第十話 噛ませ犬
『パァン』
下町や商店街にあるベーカリーなどでクロワッサンやサンドイッチを買い求め、中身を取り出した後の袋をパァンしたくなるのは俺だけだろうか。
そうそう、この音。どこか懐かしく感じる、小口径の銃特有の発砲音がストリートに鳴り響く。
紙袋とは違うのは耳が裏返ったかと思うような強烈で凝縮された衝撃音だろうか。
俺に鼻を潰され、片膝を付いているアンナの横にいた妹だったかの女は硬直して動けないかと思っていたが、拳銃を手早く引き抜くと躊躇する事無く俺の顔に向けて発砲した。
手早いと言っても野生動物の流れるような動作では無かった事が幸いして、引き金を引く前に屈み込む事で銃弾を回避する。
屈み込みつつ、見上げる形で発砲してくださった女を見る。
女というよりは少女の印象が強いが、その表情は人を殺す者の顔に見えた。
少女は回避された事に驚いたのか、一瞬だけ銃口を再び俺に向け直す動作に遅延が発生している。
これ、どっかで見た銃だな。
屈み込んだ態勢のまま腰の辺りから体を捻り、反動を作り出して一気に少女の右足へ飛び込む。
踏み込みんだ左足を軸にして回転するように右足を振り抜き、少女の軸足である右足を刈り取る。
『パァン』
態勢を崩しつつも少女が発砲するが、銃口は真上に向いている。
少女の後頭部が地面へと突き刺さるように接触し、鈍い音が鳴る。
「これ以上やりたくないんですが……。どうでしょ、お兄さん」
「クッ……」
右手にナイフ、いや刺す事に特化したダガーナイフを腰だめの状態にしたまま、こちらの隙を窺っているいるアフロそのニの男に提案する。
このまま負傷した三人への追撃をすれば、止め以外の攻撃は考えられない。
殺さなくても済むのなら、これで終わりにしたい。
無傷のままである最後の一人への提案は、相手への選択肢を大幅に増やすものとなるはずだ。
「わ、わかった。おい、大丈夫か?」
「クソッ……こいつ魔力持ちじゃねーか……」
「ブゴッ」
あららー、アンナって女の人は膝を付いて俯いたままだけど、鼻折れちゃってるな。
アフロリーダーは右手の指が全部折れている割には、さすがはリーダーなのかもう立ち上がっている。
少女は気絶しちゃってるな。
「マルコ、カタリナを頼む。アンナ、歩けるか?」
「あぁ」
「ブゴブゴッ」
アフロそのニはマルコって名前らしい。
マルコが警戒しつつも、敵意はもうないと示そうとしているのかダガーを地面に置いて慎重にこちらへと歩いてくる。
俺も四人からは距離を取るように、遮蔽物となりそうな無骨な作りの立て看板の方へと移動する。
アンナって女は顔を両手で抑えつつ、フゴフゴ言っているが歩けるようだ。
ヨロヨロと立ち上がりアフロリーダーの方へと歩いて行く。
少女は唯一無傷のままのマルコに抱き上げられ、アフロリーダーの元へとゆっくりと歩く。
アフロリーダーだけが警戒した視線を俺に向けていたが、アンナと少女を抱き上げているマルコは背中を見せて立ち去ろうと歩き続ける。
「どこ行くんです?」
「アンナ、マルコ止まれ……」
ごめんなさいも無しで無言で退場とか、少しむかつくぞ。
俺もやり過ぎた感があるし、誤解を与えて過剰に警戒させてしまった事は詫びなければと思っているが、殺意を向けてきたのは四人組が先だ。
まず、「ごめんなさい」をするのが大人のマナーだと思う。
「金か? 核ならもう換金して手元にないぞ」
「へ?」
おいおい、そりゃないぜブラザー。
強盗はどちらかと言えばそっちだぜー。
「誤解があったようですが、俺はあなた達に対して害意は持っていませんでしたよ。尾行するような真似をしていた事は、ごめんなさい」
「いや、金はいらないのか?」
「欲しいですけど、この状況で貰っちゃうと暴力によって奪う形になりますしねぇ……教えて欲しい事がいくつかあるんですが、答えて貰えます?」
謝るという意識はもう無さそうなので、こちらから謝罪を先に口にしつつも要求を伝える。
「答えられなかったら……?」
「知らない事ならそれで良いですよ。嘘は困りますけど」
「わかった。俺だけで良いか?」
アフロリーダーさん、カッコイイ事言うなぁ。
もんどり打つ程の激痛が右手に走っているだろうに、口調はしっかりとしている。
「その手、治療した方が良いでしょうし、明日にでも」
「は? 良いのか?」
「はい。逃げても無駄ですからねー。こちらも一人じゃないですし」
決まった。
一人じゃないよ。仲間いるんだぜというのは小物感が滲み出るかもしれないが、子供の姿の俺が言えば真実に聞こえるだろう。
俺天才策士。
「意味はわからんが、逃げるつもりはない」
伝わっていない。
「じゃ、明日の朝五時にここで」
