第十二話 はじめての白
やって来ました、ペンタゴンダイブ。
おまっとさんでした、ペンタゴンダイブ。
早朝にもかかわらず迷宮入り口のゲート周辺には、約三十名程の人々が待ち合わせでもしているのか、それぞれがニ、三人でかたまり、思い思いの場所にいた。
厳ついおじさんが半数、厳ついおばさんが二割、残りの三割程度が軍人のような装備の男。
俺が観察している間に、待ち人が到着したグループから足早にゲートを通り迷宮内へと姿を消して行く。
予想していた通り、単独で迷宮へ入るような者はいない。
はたまた単独であれば待ち合わせなど不用な訳で、すでに迷宮内に入っているのか。
ただ、しばらく観察していてわかったが、単独で迷宮へと足を踏み入れる者が未だに存在していない事からも、やはりパーティーを組んでいる者が大半なのだろう。
早朝ならば誰にも見られずに迷宮に潜れると思ったが、ゲート前に集まる人々の数は減りそうにない。
三十分程待っていたが、増減はあるものの、最低でも十人以上の者が待ち合わせの為に待っているようで、ゲート周辺が無人になる事はなさそうだ。
まぁ、見られてもすぐに問題となるような事はないと思うが、目立つのは間違いない。
俺の常識内だけでの判断ではあるが、俺自身の見た目は六歳にしては背が高く成長は早い方だ。
見た目は十歳程度、アミラと同じ歳に見えるだろう。
それでも、目立つ事は目立つ。
子供が単独で迷宮に潜るのが普通だとは思えないし、この世界でもさすがに少年労働は特殊だろう。
ましてや危険が伴う迷宮であり、小学生程度の見た目の俺が単独で迷宮に足を踏み入れる姿は滑稽に映るだろう。
このまま人の流れが途切れるのを待つべきか、毎日のように通う事になりそうではあるし、人目を気にせず迷宮に足を踏み入れるべきだろうか。
初めて美容院に入店する時のような緊張感。
おまえが来るとこじゃねーからと言われるんじゃないかと思い震えたものだ。
実際は誰も俺のようなモブを気にしていないものなんだけど。
初めてのデート、面接、おかわり、風○、出社、土下座。
トラウマと良き思い出が頭を駆け巡る。
誰だって最初は人目を気にしたり、恥ずかしくて、恐怖するんだ。
迷宮だって同じはず。
状況も比較対象も間違えている気がしないでもないが、男は度胸。
迷宮へと入っていく者が途切れたタイミングを見計らってゲートをBダッシュで通過して、飛行可能な速度を維持したまま迷宮へと足を踏み入れる。
「おおー! 天井、高ッ! 広ッ! グロッ!」
初めて見る光景に、思わず感想が口から勝手に出てしまう。
とにかく広い、そして入り口付近にさっそく穴だらけで胴体中央部が抉られている、巨大で黄色の体表の芋虫が複数散乱している。
不思議な事に血の匂いがまったくしない。
白くドロドロとした体液らしきものは地面に零れ落ちているが、火薬のような匂いの方が鼻をつく。
核がどうやって取り出されているのかなど、もっとよく観察してみたいが入り口付近でもあるし、さっさと移動する。
各階層を行き来出来る昇降口は十階層までならば、各階層の昇降口の対極に例外なくある。
それ以降の階層の昇降口の位置については、厳ついおじさん達の会話から聞き取れなかったが、当面はピエトロ達が昨日向かう予定であったという、第七階層までの到達が主目的なので問題ない。
慎重に階層を下げていく予定ではあるが、今日の所はピエトロ達が引き返したと言っていた第四階層まで行ければ良い。
第一階層のグレートキャタピラーの強さ次第ではもっと慎重に行動するつもりではあるが、さてさてどの程度だろう。
ジャージの懐に仕舞いこんだままのナイフを取り出し抜き放つ。
迷宮内の地面に等間隔で埋め込まれている照明機器によって、右手に持ったナイフの半透明のブレード部分が照らされる。
視界はかなり良好で、ナイター照明ほどではないが達磨さんが転んだくらいなら出来る程度の明るさが迷宮内を包んでいる。
迷宮内の中央、多くの人々が踏みしめたのであろう足跡は道のようになっている。
加えて、グレートキャタピラーの死骸と死骸の間を通常の照明機器とは違い、赤く光る照明機器が埋め込まれ、まっすぐに入り口とは対極の方向へと続いている。
これが昇降口へと続く道標なのかもしれない。
この赤い照明を中心に形成された道の上から外れないように、まずは歩いてみるか。
道の両脇にはグランドキャタピラーの腐敗がかなり進行している死骸を迷宮を進む内に目にする数が増え始める。
