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第15話 「さわさと一緒にフランスへ」

今回は特に何も起きません。言葉のどたばたをどうぞ。


 時は八月下旬。セミの鳴き声は衰えたとは言え、気温は30度を超える夏真っ盛り。

 

 ……それは日本の話だけどな。



「さっ……さみぃ~」

 

 俺は半袖から出た腕を手でこする。細い腕に似合わないと良く言われるG-SHOOKを見ると、気温は18℃だ。日本では十一月中旬から下旬に当たるだろう。


 ここフランスでは、陽気な外国人ですら半袖の人間は見えない。ひょっとすると、フランス広しと言えども、半袖で歩いている馬鹿は俺だけ……、俺達だけでは無いだろうか?


「さっむぅ~い! ちょっと和海君! 上のシャツ貸しなさいよ!」


「何言ってんだよ! それじゃ、タンクトップ一枚になって陽気どころか変人になっちゃうだろっ!」


 俺のボタンシャツを掴んできた『さわさ』こと水沢沙織の手を叩いてみるが、奴はその手を離さない。


「こんな時は『寒いだろ? 僕のシャツを羽織りなよ』って言うのが男ってもんでしょぉ!」


「それは彼女限定だって! その細かい勘違いがあんたに彼氏が出来ない原因になってんだよ!」


「私はアイドル一筋だからあえて作ってないって言ってんでしょ!」


 恐らく俺達の言葉は分かってないだろうが、半袖姿で寒そうにしながら揉めているそぶりで、周りの外国人の方々は苦笑いをしながら俺達を見ている。


「信じられないよ君達は。日本と外国が同じだと思ったのか?」


 南条さんがカメラ機材の詰まったバッグを肩にかけ直しながら、呆れた表情で俺達に言ってきた。


「そりゃスウェーデンとかなら用心したし、オーストラリアの季節が日本と逆なのは知ってたよ! でも、八月のフランスがこんなに寒いなんて学校で習ってないよ! 地中海で優雅に泳いでんじゃなかったのかよぉぉ!」


 南条さんは俺達のマネージャーの穂乃花さんと顔を見合わせた後、今度は哀れんだ目で俺達を見る。


「地中海沿岸部は海流の影響で暖かいんだよ。大体、空港で言ってたけど、君達はちゃんと穂乃花さんから長袖を持って来くるようにって聞いてたんだろ?」


「俺は暑いのが嫌いだっ!」


 俺が叫ぶと、隣で水沢も声を張り上げる。


「私は露出が仕事! 夏は基本キャミソールよっ!」


 それを聞いた南条さんは、ジャケットのジッパーを閉めてから俺達に言う。


「……頑張れよ」


「なっ…南条さぁーん! この際、加齢臭は我慢するからジャケット一枚貸してぇ!」


 俺がすがりつくと、南条さんは頬を膨らましながら俺を邪険に突き放す。


「悪いけど、上着は一枚しか持ってきて無いんだ。仕事道具が多くてね」


 すると、穂乃花さんが街角に見えるお店を指差した。


「だからさっきも言ったけど、和海君と沙織ちゃんはジャケットを買ってこれば良いのよぉ!」


 俺がその店を再度見ると、目がちかちかする色とりどりな服がガラス越しに見えた。


「あんな派手な…」


「このグラビアアイドルのさわさが、あんな原色の服着られる訳が無いわよぉ!」


 俺を押しのけて訴えたのは水沢だった。しかし、俺もまったく同じことを思う。どうしてフランスで売っている服は青や赤、少し捻ってオレンジとか原色のような色の服ばっかりなんだ?



 ……といっても、やはり寒さに勝てない俺達は妙ちくりんなジャケットを買うのであった。





 さて、俺達が飛行機に十二時間乗せられて来たのは先ほども言ったがフランス。


 この間、東京バラエティパークと言う番組でもらった旅行券を譲り合った?挙句、それじゃ事務所が頂くと言うことで接収され、二人の写真撮影をフランスで行う仕事としての旅費の一部として使われる事になった。


お陰で、貧乏事務所なのに俺と水沢はビジネスクラスで優雅に空の旅を出来たのはまあ良いけど、貧乏のあおりを食らったマネージャーの穂乃花さんとカメラマンの南条さんはエコノミークラスの狭いシートで十二時間動けなかったのは結構きつかったらしい。


