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第17話 「マルチタレント高校生」




 半死半生。意味、今の俺の状態。




 夏休みも終わり、学校が始まって一週間経った。


 分かる奴には分かる、分からない奴には分からない……と思うが、俺のような人種は夏休みの間に宿題を終わらすことが出来ないので、この一週間が追い込みとなる。


早くに授業が始まる教科を先に仕上げ、それでも間に合わなかったら「持ってくるのを忘れた」と誰もが経験ある時間稼ぎをする。それも限度は一回なので、次の授業の時には絶対持って来なければならない。


と言うことで、その最終手段を色んな教科で使って先延ばしした挙句、全て提出できたのはその週の金曜日だ。そのままハードな終末の仕事に入り、まだ俺は夏休み明けてからまともに眠った記憶が無い。




 そして今日、一時間目の授業が始まるまでの間寝ていようと思った俺だったが、なにやら生徒主体のホームルームが始まった。


「……まで……なので、そろそろ……を決めて……」


 俺は頬杖を突きながら、目をつぶってうつらうつらとしていた。


「……では意見を」


「神野和海握手会!」


―ズルッ―


 俺は手から顔が滑り落ち、机に額をぶつけそうになった。不意に自分の名前と握手会との言葉が聞こえ、目をこすって前を見る。


 黒板には、『文化祭、催し物』と書かれてある。


 ああ……もうそんな時期なんだな……。去年はフランクフルト屋さんをやって、俺が焼き番をしている時はすごい行列が出来たものだったなぁ……って……


「ちょっと待てよ! 俺をだしに使うんじゃねーよ!」


 俺は机を叩いて立ち上がる。大体、俺の握手会なら俺だけがずっと店にいなくちゃならないじゃねーかよ!


 絶対人が集まると言ってくるクラスの奴らの訴えを俺は退ける。アイドルの握手会ならよく聞くが、俳優の握手会なんて今まで聞いた事ないぞ。それを、仕事でも無くどうして高校の学園祭でやらないければいけないんだよ。


「それによ、握手だけだったら、回転率が良過ぎてあっという間に終わるぞ!」


 俺が正論を言うと、みんな納得をした。朝から夕方までずっと握手会とかやっていたら、一般人はみんな消えて、後は俺がコアなファンの手をずっと握っているって苦行になってしまう。普通握手会なんて一時間や二時間くらいのもんだ。


「それじゃあカフェにして、コーヒーを飲んでくれた人に握手券を配るってシステムは?」


「それ良い!」


「そんなどこかで聞いたような売り方……」


 呆れている俺をよそに、話がとんとん拍子で進んでいく。


 俺の握手券のデザインが決まった頃に、俺は口を開いた。


「あのさぁ、そういう俺の芸名で儲けるってのは、事務所的にやばいんだけど……」


 俺の芸名と本名は同じだが、その名前で人を集めるのはまずい。去年のフランクフルトを例えにとると、俺が学生としてソーセージを焼き、役者の神野和海だと気がついた人達が列を作るのは構わないだろう。しかし、『神野和海が焼くフランクフルト屋』と看板を出して客を集めるのは問題があると言うことだ。