体中に風穴を空けたものや、切り刻まれたばかりといった感じの、触手のような脚を力無く僅かに動かすグランドキャタピラーの姿も中にはある。
「少し、走るか」
歩く速度を意識的に高めていたが、後方から銃声が聞こえて考えを改める。
流れ弾はごめん被りたいので距離を取るべく、走り始める。
迷宮内でのローカルルールやマナーなどほとんど知らないが、銃火器の使用が当たり前の迷宮内では、先行する迷宮内への入場者の後から入る者は、最低でも三分以上は間隔を空けて入場するという事を守らない若者が最近多いと、昨夜酒を浴びるように飲みつつ、禿げ上がった厳ついおじさんが愚痴っていたのを思い出す。
迷宮へとBボタンを押しっぱなしにして入場したものだから、俺の後からすぐに入場してきた者がいたのかもしれない。
迷宮内の生物もだが、流れ弾にも警戒して動くべきだな。
銃火器を使用する者は周囲への配慮を普通はするはずだが、それを期待して動くのは愚かだ。
核を取り出されているかどうかをグレートキャタピラーの死骸を走りながらでは、しっかりと確認する事は出来ないので正確性に欠けるが、大半の死骸から核が取り出されたような痕跡は見られない。
もっと下層へと向かう連中は、第一階層の生物の核なんてわざわざ採取しないのだろう。
迷宮入り口付近で少しだけ見た核が取り出されたであろう死骸から推測するに、核の大きさはおそらく最大でもソフトボール大。
ピエトロ達の昨日見た姿からして、核はそこまで大きな物ではないだろう。
彼らは四人共に大きなリュックや鞄は装備していなかった。
腰の辺りにポーチのようなものや釣り人が愛用するようなポケットがたくさん付いたジャケットには弾薬や医療品や携行食量や飲料水を収納していたのだろうが、あのポケットに核も収まるのかもしれない。
『ビュルッ』
『ビュルル』
赤く照らされた道を進んでいると、不意に小麦粉を水で溶かしたような白濁液が降ってくる。
白濁液をぶっかけられる前に左方向に飛び退って回避する。
道の右側、道を挟む形で射出音の発生した方に目を向けると、死骸に隠れていたのか二体のグレートキャタピラーがウネウネと体をくねらせている。
頭部の先端に無数に付いた短い触手が蠢く。
その蠢く触手の隙間から再び白濁液をこちらへと射出する。
射出された白濁液は遅いが、狙いはかなり正確で避けなければ全身が白濁液まみれになりそうだ。
左右どちらかに再び回避する事は選ばずに、死骸となっているグレートキャタピラーを避けつつ一気にウネウネと体をくねらせている二体のグレートキャタピラーへと降りかかる白濁液を避けるついでに接近する。
俺が接近する事でグレートキャタピラーのカウンターが来ると考え、ナイフを握る右手に力が入る。
しかし、二体とも三度目の白濁液の射出をするのみ。
警戒していたカウンターは、手が届く距離に到達しても振るわれる事がなかった。
右側にて体をくねらせているグレートキャタピラーの頭部の側面をナイフで切りつける。
切り口からは白い体液がドロドロと流れ出し、グレートキャタピラーから浮き輪から空気が抜けるような音が鳴る。
ウネウネとくねらせていた体を、切りつけられた後になってようやく機敏とも言える速さで数瞬だけ動かしたが、頭部から地面に突っ伏し動かなくなる。
二体目のグレートキャタピラーは、真横で起きた出来事を理解していないのか悠長に体をくねらせ四度目の白濁液を射出するも、味方であろうグレートキャタピラーの体表にぶっかける。
既に動かなくなったグレートキャタピラーの体表、白濁液をぶっかけられた部分の色素が若干薄くなる。
黄色の体表色が白濁液によって薄まるという事は、人間の皮膚に付着した場合はどうなるのやら。
巨大で見た目も醜悪な芋虫のぶっかけシーンは結構くるものがある。
スプラッターとは違う意味での気持ち悪さが込み上げるが、二体目のグレートキャタピラーにも手早く近づき頭部の側面にナイフのブレードで切りつけ息の根を止める。
「これで白濁液に匂いがあったら嫌な相手だな……」
迷宮内の生物に進化という概念があるのかは不明ではあるが、どうしてこうなった。
これだけ核すら採取されずに放置されている死骸があるグレートキャタピラーの戦闘力は、ある程度予想出来た。
しかし、実際に戦ってみると地味に嫌な相手だ。
また絡まれたら無視して一気に昇降口まで行くのが良い。
