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第8話 「夏のどっきり大作戦」

旅行編は三話続きます。

 

 木の葉を隠すには森の中、と言う言葉がある。下手に隠すより森の中に置いておけば見えていても気が付かれないとの意味の格言だ。


本当にそうなのか? 四つ葉のクローバーを探す時、結構あっさりと三つ葉の中から四つ葉を見つけてしまうものだ。それは幸運のクローバーを探そうと、注意深く観察しているからだろって? 


ならクローバーが人間の顔だったとする。みんな三つ葉の顔で歩いている中、四つ葉の奴が通りがかったら「あ、あいつ四つ葉だぜ」となるんじゃないのか? 別に四つ葉を探そうとしていなくてもな。


結論、目立つものはやはり人の目につかない所に置いておく方が良い。




「にゅっふっふ……」


 俺は、部屋で床に座って預金通帳を開いて見ていた。もちろん、自分の通帳だ。可愛いイラストが印刷されている訳でも、偉人の名言が書かれている訳でもない。何の変哲もない通帳。俺はその中の『預金残高』を見ているのだ。


「いっひっひっひ……」


「何をしているの? 和海クン」


 視線を真上に向けると、俺の背後に立って覗き込んでくる千夏の顔が見えた。千夏の髪の毛先が俺の額に触れた瞬間……


「取ったぁ!」


「あっ! 待てっ!」


 千夏は俺の手から通帳を取り上げると、背中を向けて中を見ている。


「いつの間に来たんだよ!?」


「今だよ。……わっ! すごいお金!」


「返せよぉ! 俺の労働の結晶なんだから!」


 俺が取り返そうとすると、千夏は通帳をポケットに入れてしまった。


「はい、キャッシュカードも出して」


 そして、俺に向かって手のひらを見せる。


「駄目だって、すぐお金を下ろさなきゃいけないんだから!」


「何に使う気なの? 悪い事に使いそうだから、私が預かります!」


「違うって、これ、これっ!」


 俺は、あらかじめプリントアウトして机の上に置いていた紙を千夏に見せて言う。


「海行こうぜ! 海!」


 それは小さなビーチと、まあまあ綺麗なログハウスがの写真が載った観光ページだ。


「あー。毎年恒例の? 和海クン、また今年のプールの授業も一回も受けられなかったもんね……」


 俺は激しく首を縦に振る。


 俺の家は、精神論を振りかざす親父が家に一台もクーラーを取り付けない。おかげで俺は子供の頃から涼しいプールが大好きなんだ。しかし、今の俺の体は女。普段はさらしを巻いて女の体をごまかしている俺だが、水着一枚だとどうしようも無いので学校の水泳の授業は全て欠席せざるを得なかった。


「……船で行くの? んと……島?」


「まあな。一応その島は観光客を呼び込もうとするスタイルなんだけど、わざわざ東京から船を使って中途半端な距離にある島に泳ぎに行こうと考える奴は少ないだろ? ビーチは東京近辺にも沢山あるし。足を伸ばすなら沖縄とか皆行くし。つまりそこは、まさに穴場って訳だ!」


「人の多いビーチじゃ……見つかっちゃうもんね。和海クン有名人だから……」


「ドラマの放送が終わったらみんな俺の顔を忘れるかもしれないけど、それまでは……なぁ。街でもしょっちゅう指差されるし」


 街では『俳優の神野和海』と気が付かれようと構わない。しかし、海で見つかれば体から女だとばれてしまう。俺が男じゃないって知れれば仕事が出来なくなって事務所の社長に迷惑をかけるし、同じクラスの猪俣洵花は自害してしまう。


「金なら任せろ! 年内にはCMの金も入るし」


 俺が胸を叩いて見せると、千夏は嬉しそうな顔をするが僅かに表情が曇っている。


「でも……あんまり無駄使いしちゃダメだよ。大人になったら沢山お金が必要になるんだからね」


「今お前のために使わなきゃ、いつ使うんだよっ!」


「えっ?」


「……ん?」


 聞き返してきた千夏に俺は首を傾げる。……あれ、俺は何を口走ったんだ? 千夏とはこれからずっと一緒にいるはずなのに、まるで俺は後では駄目のような言い方をしてしまった。