「わかった」
「何人で来ても良いですが、出来れば全員でお願いしますね」
「あ、あぁ。もう行っても良いか? そろそろ掃除屋が来る」
「どうぞ」
掃除屋?警察か何かかな。
まだまだこの町やこの世界について、知らない事が多いな。
とりあえず、俺もこの場にこれ以上いるのは不味そうだ。
アフロパーティーが姿を消すのを待ってから、俺もなるべく人通りの少ない幅の狭い通りへと進み、今は当ても無く歩いている。
今日はこのまま野宿する以外に選択肢はないが、シティーの中心部は富裕層エリアと知識では知っていたが、現実はそうでもない。
以前の世界、とりわけ日本での治安の良さとこちらの世界での治安の良さは、言葉は同じでもその中身や本質は違うようだ。
富裕層が住むエリアの周囲は頑強な柵で囲われ、内部へと侵入するにも各所の出入り口となる道路上に設けられているゲートを通過する必要がある。
尚且つ、ゲートには軍服姿のサブマシンガンを持つ守衛と、装甲車までおまけで停車している。
ゲートの外、迷宮にほど近い中心部は比較的治安が良い部類と思っていたが、スラムよりも厄介な地域と言える。
スラムはスラムで治安は悪いが、一定の秩序は形成される。
迷宮に富を求めて敗れ去った者、その子弟や家族などがスラムに居住する。
そこでは貧困に苦しみ、犯罪に走る者も少なくはないが、同じ不幸を抱える者同士が居住する事で秩序も生まれる。
一方、柵で囲まれた外であるシティー中心部では血気盛んで未だ迷宮に潜り続け、日々の糧を得られている者達が多く住む。
迷宮に近く武装の手入れや更新、入手が容易な環境、宿泊費や居住スペースの費用はスラムに比べれて高額になり、それだけ金銭の動きが活発になる。
金が活発に動く事。血気盛んで自分の腕や武力に一定の自信を持つ者達が組み合わさる事で軽犯罪の数はスラムよりも少ないと言えるが、迷宮周辺では殺人が多く発生する。
金銭目的の殺人はスラムでも発生する。
しかし、迷宮に潜り続ける現役の者達は日々迷宮内で暴力と殺戮を行い糧を得ている訳で、迷宮から地上へと出ると同時にその暴力性をゼロにする事は不可能と言える。
全ての者が切り替える事が出来ない訳ではないが、迷宮の生み出す負の影響を受ける者は少なくない。
迷宮で出待ち。尾行。殺されかける。反撃。
半日掛けてこれだけの大偉業を行いつつ、俺は治安に関しても道を行き交う人々を観察し、会話を盗み聞き、迷宮周辺の治安の実態を考察し理解した。
酒場や老人が集う公民館的な所にでも出向けば、もっと有益な情報を得られるのだが、この体が憎たらしい。
普段使い慣れていない頭を使いすぎた事で、まだ夕暮れ時であるのに睡魔が襲ってくる。
先程、四人組との戦闘に置いて初対面の見知らぬ人間との戦闘だったからか張り切りすぎて、必要以上に魔力を消耗したからだろうか。
教会もルーベンスの絵なんてないのに、何だか疲れてきたよ、アメデオ。
睡魔によって思考が混沌になりゆく中、路地裏に積み上げられた木箱の上で体育座りのまま目を瞑る。
五分だけ、五分だけ寝たら本気出す。
そんな無謀な計画を誰に言うでもなく心の中で呟き眠りに付く。
「それ、誘ってるわけ?」
「……」
こんな路地裏でナンパかい。
へいへい、どこのどいつだ軽自動車でナンパをするようなチャレンジャーは。
眠りに落ちそうになっていた俺は、唐突に聞こえた幼さの残る女の声を聞いて覚醒する。
あれ。誰もいないな。
結構近くから声がした気がするんだけどな。
移動しつつ会話してたのかな。
「やっぱり、寝たフリだね」
真上にいやがった。
それも俺に向けての言葉のようだ。
仁王立ちというよりは壁に対して水平に立っている少女は、建物の壁に靴の裏を張り付けている。
すごい態勢だなー。靴の裏に接着剤でも付けているのか。
もしくは、魔力か。
結合したり、吸盤や接着の効果を得る魔法か。
「何?」
「見てたよ」
「へぇー、何を?」
「あんな魔法初めて見たよ。属性は何?」
こいつ目がヤバイ。
可愛らしい顔をしているが、ノコグマのあの慈悲の一切ない瞳に似ている。
そして、何故にそんなに厚着なんだ。
温そうでテカテカのダウンジャケットに手袋、イヤーマフ。
上半身だけは完全防寒のくせに、下半身はミニスカートにブーツにタイツ。
どう見ても迷宮に潜っていそうにない格好。ズボンを履きなさい。
「属性? 何それ」
「あなたが魔力持ちだって事はもう知ってるわよ。隠したって無駄だから」
「答えなかったら?」
『ピシッ』
俺の返答と同時に、亀裂音が路地裏に鳴り響く。
何をしやがった、この厚着少女。
「こうすればわかる」
