第14話 「地元の対立」
「夢か? 一体……どこからが夢だったんだ?」
俺はその時、人の気配を感じて境内を見た。そこには薄く輝く白い着物を着た男が立っている。
「誰だあんた?」
俺が聞くと、男は表情も無くしゃべり出した。
「……お前は不思議な物を背負った人間だな。いや……人間なのか?」
「人間だし、芸能人だよ。ひょっとしてこれ……どっきりか? 何かの番組なのか? ならもしかして……正也も俺をひっかけたのか?」
「正也……あの子は大切な子だ。良く私に尽くしてくれる家の跡取りだ。仲良くしてやってくれ。お前のような人間と触れ合うことが出来るのは、あの子を良い方向へ導くことになる」
「まあ……一応友達だから、ぎりぎりの所で見捨てはしないけどな」
俺は少し照れて笑ってみせたが、男は表情をまったく変えずに言う。
「なら、この土地を任されている者として、お前に協力をしよう」
「……協力? それはありがたいけど、結構俺っていま幸せでさ。特に…」
「お前は特別だ。故に色んな仲間が目をかけている。しかし、良くない者も中にはいるようだ……」
「良くない者?」
「虹の祈り。それがお前を守る事になる。忘れるな、虹の七色を」
「虹の祈り? ……虹の魔法か? 虹の糸の伝説?」
「正也は緑だ。必ず最後の助けになる。探せ。他の色を探すのだ。お前は一度失敗をしている。今度こそ、虹の七色を全て揃えるんだ」
「正也が緑色? 俺が一度失敗をしている? ……何のことを言っているんだ?」
「お前の大切にしている者は赤。正也は緑。……他の色を探し、必ず手元に置いて置くのだ。良いな? それがお前を幸せにし、正也も幸せに、全ての者を幸せに…………」
「おいっ! ちょっと待てよ! お前は何を言っているんだよっ!」
着物の男は、遠くに離れて行くように消えた。とてもどっきりには思えない。立体3D映像でも無けりゃ、今の様子は作れないはずだ……。
「お・ま・た・せ! 何をぼーっとしてんだよ、和海」
「えっ?」
横には正也と弟達が立っていた。周りの様子はいつの間にか戻っている。屋台の方からも騒がしい人の声が聞こえてくる。
「俺……何してた?」
「ん? ぼーっと前見てた。一生懸命お祈りでもしてたのか?」
俺は首を捻る。白昼夢か? しかし、誰だか知らないが、あいつの言っていた事はよく覚えている。確か、俺の周りに良くない奴がいて、虹の魔法がどうのこうの。千夏は赤、正也は緑、他の色を探せとか……そんな話だったかな。
確か半年程前、俺と千夏は久美のおばあさんの地方で伝えられていた『虹の糸の伝説』が自分達の身の上に起きたんじゃないかと言う話をしたことがある。赤い糸だけじゃなく、他の色でも俺達は繋がれたために出会うことが出来て幸せになったと言う話だ。
しかし、今の男が言うには少し違った。千夏は赤だが、他の色にもそれぞれ人がいると言う。もしかして、俺達は虹の伝説について思い違いをしていたのか? まだ、虹の糸の伝説は……終わっていない? 現在もその途中だとしたら……。色を全て集めないと完了しないとしたら……? 千夏は赤、正也は緑、他には……他には……。
その時、俺の頭に色と同時に浮かぶ顔があった。
……オレンジ、橙は洵花だ。
なぜか確信があった。いや……俺はそれを何処かで見ている。何処かで……どこか……、確か赤茶色の家のテレビで……?
そして、もっと分からないのが、「俺が一度失敗をしている」と言う話だ。俺が虹の糸の伝説で一度失敗していると言う意味なのか? いつ? 前回、女になった時か? これはまったく想像が付かない。失敗した俺はどうなったんだ? 今も元気じゃないか。……いや、失敗した俺は何かを失い、そのまま抜け殻のように歳を重ね……。
俺は頭を振った。
何を言っている。そんなどこかで見た夢のような話。
だけれど……先ほど俺に起きた現象は忘れない方が良い気がする。色を……探す。この事を記憶の片隅に置いた方が良いだろう。色は人。俺の助けになる人間。千夏や正也、洵花がそうなら……他に候補は僅かにいる。
例えば松尾、久美、……穂乃花さんや南条さんはどうだ? もしかして……畑中楽斗? 工藤君? まさか事務所の社長や水沢沙織は無いと思うが、それでも結構いる。残りは4人で良いってのに、意外に俺にも友達がいるんだな……。しかし、その中に色の人間がいるとは限らない。これから出会う人にも……?
「和海ぃ。早く行こうぜ!」
階段の下から正也が俺を見上げて言った。俺は慌てて正也達のところへ行く。
……正也の弟達って可能性もあるだろう。
一体……『良くない者』ってのは誰なんだ? 先にそいつをぶん殴っちまえば良いんじゃないのか? 良くない者……か。親父か? 親父だな? 絶対奴だ!
