部を捻じ曲げると、パープルアントの動きが完全に停止する。


 重さを感じさせない音が鳴る。

 俺の足元に炭化を既に開始しているパープルアントの死骸が転がる。

 周囲を警戒しつつも炭化する様を観察し、核の場所を検討するが無駄だった。


 炭化したパープルアントの羽の付け根から紫色のビー玉のような玉が顔を出す。

 唯一炭化していないこの玉が核だろう。

 一応、全て炭化するまで待ち、パープルアントの死骸をナイフを使って解体するも核と思われる物質は発見出来なかった。


 羽の付け根にあった紫色のビー玉のような玉が核である事は、ほぼ間違いない。

 核を壊さないよう、ジャージのズボンに付いているポケットに仕舞い込む。

 核の強度や保管方法もわからないが、盗み聞きしていた限りは特別な取り扱いは必要ないはずだ。


 パープルアントとの戦闘を頭の中で振り返りつつ、歩き始める。

 一体だけでの襲撃であったから無傷で、しかも短い時間で仕留めることが叶ったが、複数のパープルアントに同時に襲撃されればどうだろう。

 二体までであれば落ち着いて対処すれば仕留められる。


 しかし、三体以上となると一気に形勢が不利になる可能性がある。

 パープルアントが群れる生物なのかは不明ではあるし、連携出来るほどに知能があるかでも違いは出る。

 巧みに連携をし、群れで行動する生物であれば単独で対処するには無傷では済まない可能性がある。


 十体以上、もしくはそれ以上の群れで襲撃でもされれば連携も糞もなく対処出来ない。

 対処しきれないと判断すれば一気に逃げる事も考えねばならないが、パープルアントの飛来する速度ならば回避する事は可能ではあるが、単純な追いかけっこでは分が悪い。

 パープルアント、いや、安全に迷宮を進むには敵をこちらから先に発見しなければならない。


 ここまでは警戒はしていても、毎度毎度先手を取られている格好だ。

 攻撃を一度も受けていないとはいっても、更に下層へと進むには敵の早期発見は必須。

 複数の群れをなす敵を、こちらの存在を敵に悟られない内に発見してルートを変更したり、後退する事は『いのちだいじに』の根幹を成す基本戦略。


「戦術的勝利などいくらでもくれてやる! フハハハハ!」


 戦術と戦略ってどっちがどっちだっけ。

 誰も聞いていない事を良い事に、一人芝居で左目に手をかざして格好付けてみるが、決まりが悪い。

 恐怖をごまかそうとしているのかと自問自答するが、恐怖ではなく不安が強いのかもしれない。




 無駄に大声を出した為なのか、一人夢芝居を発動してすぐにパープルアントの羽音が右側から聞こえ始める。

 戦略的な勝利とやらを掴み取ろうとパープルアントが考えたのかは不明だが、パープルアントの独特な羽音が聞こえ、こちらへ飛来して来る事を告げている。


『イィィィィィィ』


 三つの羽音が完全に同調して、一つの音のように聞こえる。

 しかし、視界に映るのは横並びで飛行する黒紫色のパープルアントが三体。

 その飛行する姿は、一目で連携を伴っているとわかる。


 三体の内、左翼と右翼の位置を飛行するパープルアントが、俺の体に噛み付こうとやや旋回して軌道を膨らませながら迫って来る。

 両翼のパープルアントとは違い、中央を直線的に飛行するパープルアントがやや突出する形になる。

 ギリギリまで飛来してくるのを待ち、地を蹴り上げて真上に跳躍して回避する。


 パープルアントは対象である俺を見失い、後方へとそのまま飛行していく。

 跳躍している間に体を捻り着地すると、パープルアントが旋回して再び飛来してくるが目に映る。

 軌道修正する機能は低いと見て良いだろう。


 群れとなり連携するといっても攻撃パターンは単調かどうかは、もう一度回避してみれば分かるか。

 もう一度、三体が横並びで飛行して迫り来るが、先程と同じ。

 再び中央を飛行するパープルアントと接触する直前に真上に跳躍する事で回避すると、三体のパープルアントが先程と同様、通過していく事で弱点を理解する。


 パープルアントの弱点だと言えるのが、予測したり学習するという機能がないという事。

 同じ状況下で同じ回避行動を取られているに関わらず、直線的に飛来するだけだった。

 まるで、矛盾した言い回しになるがロボットのような生物だ。


 野生動物の方が知能が高いという印象が強いし、事実そうなのではないだろうか。

 他の動物を捕食して糧を得ているような動物ならば、フェイントやこちらの動きを予測しての行動を少なからず取ってくる。

 その傾向は種によってまちまちではあったが、大型の肉食動物ならば概ね知能が高く行動を読まれる事もあった。


 三度目の飛来は三体のパープルアントがお馴染みの横並びで迫って来るが、軌道が同じであれば攻略するのも容易い。

 左翼からやや旋回して軌道を膨らませているパープルアントの方へと踏み込み、カウンター気味にナイフのブレード部分を頭部へと押し当て、左手を頭部に添えて捻じ曲げる。

 残りの二体はまたしても後方へと通過していく。




 三体のパープルアントの頭部を全て捻じ曲げて一息付く。

 三つの核を取り出し、ポケットに入れてその場でステータスを確認する。


 名前:カキ・ビスマルク

 種族:人間

 性別:♂

 年齢:6(27)