「まあともかく、一泊二日な! 来週の俺の休みに合わせて!」


「うん!」


 俺は、ドラマ『極悪先生』のクランクアップを終えた後にもらえる二連休を、千夏との旅行に使おうと決めていた。


 季節は暑い盛りの夏休み。全力でセミが鳴いている八月になっていた。




 八月初旬の旅行の日、俺と千夏は早朝に横浜の港に到着した。車で送ってくれた親父は名残惜しそうに帰って行く。奴は小遣いを一銭も母さんに持たされていないため、今回は俺を追ってくる事は出来ないだろう。いや……奴なら海を泳いで渡るかも? まあいいや。考えないでおこう。でも、願わくばサメに食われてくれ。


 高校生カップルが一泊で旅行な訳だが、俺の親父も千夏の両親も止める事は無い。なんせ、俺は女、千夏も女。女の子同士の旅行と変わらない訳だ。元男な俺はそこに少し手ごたえが欲しいと思ってしまう所だが、手ごたえと言えば数ヶ月前に親父が真剣を振り回して千夏を守ろうとした日を思い出す。あれは手ごたえと言う言葉の範疇を遥かに超え、生死を賭ける試練のようだった。


うん、とりあえず千夏と『二人っきり』で旅行に行ける事を喜ぼう。



「って! なんでお前達がいるんだよっ!」


 奴らは俺を無視して、高速艇を見ながら「はやそー」と言って盛り上がっている。見送りに来た訳じゃなさそうで、手には鞄をそれぞれ持っている。


「千夏! なんでこいつらがいるんだっ!」


「えーっと……」


 申し訳なさそうな顔をしている千夏の後ろに、久美と正也、松尾の三人が集まった。


「和海っ! これっ! これっ!」


 正也が背中に隠していた立札のような看板を取り出すと、久美と松尾もそれに合わせて「大成功っ!」と言った。正也が持っている立札には『どっきり』と赤い文字で書かれている。


「どっきり……ってなんだよ……」


 俺が肩を震わせていると、千夏が両手を俺に合わせて見せてくる。


「ごめん和海クン。二人の旅行の事を久美ちゃんに話したら……」


 どうせ千夏は悪くない。馬鹿な事をするのは正也だが、悪だくみをするのは今その横で腹を抱えて笑っている女だ。


「おいっ! またやりやがったな久美!」 


 俺がビシッと指差すと、久美は笑うのをやめて咳払いをした。そして、俺を鋭い目で睨む。


「旅行に友達を誘わない方がおかしいって!」


「そうだ、そうだっ!」


 俺は猛烈な『逆切れ』をカウンターで食らった。久美の後ろで正也と松尾も応援している。な…なんなんだこいつ等……。


「大体、旅行代は自分達で出しているし、予約の変更も大変だったのよねっ!」


「そうだ、そうだっ!」


「ちょっ……ちょっと待てよ……お前ら言っている事がメチャクチャ…」


「さぁ、乗るわよ諸君!」


 そう言うと、久美は千夏の肩を抱いて船に向かう。正也と松尾もハイテンションで駆けて行った。


「こんな脚本書いてちゃ……監督に怒られるぞ……」


 俺がため息をつきながら船に向かって歩いていると、その横に久美がクスクスと笑いながら忍び寄ってきた。俺はそんな久美に恨めしそうな目を向けて言う。


「お前……初お泊りに乱入するか、普通?」


「良いじゃない。だって、どうせその体じゃ何も出来なかったんだし」


「うっ……確かにそうなんだけど……」


 しかし、夕暮れの浜辺でチューくらいは出来たかもしれない。これで大事なチャンスを潰されたのは二回目だ。まったく久美ときたら……


「んっ…………?!」


「……何、人の顔をじっと見ているの?」


 そのいたずらっぽい表情はどこかで見た事がある。学校で見たとかそんなのじゃないんだ。


……テレビ。その表情でテレビに映っている久美を、つい最近見た気がする。


「お前、テレビに出たことあったっけ?」


「はぁ? バカにしてんのぉ? 私は和海君と違って、ただの読者モデルだよ! テレビになんて映れるはずが無いって!」


 俺の肩をバンバンと強く叩くと、久美は走って行ってしまった。


 いや、確か久美は女優になって、俺が行き遅れと馬鹿にした翌月、アイドルと出来ちゃった結婚をするはず……。


「何言ってんだ俺。夢の話を現実とごっちゃにして……」


 俺はうつむきながら小さく笑うと、気分を切り替えようと船に向かってダッシュした。 



 