初めての戦果ではあるが核は採取せずに再び道なりに走り始める。
地図や地上から見たペンタゴンダイブの概観以上に、迷宮内に足を踏み入れてみると内部の広さに驚かされる。
どのような仕組みになっているのやら、既にニ組の先行していたパーティーを気付かれないよう道から外れて追い抜かしたが、未だに昇降口があるであろう入り口とは対極の迷宮の壁面に到着しない。
十分以上走り続け、直線的に走ってはいなくても既にニ、三キロは進んだはず。
赤く光る照明機器の道標だろう道を進んでいるので、方角を見誤っているとも思えない。
この赤い照明機器はまさかトラップかと不安が頭を過ぎり始めた頃、ようやく昇降口らしき場所が視界に映る。
照明機器が多めに地面に埋められている為か、遠くからでもそこが昇降口であろう事はわかる。
縦五メートル、横五メートルほどのサイコロのような形の無機質な昇降口へと近づく。
正面には縦三メートル、横三メートルほどの入り口が一つだけあり、奥には螺旋状となった階段が見える。
誰か昇降口で休憩でもしているかと警戒したが、無人のようだったので階段を降り始める。
階段はかなり長く続いたが、第二階層に無事到着する。
第一階層にあった昇降口と同じような作りの入り口から出ると、再びグレートキャタピラーの死骸が先行した者達によって片付けられたのだろうか、目に飛び込んでくる。
死骸が左右に放置され、道標となる赤い照明機器の光を遮る物は少ないので問題ないが、あまり見たくない光景だ。
迷宮内に生息する生物の分布状況などは、断片的にしか知らなかったが、階層を変えても同じ生物が生息するというのは知らなかった。
グレートキャタピラー以外にも生息する生物がいる可能性もあるが、どうしたものか。
固体自体の強さや行動に変化があるかもしれない。
もう一度グレートキャタピラーとの戦闘を試みる事でしか確かめようがないな。
考えがまとまった事で第一階層と変わらない光景を見つつ、歩き始める。
五分ほど歩きながら、グレートキャタピラーと周囲に存在するかもしれない迷宮へと潜るパーティーを警戒していたが、どちらにも遭遇する事がなかった。
俺と同じくらいの移動速度で先行している者が、グレートキャタピラーを片付けているのだろうか。
しかし、迷宮に生息する生物は個体によっての差異はあるが定期的に地面から生まれ出る。
この事からも先行する者がいようとも、遭遇する確率はゼロとはならない。
確率は大幅に下がるとしても、警戒はしたまま歩き続けていると一体だけで挨拶代わりなのか、白濁液を射出しながらウネウネと体をくねらせたグレートキャタピラーが仲間の死骸の中から現れる。
白濁液をさくっと回避して、現れたグレートキャタピラーの頭部の側面をさくっと切りつける。
白濁液の量や射出速度、近接した場合の攻撃手段、固体としての移動速度など第一階層にいたものとほぼ同じ。
やはり第一と第二階層のグレートキャタピラーは同じ固体性能なのだろうか。
更に歩き続け、三体のグレートキャタピラーの息の根を止めた時点で自分の予想に少しだけ自信を持つ。
グレートキャタピラー以外の生物とは遭遇しなかったが、これを確かめるのには時間が掛かりそうなので後日に回そう。
第二階層ではグレートキャタピラー以外の襲撃がある可能性はまだあるので、走らずに歩き続ける事三十分で昇降口が見え始める。
昇降口の入り口を塞ぐようにして休息でも取っているのか、五人の人間が見えた為に歩みを止めナイフを懐に仕舞う。
五人の内の二人が既にこちらに顔を向けている。
遮る物が一切ない状態では俺の存在を把握しているだろう。
俺が昇降口へと近づくにつれ、こちらを向いていなかった三人もこちらに顔を向ける。
五人組の面々は近くで見るとわかったが、皆が二十歳前後だろう男。
それぞれが似たようなライフルを手にしているが、銃口は下に向けている。
銃器以外の装備も似ていて、ここが迷宮でなければ軍人にしか見えない。
「……」
「……」
会話が出来る程まで近づいたが、話し掛けてくる事はない。
俺も話し掛ける言葉が思い浮かばないので口を閉じたまま、五人組の前を横切る形で昇降口の入り口の脇へと移動する。
この五人組は怪我を負い動けなくなっているようにも、疲弊しているようにも見えない。
先行するパーティーとの距離を保つ為に、ここでしばらく待っているのだろうか。
そんな疑問が頭に浮かぶが、彼らが進み出すのを待ち続ける。