 一部では結構人気の餅乳グラビアアイドルのさわさは初の海外ロケと言うことで大喜びだが、俳優が本業の俺は写真撮影ごときでフランスまで来るのはとてもめんどくさかった。


まあ、水沢と違って高校生を兼業している俺としては夏休みを利用できる今ここに来るのはまだ良い選択だったかもしれない。この分だと、もし冬休みにここに来たなら、フランスは北海道かそれ以上の寒さになる気がするし……。





「しっかし、笑わすよなあんた。なに機内でドリンク貰って、CAさんにお金渡そうとしてんだよ! しかも120円って! 悩んだ末、自動販売機と一緒の金額出すんじゃねーよ!」


「う…うるさいわね! まだそのネタ引きずる気なのっ!」


 俺はCAさんの苦笑いが頭に焼き付いていた。この思い出し笑いは半年くらい続く威力だ。道理で飛行機のシートに座った時からずっと水沢は財布を握り締めていた訳だ。


「でもさ、あんたも大阪の仕事とかで飛行機乗った事あったんだろ? そん時はどうしてたんだよ?」


「うっ……。そっ…それは……いつもいらないって答えてたのよ……いくらか分からないから……」


「わははっ! さすがに十二時間は飲み物を我慢できそうに無いから、飲み物代と食事代を入れた財布をお守りのように抱きしめたって訳かよっ! もうこの人、腹いてぇ!」


 顔を真っ赤にした水沢にお尻を蹴られても、俺は腹を抱えて笑い続けていた。


 

 なにやら南条さんと二人で話をしていた穂乃花さんだったが、俺達の所へ歩いてくる。


「二人とも、撮影は明日からだからぁ、ホテルに行っておいてくださぁい。私と南条さんは、これから現地スタッフと打ち合わせがありますのでぇ。ホテルはプルマン パリトゥール エッフェルですよ。忘れないでくださいね。プルマン パリトゥール エッフェルってタクシーの運転手に伝えてください」


「りょうかーい」


 俺は水沢から逃げ回りながら返事をした。


 そのままスーツケースを転がしてタクシー乗り場へ行くと、列も無くスムーズにタクシーへ乗ることが出来た。俺と水沢は後部シートに乗り込む。すると、荷物をトランクに詰め終わった運転手さんが車に乗り込み、微笑みながら俺達を見た。


「……あれっ? 水沢さん、俺達の行くホテルって何て名前だっけ?」


 俺はひやりとして水沢を見た。すると、彼女も顔が青ざめている。


「……どうして和海君、覚えて無いのよ」


「わっ! 自分も覚えてないくせに逆切れすんなよなぁ」


「こういうのは男が覚えているものでしょ!」


「こんなのは、年上が覚えているもんだって!」


 二人で肩を掴んで揉み合っていたが、運転手さんのため息で俺達は我に返る。


「えっと……確か……エッフェルなんとかじゃなかった?」


 俺が言うと、水沢もぱちんと手を叩いた。


「そうそう! エッフェルって付いた! それじゃ、エッフェル塔の近くなんじゃないの?」


「そんな安直な……」


「La tour Eiffel ?(エッフェル塔?)」


 その運転手さんの言葉に、水沢は馬鹿丸出しで「イエース、イエース」と答えた。すぐにタクシーは発進した。



 そしてきっかり三十分後、俺達の目の前には巨大なタワーが立っていた。東京タワーよりも大きく見えるが、実際は確かエッフェル塔の方が低かったはずだ……って今は観光の事を考えている場合ではない。なぜなら……俺達はここからホテルを嗅覚に頼って探さねばならないから……。


「ああ……タクシー行っちゃった……。日本語が通じないってのは不便ね……」


「ホテルの名前が分からない今の俺達なら、ここが日本だとしてもどうしようも無いって……」


 とりあえず腕組みをしてエッフェル塔を眺めていた俺だったが、その横で水沢が手荷物から何かを取り出したようだった。


「じゃーん! ホテルまでの地図ぅ~! 実は撮影スケジュールとかの書類をあらかじめ年上の私が預かっていたの! ってタクシーの中で思い出したのであったぁ!」


「ええっ! マジでぇ! 先言ってくれよぉドラさわもん!」


 天然に見える穂乃花さんだが、マネージャーとしての仕事は最低限こなしてくれる。本当に最低限だけど……。なんせ手続きを忘れて現地で使えるって言う携帯の用意は遅れているし……まったく。