事務所が売り出したタレントなのに、その事務所のマネージメントが入っていない。それを説明すると、ようやく皆納得してくれ、握手会の話は消えた。



 じゃあ何をしようかって話題になったので、俺は座ってまた頬杖を突いて目をつぶる。


「映像系は?」


「後一ヶ月だぞ。今から脚本書いて撮影とかって無理無理」


「ペット持ち寄って品評会は?」


「そりゃ自分達だけ満足して、客置いてきぼりだぞ」


「ゲーム機持ち寄って、ゲームセンターとかは?」


「子供かよ」


「ホットドッグ早食い大会は?」


「アメリカかよ」


「横断クイズ大会は?」


「アメリカかよ」


「カナダは?」


「アメリカ? かよ?」


 なかなか話が進まないようだった。俺はこの辺りで意識が遠のいて気持ちよくなってきた。


「そう言えばさっきカフェって出たから、そのまんまカフェとかはどう?」


「いいなそれ。でも、高校の学園祭来てまったりするくらいなら、学生がやっているお店を一通り見て皆帰るんじゃないか?」


「ここに人をひきつけるアイディアがいるな。例えば珍しいメニューとか?」


「そんなの今から考えて作るには時間がかかるだろ。なら、ウェイトレスにミニスカ穿かせるとかは?」


 うとうとしている俺の耳に、女子のブーイングが聞こえてきた。


「じゃあさ、女子もやりたそうな格好ってので……メイドは? メイドカフェとかは?」


 なんか次は、女子の声で「おおっ」って聞こえてきた。


「じゃあもうそれでいいんじゃね? 明日のホームルームに続きするのもだるいから、何するのかだけは決めとこうぜ」


 そこで俺の意識は途切れたが、前の席の女子が俺に声をかけてきたので起こされた。俺は受け取り、後ろの奴に白い紙を回す。黒板を見ると、『メイド募集、自薦他薦は問わず』と書かれている。


 なるほど、投票すれば良いのかと思い、軽く女子の顔を見渡した後、俺はとりあえず久美の名前を書いておいてやった。千夏をメイドにするなんてとんでもないしな。


 一番後ろの席の奴が紙を回収し、教卓にいるクラス委員長に渡した。


「それでは読み上げます。……高橋久美さん」


 お、久美の名前が呼ばれた。俺が書いた奴かもしれないな。俺はくすりと笑うと、また頬杖を突いて眠りに入る。


「次は…………神野和海君」


―ズルッ―


[ガンッ]


 俺は思いっきり机に額を打ちつけた。


「えっと、神野和海君、神野和海君、神野和海君、神野和海君、神野和海君……」


「ちょ、ちょっと待ったぁ!」


 俺は両手で机を叩いて立ち上がり、そして強く言う。


「俺は男だぞっ! 誰だ俺に投票した奴はっ!」


 教室を見回すと、男子全員が俺から顔を反らした。


「男だから無効票にしておいてくれよ! そんなメイドとかやってらんねーぞ! 女がやるもんだろ、まったく」


 そう言って座ろうとしたが、黒板の前にいる委員長のメガネが俺に向かってきらりと光った。


「女がやるものって言葉……気に入りませんね……」


「……えっ?」


 顔を上げると、クラスの委員長である黒澤茜の鋭い目が俺に向けられていた。


 黒澤茜はいかにも典型的な委員長タイプで、俺や正也を始めとする旧一年四組の面々は全員苦手だ。一年生時「いい加減な四組と、真面目な一組」と、よく比べられていたものだ。黒澤は内面だけでは無く、髪を後ろに束ねて黒縁めがねをかけていると言う、見た目も中身も本物で、クラス満場一致で委員長となった。


「お茶くみは女がやれと言っているのですか?」


「ちょっ……ちょっと待って! そうじゃなくて、メイドがって事で……」


 俺は誰かに助けてもらおうと、旧四組メンバーに視線を向ける。しかし、正也も松尾も、久美も千夏でさえ顔をそらした。


「今の時代、男尊女卑なんて時代錯誤じゃないですか?」


「だ…男尊女卑にまで話がいっているのですか……」


「恐らくあなたは女性と言うものを…」


「分かりました。神野和海、メイドをさせていただきます……」


 俺が全面降伏の姿を見せるとクラスから低い歓声が沸き、それに遮られる形でようやく黒澤茜は口をつぐんでくれた。


「では続きの票を……」


「なんで俺がメイドなんて……」


 俺はつぶやきながら座った。その後も、俺の名前が呼ばれて黒板の数字が増えていく。恐らく男子全員が投票したのだろうから、15票近く入るんだろうな。


「神野和海君、えっと山本千夏さん、山本千夏さん、猪俣洵花さん、高橋久美さん……」


 女子からの票が読み上げられているようだ。女子はちゃんと女子の中から選んでくれたみたいだな。男子も女子の中から選べよなぁ。


「…大野正也君、高橋久美さん、神野和海君、山本千夏さん、松尾誠二君、神野和海君…」


「えっ?」


 なにか今、俺と千夏と久美の名前に混じって、正也と松尾の名前も呼ばれたような?