厚着少女の言葉と同時に、先程聞こえた亀裂音とは違い連続した亀裂音が鳴る。
俺が座っていた木箱が一瞬にして凍りつく。
何をされるかはわからなかったが、危険を感じた俺は木箱から飛び降り地面に着地する。
しかし、着地した地面が既に凍りついており、ピコピコサンダル(故障中)の裏面と地面とが氷結されている。
こいつ戦い慣れている。
手の内がこれだけだとは限らないが遠隔で大気、もしくは物質に含まれている水分を氷結させる事が出来るとか、まともにやりあったら敵わない。
「待て。答える。答えます」
「何故?」
「何故ってお前……。俺じゃ勝てないし逃げる事も無理っぽい。お前のその魔法、反則だろ」
「あなた、名前は?」
こいつ、マイペース過ぎる。
会話が成り立っている気がしない。
「えっと、カキだ」
「そう。それで、属性は?」
「地属性。その、お前の名前は?」
「地属性……なるほどね。面白い」
「えーっと……名前はー?」
「ん? 待って。考えてるから邪魔しないで」
未だに壁に靴の裏を張り付かせたまま、腕組みをして思考し始める厚着の少女。
俺はこのまま待つのが正解なのか、こんなヤバそうな奴の傍にはいたくない。
しかし、逃げれば氷漬けにされる確率が非常に高い。
「わかった!」
「何が?」
「カキ、あなたの特性は曲げる事ね」
早速呼び捨てですね。
カルミアを思わせる自信満々のドヤ顔をされても、リアクションに困る。
まぁ、見ていたと言っていたのは、あの四人組との戦闘の事だろうし、あれを見られていたのなら推察するのも容易なのかもしれない。
「正解。名前は教えてくれないのか?」
「アミラ」
「良い名前だね。……じゃあ、もう行っても良い?」
この際、ピコサンは捨てても良い。
一刻も早くこの場から去ろう。
『ピシッ』
「どうして?」
「いやー、そろそろ寝る所を探さないと」
「ふーん……」
亀裂音がした気がするが、聞かなかった事にしよう。
話の流れ上、俺に対して敵意は無さそうだしな。
「良いよ。また今度ね」
「あ、あぁ、またな……」
どんな身体能力をしてるんだか、猫のように宙返りして一瞬にして消えやがった。
「また今度ね」とアミラが口にした時、笑っていたがそれはそれで怖い。
今度会った時は殺すからな。
そんな意味が込められていそうな微笑。
ほとんどアミラの事については知らないし、知ろうとも思わないが、あいつに関わるのはヤバイとカキ界の非常ベルが鳴っている。
アミラとのロープはまたいじゃいけない、絶対にだ。
同じ場所では落ち着けないし、眠気も吹っ飛んでいたので三十分程、尾行されていないかと周囲に気を配りつつ歩き続ける。
店舗の前、ストリート上にも机や椅子が出された歩行者天国のような主に酒を飲み交わす人々が賑わう場所に到着する。
ここでならアミラも危害を加えてくる事はないだろうと考え、オブジェとして設置されているのか噴水の縁に体育座りで体を休める。
酒を飲みたいとは思わないが、つまみにしているソーセージやら何かの肉を頬張る厳つい連中の姿を見ていれば、普通は食欲を刺激するだろうが、アミラショックのおかげで空腹はあまり感じない。
厳つい連中の会話や身なりを観察していると、この世界ではあまり見ない黒髪の三人組の若者を視線が捉える。
会話は周囲に掻き消されよく聞き取れないが、その若者達を観察していると違和感というよりも既視感にも似た感覚を覚える。
「あれ? ここにいるはずがない? ん? だけど、見た事があるような。なんだこれ」
答えが出そうで出ない。
だが、何故かあの三人を知っているというよりも、あの三人の存在が異物のように思える、不思議な感覚。
気になって、三人には気付かれないよう会話が聞こえる距離へと近づく。
「アミラが絡んでた子供ってさー、原作に登場してないよねー」
「だなぁ。ペンタゴンではアミラはずっとソロのはずだぜ?」
「まぁ、アミラが覚醒するのはカラスに出会うまでない。あの子供はモブだろう」
「そだねー。邪魔になりそうなら修正すれば良いかとも思ったけど、放置で良さそうだよね」
「そうだな。介入しすぎれば原作が崩壊しかねない」
こいつら何を言ってる。
そもそも、この言語は日本語じゃないか。
違和感や既視感はこいつらの言葉か。
そして内容も何を意味しているのか、さっぱりわからない。
まるでアミラや俺を知っているような口ぶりだが、どこかがおかしい。
原作とは一体何を指しているのか。
こいつらも俺と同じような環境に身を置いている連中なんだろうか。
いくつもの気になる言葉。
もっと知りたいと思う反面、こいつらからはアミラ以上に危険を感じる。
姿を捉えられる前に、俺はその場から静かに姿を消した。