「これがあればよゆーの酔っ払いよぉ! 撮影尽くしのこの強行日程、勝手に観光しちゃおうじゃない! ねぇのび(かず)君!」


 どんと胸を叩く水沢の前で、俺はあるお店を指差した。


「俺、あれ食べたい!」


「ほぉー。なるほどのぅ。イタリアが有名だけど、フランスにもジェラートなるものがあったか……。くるしゅうない、食しにいくぞよ」


 いまいち水沢のキャラが猫型ロボットなのか殿様なのか分かり兼ねるが、俺達はダッシュでその店に突っ込んだ。


「Bonjour (いらっしゃいませ)」


「おう……」


 俺達はカウンターパンチを食らって後ずさる。


「水沢さん、店員さんが何か言いましたぞ? 何て言ったんでしょうか?」


「ぼ…ボンジョビ? って聞こえたわね。私達が芸能人ってもうばれたのかしら?」


 俺が水沢さんの後ろに隠れると、彼女もすぐさま俺の後ろに回って押し出してくる。仕方無しに俺が店員と話をし、アイスを購入する荒業を披露するとしようか……。


「は…ハロー……。あいむ……あいむ……アイス……ウォンチュー?」


「Comment?(どれにします?)」


 何か言われたが、俺はアイスが欲しいのかと言われたと思い、「コモン、コモン」と繰り返した。しかし、店員さんはそんな俺を見て首を捻る。


「だ…だらしないわね! 和海君の使っているのは英語でしょ! ここはフランス。私に任せなさい」


 俺が失敗した事で何かのチャンスだと踏んだのか、水沢がずいっと俺の前に出た。


「えと……フランス語……ふらんす……えっと……」


 店員に見つめられた水沢は完全に目が泳いでいる。しかし、何かを振り絞ったようで徐々に口を開いていく。そして、目をかっと開いて言葉を発した。


「ふ……フランス…パン……」


 その時、とりあえずフランス全土の時が止まった……。


「はぶっ!」


 俺は堪えきれずに吹き出した。横隔膜が痙攣し、呼吸困難に陥る。


「ばっ…馬鹿じゃねーのっ! ふ…ふ…フランスパンって! フランスから搾り出したのがそれっ? 下にパン付けただけじゃねーのっ! おまけにフランスパンって日本語だろっ? な…な…な…なんじゃそれぇ!」


 俺がアイスのショーケースをばんばん叩きながら笑うと、水沢の顔はイタリアのトマトよりも赤くなった。


「うっさい!」


―ゴンッ―


「いてぇ! 手を出しやがったなあんた!」


 俺は殴られた頭を撫でながら水沢を睨む。そんな俺を水沢は仁王の顔で睨み返してくる。


 火花が散っている時、なじみのある言語が聞こえた。


「あ……あのぉ……。神野和海君と水沢沙織さんですよね? 撮影ですか?」


 店の奥から歩いてきた黒髪の女の人は遠慮がちにそう言うと、周りを見回してカメラを探している様子だ。


「えっと……一応……仕事で来ていて……」


 とたんに水沢は営業スマイルになり、俺を後ろから抱きしめてポーズをとる。


「やっぱりそうですかぁ! 妙に騒ぎすぎていると思ったんですよぉ! それに着ているジャケットも衣装っぽいし!」


 恐らく日本人旅行者だと思われる女性は、旅先で芸能人の端くれ二人と出会えて一応嬉しそうにしている。


(水沢さん、今カメラなんて回ってないですぜ?)


(バカっ! 今の痴態がマジだって思われて、ツイッターとかミクシィでつぶやかれたらどうすんのよ! おまけにこの服が私服ってばれた日には、同業者の前に出れないわよ!)