 開票を終え、委員長は黒板に書かれた名前を読み上げる。


「以上、この六人に接客をやってもらいます。神野和海君12票。山本千夏さん8票。高橋久美さん4票。猪俣洵花さん3票。大野正也君1票。松尾誠二君1票」


「いやっほぅ!」


 腕を突き上げて大声を上げたのは正也と松尾だ。あっけにとられている他の男子に向かって、正也がドヤ顔をして言う。


「これで和海のメイド姿をかぶりつきで見られるぜっ! 当日、ずっと一緒にいられるしっ!」


 しまったと言う顔をしている男子達に向かって、松尾がお前らとはここが違うんだと言いたげにこめかみをノックして見せている。


「す……すげー執念だな……お前ら……」


 俺も口があんぐりだ。俺だけじゃなく、女子も全員驚いているだろう。男子の俺に投票が集まるのを読み、自分の名前を書いて自薦で己をねじ込んでくるとは……。その才能を別の所に生かせよお前ら……。



 かくして、俺がメイドをするのはともかく、男の正也も松尾もメイドをする事になった。特に身長188センチある松尾のメイド姿は完全にホラーだな。


千夏にメイドをさせるのは当然嫌だが、委員長に意見をするのも厳しいし、何より千夏に関しては正当な投票で選ばれた。文句のつけようがない。


 しかし、思わぬメリットもあった。


 教室の飾りつけからコーヒーメーカーの調達、食器や小物の用意、衣装の製作は他のクラスメート達が行うと言う事だ。俺たちメイドは、用意された衣装を着て当日接客をするだけで良い。毎日居残ったり、休日に物を調達しに行ったりしなくてすむのは忙しい芸能人である俺には助かる。




 翌日からメイド服作りが始まった。生地からの服飾作業は慣れない者の手によるとどのくらい時間がかかるのか分からないので、最優先で女子の手によって仕上げられるようだ。


最近はインターネットで安い完成品も手に入れられるが、一応文化祭なので衣装くらいは手作りしろとの担任の言葉だ。


「和海くーん。体のサイズ教えてー」


 教室に生地を持ち込み、休み時間にも縫い物をしている女子が俺の元へ聞きに来た。俺は俳優以外にモデルもやるので、自分で把握しているサイズを答えてやる。


「スリーサイズで良いのか? 上から87、53、82だ」


「ありがとー。あと肩幅を……、えっ? 87・53・82?!」


「うんそう。肩幅は34センチだな。股下は……スカートだから要らないか」


 目の前の女子は、なぜか目を点にしてゆっくりと首を傾げていく。


 なんだ? 股下の長さもいるのか? そう思っていると、その女子の視線が俺の顔から胸に下がっていった事で俺も気がついた。


「あっ! じ…ジョーク! 冗談だって! えっとサイズな……。スリーサイズは確か……」


 男のサイズって……何センチが平均なんだ? 男の時にそんなの測って無いから良く分からない……。今の俺の身長は158センチで厚底プラス5センチだから、163センチの男の体のサイズは…………


「さ……サイズな。多分……えっと、70、70、70くらいかな?」


「は……? 70・70・70もおかしいと思うけど……?」


「まっ……まあいいやっ! 最初のサイズで作っておいてくれ! 胸とか尻に詰め物して、女っぽく見せてやるからっ! 俳優の神野和海を舐めんなよっ!」


「……分かった。でも……ウェストが細すぎて……? 多分クラスの女子、誰もそのサイズ入らないと思うけど……」


「だっ…大丈夫! 俺はお腹をへっこめるのが得意だからっ!」


 俺は勢いで押し切った。 女子は右に左に首を捻りまくっていたが、何とか自分の席に帰って縫い物の続きを始めてくれたようだ。


 汗を拭っていた俺だったが、さっきの女子の方からひそひそと声が聞こえてきた。もしかして俺が女ってばれたのかと振り返ってみると……正也が厳しい顔で服飾係の女子にあれこれ指示を出していた。