 海上を滑るように進む高速艇で一時間。俺達は……えーっと、そこそこの大きさの(しま)に着いた。大きな島なのか小さな島なのか分からない。だって、島なんて来たの初めてだし。まあ、日本も(しま)だし、北海道も淡路島も(しま)だけど、そういう意味じゃなくて、こんな小さな島に来たのは初めてだって意味。……あれ? じゃあ小さな島なのかもしれない。


 コンビニがある無人島ってのが俺の理想だったが、コンビニがある時点で無人島とは呼ばないって正論を切り離して考えても、そんな環境の島は無い。って事で、ここは人が住む島だが、人口百人ほどで若者は殆どいないってのを知恵袋で読んでいる。


コンビニの代わりに雑貨屋があるらしいが、その名前からして売り子は老人だろうから俺の事を知る人もいないだろう。ただ、島の一部が別荘地として開放してあるので油断は出来ない。


 俺達が泊まるのは、島でも二棟しかない貸しログハウスだ。大勢でバーベキューが出来る程の広さの庭が売りらしい。その他にも宿泊施設は民宿があるらしいが、全て予約制だったはず。まあ、こんな島に予約なしで来る破天荒な奴はいないだろうけど。



 桟橋を降り、俺達は荷物を置きにまずはログハウスへ向かった。幸い隣は予約が入っていないようで無人だ。これで晩は遠慮なしに騒ぐことが出来そうだ。


「早速泳ぎに行こうぜっ!」


 天気は快晴。海に近いからか結構蒸し暑い。


俺は水泳の授業を見学している時から溜まっていたストレスを吐き出すべく、水着を入れている袋を掴んで外に飛び出そうとした。しかし、そんな俺に久美から声がかけられる。


「和海君! どこ行くのよっ!」


「海だよ海! お前らも着替えたら来いよっ!」


 久美と千夏は二人で顔を見合わせている。


「どうして着替えないのよ?」


 俺は早く行きたくてたまらないので、その場で駆け足をしながら久美に答える。


「あっちで着替えるって! 船から見えたろ? 浜辺には誰もいなかったから、その辺の岩陰とかで着替えるんだよっ!」


「覗かれるよ!」


「だからっ、誰もいなかっただろって!」


「和海君、獅子身中の虫って言葉知ってる?」


「はぁ?」


 それは一言で表現すると『スパイ』だ。組織の内部に怪しい奴がいて、それが敵だったりする時に使われる。


「敵……なんて……?」


 俺が周りの奴の顔を見ると、目を逸らす奴が二人いた。そいつらの手には恐らく水着が入っている袋が握られており、俺に続いて外に出て行こうとしていた気配がする。


「ちっ……。助平一号、二号が……」


 俺がログハウス内で着替えてから浜辺に行くことを宣言すると、正也と松尾はムンクの叫び顔になった。 



「んじゃ、行きますかっ!」


 俺はビキニの水着に着替えて部屋を出ると、玄関の前で仁王立ちをして皆を待つ。


「男らしいわね。スタイルが良いとそんなに堂々と出来るようになるのかねぇ?」


 足を広げて立っている俺の周りを回りながら、久美は俺の胸と尻をじろじろと見ている。


「いや、俺は男だからだと思うけど……」


 俺は去年買った黒地にピンクのラインが入った水着だ。一年ぶりに着るとなんか若干胸がきつくなった気がするけど、多分こんなもんだったのだろう。


そんな俺とは違い、久美の水着はなんだか去年のと同じでは無い気がする。まったく、お嬢様な奴だ。久美だけじゃなく、正也も松尾も問題なく旅行代金を親に出してもらえたと言うハイソな奴ら。そんな学校が俺の通っている高校だ。



「和海君、育ってない?」


 久美はそう言うと、俺の胸を人差し指で押した。 


「気のせいだって! お前、去年俺の水着姿を見たの一回きりだろ」


「そうかな……? サイズいくつだっけ?」


「65のEだったと思うけど。一年前無理やり測られた時は」


「E……じゃないよ絶対。アンダー65でそれだと……うちのクラスにはいないから大体の予想だけど……FかGじゃ……」


「まあ良いじゃないか! ちょっとはみ出てるくらい!」


 なんか上乳の辺りが水着のカップからのぞきすぎている気がしていた。しかし、このくらいで買い替える訳にはいかない。芸能界の仕事をして小金持ちになった俺だが、日本男児たる節制の心は忘れないぜ。