 俺も納得し、バラエティ番組に出ている時の笑顔を女性に送る。


「私邪魔でしょうか? すみません、しゃしゃり出て来てしまって……」


 女性は、彼女なりに空気を読んだ様子で、店の奥に引っ込もうとした。しかし、それを水沢が呼び止める。


「あっ! ちょっと待って! もう撮影の(しゃく)は十分だから、良ければ貴方のお勧めのジェラートを教えて! ……ついでに注文もして! 二人分!」


 水沢はようやく年の功を見せた。女性も嬉しそうにアイスの味を細かく説明しながら、俺達の前で二人分注文を終えてくれた。そして俺達は片手にアイスを握り、女性に求められた握手をする。


「それじゃ、まったねー! バイバイぶひー!」


「秋からのドラマ見てねー!」


 俺達は今だと言うように、また猛ダッシュして店を出た。




 俺達は建物の影に身を潜めると、辺りを見回した。とりあえず日本人っぽい人間は周囲に見えない。


「油断したわね……。フランス人ばかりかと思ったら、結構日本人とも会うのね……」

 

 水沢は汗を拭いながらそう言うと、俺のアイスを一口かじった。


「なんか日本よりも目立つ気がするなぁ。周りが外国人ばかりだから……」


 俺もそう言うと、水沢のアイスにかぶりついた。


「ちょっと! 何勝手に食べてるのよ!」


「そっちが先だろ!」


「私は二種類のうち、一つはチョコが良かったのよ!」


「じゃあさっきの女の人に言えよ!」


「言ったら自分で注文出来ないのがばれるじゃない!」


 俺達はまたしても揉み合っていると、今度は若い夫婦の日本人っぽい観光客に指を指されているのに気が付いた。


「バイバイぶひー!」


「十月からのドラマ見てねー!」


 そこから脱兎の如く逃げ出した俺達。




「はぁ……はぁ……疲れた……」


「水沢さん、とりあえずホテルに行こうよ。スーツケース引きずって走り回るのが疲れるんだって……」


「それは一理あるわね……」


 水沢はホテルまでの地図を広げると、それを片手にスーツケースを転がしながら歩き出した。


「それ世界地図ってボケは無しだよね?」


「当たり前でしょ! ちゃんとエッフェル塔の場所も載っているし! ……えっと、この辺にいるとして」


「いるとしてって何だよ? 正確に行こうぜ……」


「うっさいわね! 言葉のあやよ! ここに絶対いるから、次の路地を左に折れて、真っ直ぐ行って、道を二つ越えて右に曲がったら多分ホテルね」


 俺は水沢について歩く。



 フランスの街並みは綺麗って言えば綺麗だが、少し古臭い感じもする。んーちょっと違うかな。歴史感はたっぷりだが、なんだか薄汚れているような感じか? もっと壁を磨いた方がいいんじゃないかな?


 それに、路上駐車が物凄く激しい。っていうか、俺免許持ってないから良く分からないが、……前後の車との距離が50センチ開けて止まってるけど、これで車を無事出せる物なのか? これもごみごみして見える理由のひとつだな。



 そう言えば、十六世紀のフランスは豪華絢爛なイメージだけど、パリ市内は非常に汚かったってテレビでやってたな……。桶のような物に用を足し、一杯になったら窓から道に捨ててたとか。それを踏むのが嫌で地面と出来るだけ設置面積が少ないハイヒールって靴を考え出したんだったかな。

 


 ふと周りを見回せば、街並みに若干違いが出てきた気がした。悪い予感がして振り返って見たが、エッフェル塔の姿はどこにも無い。俺は地図とにらめっこをしながら歩いている水沢に話しかけてみる。


「あのー。まだホテルへは着かないんですかねー?」


「おかしいなぁ。この地図古いんじゃない?」


 とっくにホテルが見えている頃と言い張る水沢の手にある地図を俺は覗き込む。確かに、この地図の縮尺からすると、エッフェル塔からホテルまでは1キロどころか、500メートルほどのはずだが……?


「水沢さん、さっきから角を曲がるたびに地図をくるくると回してますけど、北はちゃんと分かってんですよね?」


「北? 方位磁石が無いのにそんなの分かる訳が無いでしょ。本能で方角が分かる和海君と一緒にしないでよ」


「はぁ? 北が分からないのに、どうやって地図見るんすかっ! 地図に付いているこの三角は何のためにあると思ってんですかぁ!」


「え? この矢印みたいなの? これは……地図を発行しているメーカーのマークじゃないの? 違ったの? いつも付いてるから、世界の地図を一手に引き受けている大企業のロゴなんだとばっかり…」