「…のだけ10センチスカートを短くしておいてくれ」


「えー。パンツ見えるよ?」


「ニーソと裾の絶対領域を15センチ以上確保してだなぁ」


「絶対領域って何?」


「エプロンは、胸を開けて下から上に乳を持ち上げるようなデザインにして……例えばこんな感じで……」


「実用的じゃなさそうだけど、分かったぁ」


 いたずらっぽい顔をした女子は、正也の意見を全面的に取り入れているようだ……が、


「ちょっと待てお前ら!」


 俺は嫌な予感がして二人に詰め寄るが、どちらも「別に……」と言って死んだ魚の目をしてはぐらかしてくる。さっき正也が書いていたイラストも、俺の目の前で奴は紙を丸めて飲み込んでしまった。


「いいか、普通のを作れよ! 分かったな?」


 俺が念を押して自分の席に戻ると、また正也の声が聞こえてくる。


「絶対領域とは、スカートの裾とニーソの間の生足の部分の事で、そこに宇宙の神秘、万物の神秘があってだな……、とにかくそれを確保すれば俺もハッピー、客が入って儲かってお前らもラッキーって感じになって……」



 ……スカートを絶対穿かないって宣言していた第一次女子化の頃が懐かしい。


 




 さて、学園祭はおいて置いて、俺は毎日学校終わればすぐに仕事に行かなければ行けない。


 今日は十月から始まるドラマの顔合わせがあると言うことだ。来週くらいからすぐに撮影に入るらしいが、どんなドラマなのか俺は聞いていない。とにかく脚本が間に合っていないらしく、演者も畑中楽斗以外に三人ほどしか知らない。多分、畑中が主役で、俺はまた同級生ってところかな? 


タイトルだけは宣伝用ポスターから分かっている。『ナデシコダンジ』だ。撫子男児? 仮タイトルだから片仮名なんだろうか。大和撫子と日本男児が関係あるのかもしれない。……もしかして戦時中のドラマか? まあ、今日は教えてもらえるだろう。



「遅いですよぅ!」


「すんません。電車一本乗り逃し…」


 事務所に着くと、マネージャーの穂乃花さんに腕を引っ張られて180度ターン。また建物の外へ連れ出された。


「へいっ! タクシー!」


「へい? 初めて見たな……。そうしてタクシー止める人を……」


 それだけじゃなく、タクシーに向かって親指を突き出して見せた穂乃花さんにちょっぴり引いた。ひょっとして、タクシーの少ない地域の出身なのだろうか?


 タクシーの中では今日届いたと言うドラマ第一話の台本を渡される。中を見ると、畑中だけではなく工藤君も出演するようだ。前回の極悪先生では金髪ヤンキーだった工藤君だけど、今回もまた似たような役どころなのだろうか? あの半分剃った眉毛だと一般人の役は難しいだろうなぁ。


 他にも聞いた事があるようなベテラン俳優の名前は見たが、俺が会った事がある人はその二人だけだった。


「タイトルは……片仮名のままなんだ。今日は本読みとか無しだよね? えっと俺の役は……」


 俺が尋ねても穂乃花さんは生返事ばかりで、腕時計ばかり気にしている。


「男子高校生か……。ん? この台本って、仮とかじゃなくて、本物だよね? なんで俺の名前が一番上に書いてあるんだ。セリフもやけに多そうな……。何よりも、いきなり俺のシーンからドラマが始まるのか? まあ、すぐに畑中も登場して……」