「でもさ、奴らからお金を取りたい気分」


 久美がリビングの方を指差して言った。そこでは、正也と松尾が後ろ向きに床に座って何かを言い合っている。


「正也、もっと鼻にティッシュ詰めとかないと……。これ以上出血するとお前…」


「いくらでも湧き出てくるんだよ……」


「気をしっかり持て! 正也!」


 松尾は、正也の体を揺すりながら往復びんたを食らわせている。


「何してんのあいつら?」


「一号、二号だからね」


 俺が聞くと、久美は肩をすくめて首を振った。



「ごめんー。お待たせ」


 ようやく千夏も来た。この間、学校帰りに俺を連れて買いに行った水着だ。千夏はその時散々迷い、あの閉店までの三時間はつまらない雑誌のインタビューに答える仕事よりも過酷だった。しかし、選んだ水着は最高。白に三色のストライプが入ったビキニだ。色が白い女の子に白色は似合いすぎる。輝いて見えるぜ。


「和海君。千夏に見とれるのは良いんだけど、私には何か無いの?」


 千夏に視線を釘づけていた俺に久美が言った。俺は、そんな奴の顔からつま先を一往復させる。


「似合ってる。……よしっ! みんな泳ぎに行こうぜっ!」


「ちょっと待てこらぁ! なに、ノルマ終了みたいな顔してるのよっ!」


 俺が玄関から飛び出ると、久美はパラソルを振り回して追ってきた。



 ログハウスから浜辺までは百メートル程。着いた俺達はまずパラソルを砂浜に刺した。すぐさま海に向かおうとする俺に千夏が声をかけてくる。


「ダメ! 日焼け止めを塗らないと、和海クン!」


「うっ……そうだった……」


 それは念入りにマネージャーの穂乃花さんから注意されていた事だ。短期間に肌の色を極端に変えるのは芸能人にとって都合が悪い。ドラマの撮影中は俺も気を付けていたのだが、終わった今、すっかり忘れていた。おまけに俺はかわいい系で売っている俳優だ。肌が真っ黒でやんちゃなイメージは厳禁。俺はしぶしぶパラソルの下に敷いたシートの上に座った。


「まあまあ。海は逃げないんだからね」

 

 千夏は日焼け止めクリームを手に取ると、俺の背中に塗った。その間、俺は顔に念入りに日焼け止めを塗りこむ。


 俺の背中を塗り終えた千夏は、次に久美の背中を塗ってあげている。その隣で、俺は手足に白いクリームを塗って伸ばす。


「ん?」


 俺は久美の水着に気が付く事があった。紺色で花柄が入った水着だが、そのビキニの胸元を俺は覗き込む。


「ちょっと! 何よ和海君!」


 久美は手のひらで自分の胸の谷間を隠した。俺は納得して、手をぽんと一つ叩いた。

「なーんだ。久美、入れ過ぎでちょっとはみ出てきているぞ。パットが…」


[バコッ!!」 


 久美のコークスクリューパンチで飛ばされた俺は、待望の入水を果たした。 


 

 俺は海に入ると、泳いだり、潜ったり、浮いたり、溺れてみたりと、全力で海を満喫していた。


すると、日焼け止めを塗り終えた千夏が浮き輪に乗ってやってきた。お尻を輪の中に入れてぷかぷかと浮かびながら進んでくる。俺はそんな千夏にニコニコとした顔で近づくと、ひょいっとばかりに浮き輪をひっくり返して転覆させる。すると、海から顔を出した千夏は俺に噛みついてきた。……ああ、楽しすぎるぜ海。



 千夏とじゃれ合いながら浜辺に上がると、正也達からビーチバレーをしないかと誘われる。おいおい、俺は今から砂山を作らないといけない忙しい身だと言うのに、仕方が無い奴らだ。


「お、本物のバレーボールじゃねーか。持ってきたのか」


 松尾が持っている白いボールは、体育の授業に使われているような革製の物だった。奴は指の上でボールを回しながら俺に言う。


「風があるとビーチボールは流されて余計つまらなくなるしな」


 俺達は輪になってバレーをして遊ぶことになった。



「そら、行ったぞ和海!」


「おう、任せろっ!」


 俺は軽いトスでボールを返す。


「また行ったぞ和海!」


「おう!」


 俺は柔らかくボールを包み込むようなトスでボールを返す。


「和海、行ったぞ!」


「またかよ、ほらよっ!」


 ……どうもおかしい。俺がボールに触れる機会が多い気がする。千夏や久美は周りにまんべんなくパスをしているが、正也と松尾の所へ行ったボールは必ず俺に返ってくる。


「和海ぃ、ちょっと高いぞ! ジャンプトスだ!」


「分かった! ほら……よっと」


 俺が正也に返すと、奴は一点を見つめたまま動かず、ボールは足元に落ちた。それに気が付いた正也は慌ててボールを拾った。


(……一号、二号め)