「小学校からやり直してきやがれ!」



 ――つまり、道に迷った



「ま……まあいいや。地図にホテルの名前があるからこれでなんとか。水沢さんは役に立たないからその辺で踊ってて下さい」


「あ~、よいよいっ! ってグラドルにバカやらすんじゃないわよ!」


 俺は、がなり立てている水沢さんを無視し、地図の中に赤丸で囲ってあるホテルを指差す。


「この名前をタクシーの運転手に伝えれば……。えっと、……ぷるまん……ぱりす……とうろ……えいふぃる? よ…読めない……」


 ホテルの名前は『Pullman Paris Tour Eiffel』と書かれている。何しゃれた名前をつけてんだよ……。帝国ホテルとか日光ホテルを見習えってんだ。


「何してんのよ。これだから高校も卒業してないガキんちょはまったく……」


「あんたにだけは言われなくないんだよ……」


 水沢は俺から地図をぶんどると、大きく息を吸って言葉を発した。


「ぷ……ブルマン……ばりに……高い……えっへっへ」


「なるほど! ブルマンコーヒーくらいの値段で、高くて参るって事だなっ! って! あほかっ!」


 俺が後頭部を殴ると、水沢は地図に顔から突っ込んだ。


「て…手を出したわねぇ!」


「さっきの仕返しだよっ!」


 俺は逃げようとしたが、いい加減スーツケースを持っている腕が痛くなってきた。振り返ると、水沢もかがみこみ、スーツケースにもたれかかって息をついている。


「大通りはどっちだよ……。タクシーを見つけないと……」


 それにいつの間にか俺達は細い路地に入り込み、どうも治安がよろしくない雰囲気の場所にいた。フランスの治安が悪いとはあまり聞かないが、日本に比べるとどこの国も悪いだろう。おまけに男一人女一人のようだが、実際は女二人だけだ。なんか嫌な予感がする。



「あっ! 和海君! あの人達に聞かない?」


 路地の先から歩いてくる男達が見えた。俺はその中の一人の髪型に注目する。


「水沢さん、あれは……モヒ(モヒカン)ですぜ……。漫画ではモヒで正義の味方は聞いた事が無いんですけど……」


「何言ってるの! それは日本の話! 外国ではあの髪型が流行の最先端なのよ!」


 ゆっくりと俺達に向かってくるモヒ()。その襟元と袖から黒い模様が覗いているのを、男が近づくにつれて分かってきた。


「水沢さん。刺青……タトゥーみたいですけど、外国ではあれも普通って事で良いんですか?」


「私はおじいちゃんから、刺青を入れている男に近づいちゃいけないって教えられてるの。だからサウナも入ったことが無いのよ」


「いや、サウナの件は偏見じゃぁ?」


 道の端に立って、壁と同化していた俺達の前でモヒ()達は足を止めた。


「Qu'est-ce que tu fais ici?」


 明らかに俺達に話しかけてきた。モヒが怖えーし、フランス語がこえーし。走って逃げようにもスーツケースを捨てるのは最後の手段だ。


「和海君、場を和ますような世界共通の一発ギャグ持ってないの?」


「俺は俳優ですよ。それよりも水沢さんの決め台詞『バイバイぶひー』でどうにかしてもらえません?」


「あれ、実は全然受けないのよ……」


「知ってますよ」


 俺達は得意の営業スマイルを送るが、フランス人にはまったく通用してないようだ。やはり意味も無く笑うのは日本人特有の習慣らしい……。



「仕方ない! ここは私がいっちょやってやるか!」


 そんな事を言った水沢は、言うだけ言って逃げるのかと思ったら、ずいっと俺の前に出た。


「ここは私に任せて、和海君はまともそうな人を呼んできて!」


「えっ……それなら、俺が引き付けておきますから、水沢さんが逃げて…」


「私の足よりも和海君の足のほうが速いでしょ!」


「でも、俺は男で水沢さんは女だから、さすがに逃げる事なんて……」


「良いのよ! 和海君が怪我しちゃうと、私の仕事に響くんだからっ! ……バーターで呼んでもらえなくなるでしょ」


 俺は息を飲んで水沢さんの横顔を見た。彼女は俺を一瞥もしてこないが、どうやら……自分が俺のバーターで番組に呼ばれていたのを知っていたようだ。


「水沢さん……」


「良いのよ! 私はどんな事をしてでも芸能界を生き残るんだからっ!」


 バーター出演よりももっと辛いことがあると思いますけど……と言う言葉は空気を読んで俺は飲み込んだ。


「そこまで言うなら……分かりました。三分で戻ってきます」


「三分くらいなら、私の生い立ちトークで何とかつないで見せるわ」


 俺はモヒ男達が現れた方と逆の路地の先を見る。その先に見える通りまでの距離は100メートル程だ。あそこまで走って大声を出せば、見通しの良いこの場所からはモヒ男達は逃げ出すに違いない。