「あ~れぇ。正也じゃん」
階段を下りたところに、たむろってる男女がいた。歳は俺らと同じくらいだが、髪型と髪色が派手だ。まあ、ヤンキーって程ではないけど。
「なんだよ、お前らかよ」
正也の舌打ちが俺には聞こえた。どうもあまり好ましくない出会いのようだ。
「お前、離れた高校に通ってんだろ? 誰かから聞いたぞ」
「私立だよ」
「地元を離れた奴が祭りに来てんじゃねーよー」
奴らは下品にギャハハと笑っている。ふん、正也も気の長い奴だ。俺が奴ならドロップキック一発で沈黙させてやるものを……。
「で、何? 弟達の世話? 相変わらず地主のお坊ちゃんは良い子ちゃんだよなぁ!」
「ち……違うぞ。それもあるけど……。今日は……デートだ!」
正也は胸を張って答えた。同時に俺は正也のそばに立ってやる。
「…………っ」
男達の息を飲む音が聞こえてきた。芸能人の俺を舐めんなよ。今は女装してるけど。
「ぶ……ブスじゃねっ? 正也の女って……ブスじゃん! 体もガリガリだしさぁ!」
女達が俺を見て騒ぎだした。こっ……こいつら、俺を『ブス』だと? 幻聴か?
男3人、女3人のグループだったが、女達の勢いに押されて男達もうなずく。女達は尚も俺に向かって言う。
「浴衣……、に…似合ってねー! もっとふっくらしている方が似合うんだっつーの!」
俺は男だ。女の姿を馬鹿にされても……気にしない。……気にしない……い……いと思うんだが、心のそこからわき上がるこれは一体なんなんだ?
「ごめんなさい、ブスで浴衣が似合わなくて……」
俺は正也の彼女を演じる手前、粛々としてみせる。
しかしむかつく。確かにお前らは女だ。染色体はメスだ。しかし、本当に人間か? ってくらい鼻が上向いているし、体も丸々と太っている。もう一度言う、お前らの学名はホモサピエンスなのか? 学名はスース・スクローファ・ドメスティクスじゃないのか? 英語でPigっつった方が分かりやすいか?
「お前ら、俺の事は良いけど……和海の事を悪く言うなんて……」
正也はこぶしを握ったが、俺は手を添えてそれを解く。お前の勝てる人数じゃない。
俺は正也の一歩前に出て、男達に向かって微笑んで見せる。
「さすが、イケめんには可愛い彼女がついているんですね。それだけカッコいいなら、私にも気持ち分かりますよー」
俺はうっとりと男を見る。こうなったら、女性としてこの身の程知らずな女達をぶっちぎってやる。
「いや……あの……」
男3人は顔が真っ赤だ。ふっ……はまったな。俺が学年男子全員から告白を受けたと言う実績からするとあたりまえだ。
「今日は浴衣じゃないみたいですけど、あなた達なら浴衣は良く似合うんでしょうね?」
今度は女達に顔を向ける。ボンレスハムを眺めながら、俺は胸の下に腕を組み、お尻を突き出してみせる。横から見ている男達には俺の体のくびれが浴衣と言えどもよく分かるだろう。
「あっ! そうだ! さっき正也さんは出来なかったんですけど、射的で欲しい景品があったんです! 取ってくれません?」
俺は男の一人の腕を取り、胸を押し付けながら言った。ふっふっふ。どうだ俺の胸の感触は。今日は女を演じるために乳が必要なので、さらしをゆるゆるに巻いている。
「ぶはっ!」
男の鼻から血が吹き出た。見たか! 俺の力をっ!
慌てて俺の腕を振りほどかせた女が言う。
「ちょっと! 人の友達を誘惑しないでよ!」
「えっ? まさか……。『ブス』な私がそんな事出来るはずがありませんよー」
俺が小さく笑うと、女の歯軋りが聞こえてきた。
「もう私帰る! 行こっ!」
女の一人がそう言うと、女二人を連れて街の方へ歩いていく。
勝った……と、心で叫びながら女の背中を見送る俺のところに正也が来る。
「ごめんな和海。俺のために…痛てっ!」
正也は俺の前で転んだ。男の一人が上げていた足を下ろして言った。
「正也のくせに、綺麗な女連れてんじゃねーよ!」
俺にも何か言いたそうだったが、その正也が連れている彼女なのでまさかよこせとは言いにくいみたいだった。
男達は女達を追うそぶりを見せたが、俺がじっと見ていると可愛くも無い女を追うのが恥ずかしくなったのか、神社の方へ歩いていった。
「大丈夫か、正也」
俺が正也のそばにかがみこむと、正也は恥ずかしそうに立ち上がった。浴衣は石畳と擦れて破れており、膝から血がにじんでいた。弟と妹も心配そうに兄を見ている。
「へへ……大丈夫。浴衣も安物だし。俺さ、基本的には地元の奴とは仲が良いんだけど、さっきの新興住宅地の奴らとは仲が悪くてさ。地主の息子だから特別扱いとかされるのが気に食わないみたいで……」