 正也の顔が、俺の胸の揺れに合わせて上下していたことで俺は気が付いた。どうりで俺にばっかりボールが飛んで来ると思った。しかも、ボールの位置はアンダーレシーブの位置じゃなくて、トス用の高い位置ばかりだった。そうか、そんなにお前らは俺が激しく動くところを見たいのか…… 


「行ったぞ和海!」


「ほーらよ、正也!」


 奴は、にやけた顔で俺の胸を見つめながらもボールを返してくる。……なかなか器用な奴だ。


「正也! 上だ。俺にジャンプトス用の高いのを上げてくれ!」


 そう言いながらもう一度正也にボールを返した。


「これでどうだ和海! 思う存分ジャンプしてくれっ!」


 俺は正也から飛んできたボールの落下地点へ入り、思いっきり砂浜を蹴って飛び上がった。


「くらえっ! ジャンプ……アターック!」


 俺が右手をぶつけたボールは、至近距離に立っていた正也の顔面にめり込んだ。


「てめえもだっ! 松尾!」


 撃沈した正也の顔から跳ね上がってきたボールが、再び俺のところへ来た。俺はもう一度高く飛び上がる。


「死ねっ! 助平二号!」


 俺が再びアタックしたボールは、唸りを上げて松尾に向かった。しかし、奴はそれをいとも簡単にトスで自分の頭の上高くあげた。


「ばれたら仕方が無いっ! しかし、俺がバレー部だって事を忘れていたようだな、和海!」


 松尾は不敵な笑いをすると、真上にあるボールに向かって飛ぶ。身長188センチ、体重75キロ、バレー歴四年の学年一でかい男が空中で体を弓のように反らせた。


「今ならオリンピック代表よりも正確なアタックが出来る気がするっ! 和海っ! 水着が剥ぎ取られても恨むなよっ! 必殺っ! 水着の紐を都合よく切る神業アタック!」


 空中から急角度で打ち下ろされたボールは、俺の水着の右肩の紐に向かって真っすぐ飛んでくる。そんなボールに、俺は右の拳を合わせる。


「奇跡のダイレクトアタックっ!!」


[バチーン!]


 もうアタックじゃなくてパンチだった。俺はバレーボールを殴りつけた。


「ぐはぁぁぁぁぁ」


 松尾が着地した瞬間、光の速さで飛んだボールは松尾のみぞおちにめり込んだ。


「俺の運動能力を甘くみたようだな。悪は滅びろ」


 倒れた正也と松尾の傍へ俺は行き、見下ろしながらそう言った。


 ……そして、俺と千夏と久美の三人で、正也と松尾の顔以外を砂で埋めてやった。



 その後は、俺達三人で恒例行事である砂山を作る事になった。時折水分を補給したり日焼け止めを塗りなおしたりしながら、俺達は一時間半かけて身長よりも大きな山を作った。


「これを『正也松尾山』と命名しよう。嬉しいか? お前ら」


 せっかく名前を付けてやったと言うのに、正也と松尾は山のふもとに埋まって白目を剥いている。仕方が無い。奴らの墓標には『重い……マジやめて、無理……』と言う最後の言葉を刻んでおいてやろう。


 そして俺は山を見ながら腕組みをして、どのようにトンネルを掘ろうかと思案する。簡単に見えるかもしれないトンネルを掘る作業だが、複数のトンネルを交差させて掘るのはジェンガを攻略する以上に頭を使う。


「よしっ! 決めた! クフ王ピラミッド回廊型で行くぞっ! おい千夏…」


 俺が千夏と久美に掘り方を指導しようかと思ったとたん、山の反対側で声が聞こえた。


「あら……。やはり千夏さんと久美さんでしたか。こんな所でお会いするとは……」


「洵花ちゃんっ!」


[ドッポーン]


「えっ? 今の音は?」


 山の向こうから顔を出した水着姿の洵花は、海の中にいる俺を見つけると驚いた顔をする。


「和海様っ! 和海様もいらしてたんですかっ!」


「……よお洵花。……ゴホッ」


 俺は慌てて飛び込んだために少し海水を飲んでしまいむせた。しかし、平静を装いながら水が(したた)る前髪を笑顔で後ろに流す。そんな俺の肩から下は海中だ。


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