 属性:地

 称号:ストリーキング

 装備:強化カルサイトナイフ カルミアの首飾り ジャージ サンダル(故障)

 道具:手紙(既読) パープルアントの核 x4


 筋力:6

 器用:6

 体力:5(6)

 俊敏:5(6)

 精神:233(999)

 知力:1(2)

 幸運:2(6)


 ※カキの妄想/脳内イメージです。数値などは正確ではありません。



 絶好調とは言えない肉体ではあるが、疲労はあまり感じない。

 しかし、魔力の消耗は確実にある。

 魔力の枯渇を示す目安としては、個人差があるとユビさんに教えて貰ったが、俺の場合は眠気だ。

 疲労は感じていないが眠りたいという欲求が頭にもたげ始めている。


 第四階層まで行こうと考えていたが、未知なる迷宮内で眠気を持ったまま進むのは危険すぎる。

 踵を返し、赤く照らされた道の上を第二階層と繋がる昇降口を目指して歩き始める。

 あと複数回の戦闘には耐えうるとは思うが、回避出来る戦闘は避けるべき。


 逆走して迷宮の入り口へと向かうと、第三階層で一組、第二階層ではニ組、第一階層ではニ組の集団とすれ違う形になった。

 銃火器を取り扱う者が多かったが、戦闘中にすれ違う事はなかったので流れ弾に晒される事は避ける事が出来た。

 全ての集団を遠方から発見し、赤く照らされた道から逸れる事で顔を見られる事はなかったが、存在はあちら側にも知られていた可能性が高い。


 出来る限りBボタンは押したが、カルミアやラインのような無属性の魔力を使用しての疾走は叶わないので、ジャージ姿で走り去る少年の姿は見られたはずだ。

 迷宮入り口へは体感で三十分と掛からずに到着し、そのまま地上へと出る。

 迷宮前には未だに人々が多く居たが、早朝よりはかなり減っている。


 眠気は走る事でも一向に治まらないが、引き返している間に魔力の消耗がなかった事もあって、まだ活動可能。

 昨日ピエトロ達と一悶着あった核の売買が出来る店舗へと足を向ける。

 小さなストリートにある店舗はまだどこも開いていない。


 現在、時計がないので正確性に欠けるが午前七時から八時頃だろう。

 開店するまで換金は出来ないので、堅気っぽい人を探し始める。

 出来れば女性で単独のおばさんが望ましい。


 それに加えて近隣に住む人。

 この条件に合致する人を、ストリート周辺で探し出す。

 ダメ元ではあるが、子供であり身分証明を出来る物を所持していなくても泊まる事が出来る宿を聞き込む。


 こんな質問をすれば、スラムの子供ではないかと疑われる事がほとんどで碌に答えてくれなかった。

 中には俺を憲兵に突き出そうとするおばさんもいた。

 もう諦めようかとも考えたが、五人目に話を聞こうと声を掛けた気の強そうなおばさんが、金さえ払えば子供でも泊まれるホテルの名前と場所を教えてくれた。


 気の強そうなおばさんは幼い頃、両親を亡くしてスラムで犯罪に手を染めるか、体を売る事でしか生きる事が出来ないと思ったが、迷宮に死ぬ思いで潜りこみ糧を得るようになったと、長々と昔話を語り始めた。

 今は迷宮で出会った仲間の男と結婚して子供を育てながら、迷宮に近いストリートで主に刃物を中心に取り扱う店舗を経営しているらしい。

 稼いだら買いに来てくれよなと言う気の強そうなおばさんは、どこか母のカルミアを思い出させる。


 特に武勇伝を話し始めた時のドヤ顔が。

 ドヤ顔のおばさんに、ついでに核を俺でも買い取ってくれる店を聞いてみたが、ならうちで買い取るよワハハと二つ返事で返された。


「おっと、名前を聞いていなかったねぇ。私はサマンサ、少年は?」

「カキです」

「私の店は、ほら。あそこの青い看板に『サバ』って、あれだからね。良い名前でしょ、この名前は─────」


 また長々と店舗名の由来やら旦那自慢、娘の自慢が始まる。

 カルミアの面影のあるサマンサさんには絶対に逆らえない気がする。

 核をよこせと言われれば素直に従ってしまいそうだ。


 カルミアの呪縛が俺を苦しめる。




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