「違うな。どうせ金持ちへの嫉妬さ」
俺がそう言うと、正也は「えへへ」と笑った。
「正也、二人っきりで話がある。ちょっと向こうへ来い」
「えっ? 弟達は?」
「正也、ここで待ってろ」
俺は正也を階段のそばで立たせ、弟と妹の手を引いて屋台に向かう。
「おっじさーん、これ三つくださいな」
「三つかい! おじょうちゃん達可愛いねー。きっとよく似合うよ~」
俺はお面を手にし、洋太に仮面ライダーを、眞子にプリキュアをかぶせてあげる。そして、また手を引いて歩き、屋台が並んでいる中ほどに立っている腕章をしたおじさんの所へ行く。この人は祭りの実行委員の人だ。
「おじさーん。お願いがあるんですけどぉ」
「おっ! さっきのお嬢ちゃんじゃないか。大野さんとこの正也君の彼女のっ!」
「洋太君と眞子ちゃんをほんの5分で良いから預かってくれませんかぁ? 正也君が怪我しちゃってぇ」
「えっ! それは大変だ。でも、おじさんはそんな仕事じゃないからなぁ。薬なら持ってきてあげられるけども……」
「お・ね・が・い!」
俺はおじさんに抱きつく。そして、顔を真っ赤にしているおじさんの手に子供達の手をつながせる。
「洋太君、眞子ちゃん、おとなしくしているんですよ。すぐ戻ってくるからね!」
俺は走って正也のところへ戻ると、奴を神社脇の茂みに強引に連れ込んだ。
「なっ……なんだよ和海! もしかして……まさか……俺と……」
「すまん! 正也!」
―ドスッ―
首元の一撃で正也はうつぶせに倒れた。その正也の帯を緩め、浴衣を脱がせる。
天が許しても地が許しても、世界の全てが許したとしても……俺が許さん!
神に成り代わり、鉄槌を下す。
そう、俺の名前は……
「パーマン?」
「おい、あれは正也の浴衣じゃねーか?」
「なんだよ正也。文句でもあるのかよ?」
俺は神社の境内横で、地べたに座っていた奴らの前に立つ。静かな場所に俺の下駄の音が響いた。
「なんだよ、変なお面かぶってよ?」
「ちょっと正也縮んでないか?」
「何か言えっつうんだよ!」
勇ましく前に出てきた男がいた。こいつは先ほど正也を足蹴にした奴だ。
―ドゴッ―
俺の膝が奴のみぞおちに突き刺さり、俺とすれ違うようにそいつは倒れた。浴衣のすそを開けながら、俺は更に前に進む。
「てっ…てめえ! パーマンのお面かぶっているからって強くなった気になってんじゃねーぞぉ!」
「この野郎!」
二人は俺に向かって襲い掛かってきた。
……くらえ、下駄かかと落とし!
静かな場所に、木槌で中身の詰まってない物を叩く音が二回響いた。
「正也、おい正也!」
俺が洋太と眞子と一緒に揺り動かすと、正也は目を開けた。
「かゆい……なんか蚊にかまれてる……」
手足を掻きながら立ち上がった正也は何か浴衣に違和感があるようなそぶりをする。
「あれ? 帯が緩んでいるような……」
「転んだからだって!」
完全には納得していない正也を連れ、俺達は夜店が並んでいる通りに出た。
「さて、ひと暴れしたから、小腹が空いたな。焼きそばか何か買うかなぁ」
俺が夜店を眺めながら歩くと、正也が俺に言う。
「ひと暴れって何?」
「にゃはは!」
俺は先ほど洋太達を預かってくれたおじさんを見つけると、投げキッスを送る。おじさんは俺を見ながらよろけた。
うん、なかなか気分が良い。
その時、正面から歩いてくるおばさんと目があった。典型的なおばさんパーマをしているその人は真っ直ぐに俺に向かってくる。
「お母さーん!」
「お母さーん!」
その人に向かって洋太と眞子が走って行った。
……えっ? 誰? 親戚のおばさん? 家政婦さん? でも……今、お母さんって?
「あれ? お母さんもう帰ってきたのかよ? 早いなぁ」
正也も近づいておばさんに声をかけた。 ……なっ…何がどうなって?
「夜遅くなると思ってたけど、少し早く空港に着いたら、一本早い便に乗れたのよ。洋太も眞子もおとなしくしてた? あらっ! そちらは……正也の友達?」
おばさんの目が俺に向いた。
「いや! 俺の彼女!」
俺の前に来てそう言った正也。俺は正也の首に腕を回し、自分に引き寄せて耳元で聞く。
「お前の……母さんは死んだんじゃなかったのかよ?」
「えっ? 死んだ? 誰が? 俺のお母さんは北海道旅行へ行ってただけだぜ?」
「お前! 母さんがいないって言ってただろっ!」
「うん、だからいなかったって。旅行だもん」
うぉぉぉぉ! この野郎ぅぅぅぅ! 仇を討ってやるんじゃなかったぁぁぁぁ!
数日後、正也の地元では、あまり人を怒らせると『正也パーマン』が出るとの噂が広まり、新興住宅地の奴らも大人しくなったって聞いた。