 読み始めた台本はまだ序盤だと言うのにテレビ局に到着した。今度は腕を掴まれてタクシーから引っ張り出された。


「和海君は新人なんだから、走って!」


「了解!」


 テレビ局の中のエレベーターのボタンを俺が押したとき、穂乃花さんは息も絶え絶えな様子で俺の数十メートル後ろをおぼつかない足取りで向かってくる。


「さ……さすが現役高校生……」


「甘いものばっかり食べているからですよ。フランスでもそうだったし……」


 俺は穂乃花さんを支えてあげながらエレベーターに乗って目的の階へ向かった。



 降りるとすぐ、穂乃花さんはかすれた声で何かを言った。それは聞き取れなかったが、穂乃花さんが指を差す部屋へと向かって俺は扉を開けた。


「主演の神野和海君入りまーす」


 男の声でそう言われると、名前は出てこないがアイドルの女の子から俺は花束を渡された。


「……主演と俺が入ったのか?」


 振り返って見たが、俺と同時に部屋に入ってきた奴はいないように見えた。


「よう、和海!」


「ん? おう、畑中。ああ、それでか」


 芸能界で友達っぽい奴と言えばこいつだけだ。最大手アイドル事務所、ジーニーズ事務所の畑中楽斗だ。


「お前ほど出世が早い奴は見たことねーよ。俺も、うかうか出来ないな」


「なにが?」


 そこで畑中がハイタッチを求めてきたので俺は受けてやる。手を合わせると、なぜか周りからざわついた声が上がる。


「あの畑中君に一歩も引いてない」


「さすが今回の主役に抜擢された人気急上昇中の新人」


 主役がどうのこうのとスタッフの声が聞こえてくる。あまり人のいる前で主役と脇役風情が友達だとは言え馴れ馴れしくするのは良くないかなと思った俺に、畑中が耳を疑うような事を言った。


「主役、頑張れよ。なかなかお前にぴったりだと思うし、お前以外いないだろ」


「……はぁ。主役を頑張れって……まるで俺が主役みたいな言い方するな」


「お前が主役だろ? ……えっ? その顔、マジで知らないのか?」


 その後、畑中は「ありえねーだろ」と言って苦笑いを浮かべている。


 俺は手に入れた全ての情報を整理する。畑中の言葉、手元の花束、スタッフの言葉……。しかし、それを覆す大きな矛盾があるのだ。それは、なぜマネージャーである穂乃花さんから伝え聞いていなかったのかだ。つまり、俺は主役なんかじゃ…………


「あれぇ? 言いましたよねぇ? きっと言いましたよ。多分絶対」


 穂乃花さんはあっさり認めた。しかし、『多分絶対』と言う日本語は初めて聞いた。



 『極悪先生』の神野和海、次は『ナデシコダンジ』で主演。異例のスピード出世。



 スポーツ新聞に載った小さな記事の見出しはそんなのだったらしい。


 しかし、畑中に言わせるところ「演技は下手じゃないけど……」と言うレベルの俺がドラマの主役なんて出来るのか? しかもワンクール続くドラマで?



 どうやら『ナデシコダンジ』と言うドラマは、『極悪先生』の撮影監督が俺を見てひらめいた話らしい。


俺が遊んでいた夏休みに急遽仕上げられた脚本の内容は、厳格で異常な父親に、女の子なのに男の子だと信じ込まされて育てられた主人公が、高校入学して自分は女だとやっと気がつきながらも男として生きていく……と言う話で、畑中が言うとおり芸能界で俺しかこなせないような主人公だった。


他にも俺と前のドラマで息の合った演技をしていた畑中と工藤君がキャストに組み入れられたようだ。まあ、俺だけではドラマとして弱いので、畑中とのダブルコンビで補強って意味もあるのだろうが。



「まいったな。セリフ多いから、前のドラマより忙しくなりそう」

 俺の感想と言ったらこんなもんだ。本気で俳優を目指している奴なら主役をもらえたら大喜びだろうが、俺は……結婚までの腰掛だからな。





 あくる日、休みのはずだったのだが急遽仕事をねじ込まれた。せっかく千夏と学校帰りにぶらぶらして帰ろうと思っていたのに、俺はいつものように慌しく電車に飛び乗った。事務所に着くと、また昨日のようにUターンで外に連れ出される。ドラマ用ポスターの撮影は週が開けてからと聞いているのだが、今日は一体何をするのだろうか。


 穂乃花さんに連れられてきたのは、いつもの写真を撮るスタジオのようだが……少し趣が違った。


 目的である室内に入ると、そこはどでかい機械がある部屋だった。なんて言うか、テーブル全体が機械なのだ。スイッチやつまみ、上げたり下げたりスライドさせるタイプのスイッチもある。これは……一度テレビで見た事がある『ミキサー』と言う音楽に関係する装置じゃないだろうか。その奥にはカラオケボックスみたいな部屋が一つあるようだ。


