第十一話 ヌード
昨夜は無人となる場所では危険だと考え、朝まで飲み明かす者や路上で如何わしい商売をしている者達が多くいる場所の近くの屋根の上に登り、なるべく屋根に同化するよう横たわっていた。
こんな魔法まである世界、再びアミラみたいなのに絡まれない為にも、極力物音を立てぬよう気を配る事はラインと共に行っていた狩りの賜物で苦も無く行えた。
眠気と空腹はアミラショックと日本語を話していた三人のおかげで考えるべき事が多く、動揺もしていたのでまったく感じなかった。
特に俺の頭を悩ませていたのが日本語を話していた三人組。
彼らの見た目、話していた会話、それらの事を考えている内に朝になっていたと言っても良い。
日本語の使用。黒髪黒目。顔の造形や体格からして十中八九日本人、もしくはアジア圏に住む者。
これらの使用言語と外的要因から考えるに、彼らが俺と似たような境遇に陥っている者達である事は間違いないだろう。
これだけであれば、接触する事も考えたかもしれない。
見た目はこちら側の世界の住人になってしまっている俺も、日本語はまだしっかりと覚えているし一言、日本語で話し掛ければ証明可能だろう。
必要とあれば『熱湯コマーシャル』とでも言えば理解してくれるはずだ。
問題は、彼らが口にしていた会話内容。
『原作』、『アミラの未来を予期しているかのような口ぶり』、『モブ』、『介入しすぎれば原作崩壊』
このような単語と会話の示す意味、全てを理解出来た訳ではないが危険な存在である事はあの場でも感じた。
そして、一晩掛けて考察していく内にその危険度は上昇している。
『原作』と彼らが口にした事が最も危険な香りがする。
それに付随する形で未来を予期しているかのような会話。
彼らの会話が酔っ払いの妄言の類であれば良いが、俺が考える通りであれば厄介な連中に違いない。
この世界には作者が存在し、俺も含めて彼らはその何者かによって作り出された世界に生きている。
そして、『原作』という言葉から察するに、この世界はアニメや漫画、小説やゲームという事。
更に、彼らはそれを知覚しており、物語の先を知っている可能性がある。
にわかには信じられないような与太話ではあるが、見知らぬ世界で赤ん坊となり生まれてしまった事を嫌でも知っている俺は与太話とはどうしても思えない。
一つだけ彼らの危険度を下げるとすれば、俺をモブとして見ている事だが、アミラと俺のやり取りを彼らは監視していたという事実も浮上してくる訳で、アミラの危険度も大幅に引き上げておく必要がある。
アミラに対して彼らは敵意を持っていないようだが、彼らの行動の邪魔になる存在は排除する思想も持ち合わせているのも短い会話では感じ取れた。
結論としては三人とアミラには関わらない。最悪関わってしまった場合はモブに徹し、自身が日本人である事は秘匿する。
これ以上考えても良案が浮かびそうにない。
アフロ達に話を聞きに行くか。
昨日、一悶着が有った場所。
そして朝五時にここに集合だとアフロに告げた場所。
屋根伝いにここまで来るのにはかなり苦労したが、何とか地上に一度も降りずに来れた。
無意味なゲームだとは思うが、交差点の白線を一度も踏まずに歩くという一人遊びが好きな俺は、途中から熱くなり過ぎた感があったが、無事ミッションコンプリート出来た。
誰か褒めて欲しい。
さてさて、アフロ達はちゃんと来てるかなっと。
アフロとアフロの二人しか来てないな。
連れのはずの女二人は周辺に隠れているのかな。
狙撃でもされたら対応出来ない、少し周辺を探るか。
アフロ二人を放置して周囲の狙撃ポイントや身を隠せそうな場所を捜索してみるが、女二人は発見出来なかった。
多くのビル郡から死角が出来る位置を探し、約束していた場所の近くに飛び降りる。
着地する音は自重が軽い事もありほとんど出ていない。
ラインから譲り受けたナイフを抜き放って置こうかと考えたが、必要以上の警戒を再び生じさせそうなので懐に仕舞いこんだままにして置く。
「おはようございます。怪我の方は大丈夫ですか?」
「あぁ……カタリナとアンナ、二人居た女はまだ出歩けないんでな。俺達だけだが許してくれ」
「そうですか。問題ないですよ」
本当かどうかはわからないが、話を進めるか。
「じゃ、早速質問しても良いですか?」
「わかった」
「では、まずは名前を」