[ザッ]


「あれ?」


 俺が足を踏み出す前に、男二人が前を塞いだ。水沢さんを見ると、モヒ男に肩を掴まれている。


「水沢さん……こいつら本当に悪い奴かも……」


 モヒ男も他の二人も身長が180センチくらいか。体つきは日本人よりもしっかりしている。一人を相手にするのがやっとって所だ。水沢さんもいるこの状況ではどうしようもないかもしれない。


「ちょっと! 乳触ろうとしないでよっ! これでも芸能人の乳なのよっ!」


 水沢さんは、伸ばしてきたモヒ男の手をぺちぺちと叩いている。俺のほうもどんなに考えても良い手が浮かばない。誰か通ってくれれば良いのだが、夕暮れ時の中途半端な時間なので、少し廃れてそうで店の少ないこの路地を通る人は少ないのかもしれない。


「……やるしかないか。ていっ!」


[パシッ]


 必殺、意表を突くパンチがあっさりと受け止められた。男達はにやにやと俺を見て笑っている。……また女だと思われている気がする。いや、女なんだけど。


[ガサガサ ガサガサ ……ガシッ]


 その時、壁の向かいにあった隙間の無さそうな植え込みから、太い腕が突き抜けて伸びて来て、男達の頭を掴んだ。右手に一人、左手に一人を持ち上げる。



 ……こんな事が出来る奴と言えば……ん? でも腕が白いぞ?


 親父の腕は黒人と見まがうほどの日本人としては日に焼けた腕だ。しかし、目の前に現れた腕は白い。太平洋と大西洋を泳いで横断してここまで来る間に、海にふやけて白くなったのだろうか?


「champion!」


「あっ! お前は……」


 植え込みを強引に抜けてきて姿を現した男は親父では無かった。しかし、この巨人には見覚えがある。前、格闘イベントの仕事の時に試合をしていた身長216センチの大男、セイム・シューマッハだ。


俺のファンクラブの会員でもあって、ナンバーはえっと確か……まあ今は関係ないからいいや。改心したとは言え、ビアンキと共に俺の乳を触ろうとした前科持ちだ。


「オー! やぱり巨チチガールねっ!」


「だからガールじゃねーって言ってんだろ! 男だよ!」


 男達を離し、俺を抱きしめようとするセイムの腕を俺はかがんでかわした。日本にはハグするような習慣は無いんだよ!


「Cette personne est mon amie(彼らは私の友達だ)」


「Je suis désolé. champion(すみません、チャンピオン)」


 何やらセイムとモヒ男は一言二言言葉を交わすと、モヒ男達は退散していった。チャンピオンってセイムは呼ばれていたけど、こいつはフランスのチャンピオンだったって事か。あの格闘イベントは色んな地方で優勝してきた奴を戦わせているんだったよな。


「か…和海君。この巨神兵と知り合いなの?」


 身長160センチ弱の水沢は、至近距離で216センチのセイムを見上げると後ろにひっくり返りそうになっていた。


「まあ知り合いって言うか……ファンクラブの会員って言うか……」


「カイインナンバー7です。巨チチガールの下僕デス!」


 どうやら猪俣虎太郎氏の下では、ファンクラブとは下僕だと教えられているような感じだ……。


「素敵! こんなのが下僕なら、もうフランスで怖いもの無しじゃないっ! ナポレオンもびっくりよ! フランスを支配出来るんじゃないのっ!」



 大喜びの水沢だが、俺達がまず最初に下僕にお願いするのは、ホテルまで連れて行ってくれと言う些細なものだった。




 さて、休養で故郷に戻ってきていたセイムを交えて、俺と水沢のフランス編はもうちょっと続く……



フランスへ取材旅行へ行って、現地で考えればもう少し良い話が書けると思うのですが…。

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