「神野和海君ね。極悪先生は面白かったわ。君が弾けていた後半から特にね」


 おかっぱストレートヘアのおばさんだった。口紅が超赤くて、眼の上が超青い。細身で歳は五十ってとこだろうか。


「隣の部屋来て。とりあえず実力をみましょうか」


 俺は、今度はこのおばさんに腕を引かれて連れ去られる。


「穂乃花さん、今日は何すんの?」


 俺は宇宙人さながらに引きずられて行きつつ尋ねると、穂乃花さんは俺に向かって首を捻って言った。


「和海君、ドラマでの主役に便乗して、どさくさに紛れて歌を出すって私言ったよねぇ? 多分絶対、昨日の電話で言ったと思うんだけれども……」


 多分絶対聞いてねぇ! 穂乃花さんってマネージャーとしてちゃんと仕事は持ってくるけど、今ひとつ俺と意思疎通が出来てない気がする。昨日の電話でも、『美味しいケーキ屋が自宅の近くにあったの、灯台下暗しだよね』とか無駄話を20分もしているから俺に伝え忘れるんだろうに……。



 次の部屋は音楽室くらいの広さで、中央に巨大なグランドピアノが置いてある。その横にスタンドマイクもあり、俺をそこに立たせるとおばさんはピアノの前に座った。


「さあ歌って」


 無茶言うなよ! ……っていつものように威勢よく言いたかったが、このおばさんのメイクが怖すぎるので言わなかった。


 運動は得意な俺だけど、歌は上手くないと思う。でもまあ、カラオケ行って俺が歌い出したら皆が耳を塞いだり気絶したりはしないので、自分では普通だと思っている。


 思っていたとおり、おばさんが奏でる流行の曲に合わせて俺は歌ってみたが、反応は今ひとつだ。


「まあ大丈夫。最近はどんなに下手でも機械を通せば、歌手顔負けって見出しがうてるほどになるから」


 評価もずばりこんな感じだった。


「でも……高音は伸びるわね。次は女性ミュージシャンの曲にしてみましょうか」


 このおばさんは厚化粧だけが得意では無いようだ。一応、やはり歌の先生なのか。


 次の曲はあまり聞いた事が無かったが、用意された歌詞カードを見ながら歌ってみる。


「良いじゃない! 見た目だけじゃなくて、女の子みたいな声を持っているわよ! あなたっ!」


 ……そこには異存ない。確かに、俺は女の喉を持っている。



 と言うことで、俺は女のキーで歌う事となった。いつもは男と思われるように低く声を出すことを意識しているのだけれど、とてもそんな事をしていては歌えない高音だ。しかし、女丸出しの声を出せば、俺もちょっとは上手く歌えると言う事は知らなかった。


高校一年生の時は、千夏以外誰にもばれてはいけないからカラオケでは高く歌えなかったし、高校二年になった今はばれてはいけない洵花が一緒にカラオケに来るしで歌えなかった。



 意外に歌が上手かった俺は、話題性を考えて、最初は『On-NIZ』と言うミュージシャン名で曲を出すことになった。謎の歌手ってやつだ。まさか男の俺がこれほどの高音を出すとは誰も思わないだろう。後々ばらす事になるのだろうが、まあ大丈夫かな。『もののけ姫』とか歌ってた人も声は高かったし。


 『On-NIZ』、『オンニズ』と言う洒落た名前のようだが、別に何て事無い。逆から読めば……ってやつだ。すぐに気がつかれるかな?



 とりあえず「このミュージシャンの歌はどう?」って、どっきりで千夏にでも聞いてみるか。




 整理しよう。十月初旬から始まる主演ドラマ。中旬にあるメイド姿による学園祭。十一月頃にドラマ挿入歌として流れる俺のデビュー曲。


 ……なんなのこの激務。高校生初の過労死とかでニュースにならないようにするかな。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 続きが気になってますけど多分無理ですね、、、一冊目は今まで読んだ日本語の小説の中で一番ハマりましたかもしれない笑。出版されている小説より全然楽しかったです!
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