「俺はピエトロ、こいつはマルコだ。昨日一緒にいた連れの二人はアンナとカタリナだ」
「わかりました。ピエトロさんは迷宮に潜る事を生業にしているという事で良いですね?」
「ああ」
マルコの方は一言も話さないが、動揺している様子は見られない。
先程から口を開いているピエトロの方も嘘を吐いている感じはない。
「昨日の迷宮での成果を詳しく話してください」
「昨日は朝一番に四人で潜った。予定では昼までに七階層まで降りて、ある程度核を集めたら戻るつもりだったが、武装の一部が第四階層での戦闘で故障した事もあって引き返してきた。稼ぎとしては八万ゴス程度だ」
「経費と宿泊代を引くと赤字ですね?」
「あぁ、俺達は知っての通り魔力を持たないからな」
ほう。魔力を持たないという事をあっさりと言うとは意外だ。
それだけ武装に関して自信があるのか、嘘を吐くのは危険だと判断しているのか。
そして、こちらが迷宮童貞だと知らせずに知りたかった事を答えてくれた。
四人の実力であれば七階層まで行けるという情報。
ソロであった場合は変化するだろうが、これは目安になる。
稼ぎに関しても同様、大体の相場は把握出来た。
「では、宿泊先を教えてください」
「ジェノッサホテルだ」
「わかりました。嘘は吐いていないようですね」
「無論だ……おま、あんたはフォルゴーレなのか?」
「質問しても良いと言った覚えはないですよ?」
「す、すまん!」
ホテル名を聞いても初耳だし、本当かどうかもわからないが知ってたぜっと思ってくれればラッキーだと思い適当に返答したが、運が良かった。
フォルゴーレについても聞いた事がないが、ここらを牛耳るマフィアか何かな。
これも適当にごまかす。
何かすごい小物悪党が板に付いてきた気がする。
何でも知ってて怖いもの知らずな感じは、子供の体でも出せるのか。
それともこのピエトロさんが世間知らずなのだろうか。
おそらくは後者、ピエトロさんが世間知らずなだけだろう。
聞きたい事がまだあった気もするけど、原作トリオのおかげで色々と忘れた。
ここは何事も起きていない内に退散しとくべきだな。
「最後に一つ。第九階層の件について何か知っている事は?」
「九? 何の事だ? 俺達はまだ第八階層までしか行った事がないが……」
「そうですか。では忘れて下さい。今後、お会いしても見知らぬ者同士として接して貰えると助かります」
「わ、わかった。誰にも言わない。すぐに忘れる……」
「では、これで失礼します。あ、そうそう、しばらくは滞在先のホテルを変えない方が良いですよ。さようなら」
「……」
小物悪党プレイが楽しくて調子に乗り過ぎたか。
ピエトロもマルコも二人揃って能面のような顔になっていたが、心中はどうなのやら。
振り返ってもう一度、彼らの表情を確認したい気持ちを抑え、悪党らしく見えるようにガニ股で去っていく。
「カキ、フォルゴーレって何?」
「……」
「無視するつもり?」
こいつ、どこから見てやがった。
会話も聞いていたようだが、近くにはいなかったはず。
当たり前のように俺の横を歩く厚着の少女、またいじゃいけない存在のアミラ。
さくっと迷宮に潜って食費と宿泊費を稼いで昼までには安眠したい。
今、こいつに関わっていると眠れない夜、再びだ。
『ピシッ』
「おはよう。アミラ」
「おはよー。それでフォルゴーレって何?」
「パーティーの名前だよ」
「カキのパーティー?」
「違う。ピエトロさん達がそう思い込んでいただけだよ」
「なるほど。じゃあ第九階層の件っていうのは何?」
癇に障る度にピシピシしやがって。
その都度、犬になってしまう自分が情けない。
しかし、俺なんかの発言に何故、興味を抱くのやら意味がわからん。
「それは言えない」
「ふーん。まぁ良いや。カキは何階層まで到達したの?」
「迷宮には入った事ないよ」
「え? 嘘でしょ?」
「マジマジ。俺、ここに来たの昨日だぞ?」
「嘘は嫌いなんだけど」
『ガッ』
おいおい、不意打ちで俺のピコサンの裏を固めるのは辞めてくれ。
視線を向けて抗議をしようと、アミラの方を見る。
見なければ良かった。
背丈はほとんど同じなので、横を向いた俺の視線にアミラの近接した顔が映し出される。
昨日見て震えた慈悲の一切ない瞳よりも大型ヴァージョンアップした、殺気を剥き出しにした眼光をゼロ距離から放ってらっしゃる。
地雷を踏んだらしいが、存在自体が地雷じゃねーかと心の中で呟く僕は弱虫だ。
こいつとは単純な魔法での戦闘では勝ち目がない。
ナイフを使った所で現状、無属性を扱えない俺では防御手段は増えるが、片手が塞がる不利の方が大きい。
戦うつもりもないが、いつ戦闘になっても良いように会話をしつつも警戒はしていたはずなのに、あっさりとチェックメイト状態。
「う、嘘じゃないぞ?」
「迷宮に入った事がないのに、第九階層って口にしてたのはどうして?」
「はぁ……。あれはピエトロさん達に報復されないように即興で口にしただけ。迷宮に入った事がないと思われるのも色々と不味いと思ったしね」
「……」
「……まだ信じてないな。俺を裸にしてみろ! 無一文だぞ! それが証拠だ!」
「わかった。脱いで」
こいつ、マジか。
ノータイムで脱げと言ってくるアミラ、恐ろしい子。
いやいや、裸になったからって金銭を持っていない事くらいしか証明出来ない。
迷宮に潜っているのであれば、多少なりとも金は持っているものだろうけど、証拠にはならないでしょうが。
まぁ、俺が言い出した事ではある。
ここで前言撤回すれば、今後どんなに小さな困難にも立ち向かずに、震えて逃げ出す事になりそうな気がする。
光速を超える速さで思考している俺は、音速を超える速さで全裸になる。
ちょっと寒いなぁ。
「どうだ。1ゴスも持ってないだろ」
「そうだね。裸になったからって何も証明出来てないけど、許してあげる」
「……ありがとう。ハハッ」
こいつわかってて脱げと言ったのか。
あえてゆっくりとした動きでパンツを履いていると、疑問が頭を過ぎる。
「なぁ、ピエトロさんとの会話だけど、どうやって聞いてたの?」
「盗聴」
「……」
なるほど。ジャージの上着、背中部分に小さな機器が取り付けてある。
その頭に付けたイヤーマフみたいなのがヘッドホンなのか。
いつの間に取り付けられたのやら。
「これから迷宮に行くの?」
「うん」
「一人で?」
「うん。知り合いもいないしな」
「一緒に行ってあげようか?」
「遠慮しとく」
尊厳は地に落ちていても、俺の心は折れていない。
これ以上アミラと関わるのは危険だ。
早朝でもあるし、あの原作トリオに見られているとは考えにくいが、得体の知れない相手だ。
アミラの周囲にいれば常に見られていると思って行動するべきだろう。
「私も一人だし遠慮する事ない」
あかん。こいつ来る気や。
そりゃ、俺も危険な場所としての認識がある迷宮に一人で足を踏み入れるより、同行者が存在する方を望む。
しかし、同行者に対しての一定の信頼を持てる事と危険な事に巻き込まれない事が大前提だ。
アミラはこれまでの奇怪な言動からして信頼出来ない事と原作トリオ関連の奴等に目を付けられる可能性、双方を保有しているダブルパンチな存在。
ここは関係を断ち切る最後の機会。
はっきりと告げなければならない、『俺に関わると火傷するぜ、俺が』と。
「アミラの事はまだ会ったばかりでよく知らないだろ。まぁ、それはお互い様なんだけど、そんな二人で迷宮に潜るのはトラブルの元になる」
「……」
「……そゆう事だから、またな」
歩き始めた俺をアミラは追って来ない。
言い過ぎたとは思わないが、おそらくは十歳くらいだろうアミラの精神年齢を考えれば、傷付けたのかもしれない。
そういや、名前以外何も知らないな。
「カキもやっぱり私の事が怖いんだね……」
「プッ……ブッフッフ……クフフフフッ」
「な、何笑ってるのよ!」
「アミラって馬鹿なんだなと思って、つい。ごめんなさい」
「死にたいの?」
「死にたくはない! ごめんなさい!」
背を向けたままアミラの言った言葉を聞いて、思わず笑いが込み上げ笑ってしまう。
悩んだり葛藤したりをアミラが普通にしている事に、驚くと同時におかしくて仕方がない。
俺が笑う事で気分を害しに違いないが、アミラは殺意を言葉にして示しているが、表情からは殺意や怒りが見えない。
一応全力で謝罪はして置く。
俺の常時展開型スキル【謝罪】は思考とは別に自動的に口から出るので仕方がない。
付け焼刃の【謝罪】ではない。
幼き頃よりカルミアのおかげで鍛え上げられ、カンストレベルに到達している【謝罪】はアミラにも効果があったのだろうか。
別れ際にはアミラも昨日同様笑顔になっていたが、恐ろしいと思える笑顔ではなかった。
また尾行されそうな気もするが、早朝の静まり返ったストリートを去り、迷宮へと足を向ける。




