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第1話 「またまた雲行きが怪しくなってきた」

2012年5月~の作品になります。『ナデシコダンジ』の続編です。

 俺の名前は神野(じんの)和海(かずみ)。古き良き時代に存在した『日本男児』の生き残りである。こんな俺に育てた化け物……ではなく、親父の神野(じんの)(ただ)(ふみ)にはその点だけは感謝をしている。まあ、他は全て及第点な父親だがな。


 日本男児、男の中の男、そう言えば昔の銀幕スターを想像するだろうが、まあ俺もそんな感じだと思ってくれればいい。


 ただ、多少違う点はもちろんある。渋い一重まぶたでは無く、運が悪い事にぱっちり二重(ふたえ)の目は俺も残念だ。他にも幼いころのトラウマで、髪型は角刈りではなく、耳が隠れてしまうくらいのやや長めの髪とか……、これは心の傷だから仕方がない。あごも四角いがっちりとしたのが良かったのだが、親父は俺が子供のころ女の子を扱うように溺愛し、ご飯よりも固い物を食べさせなかったおかげで、驚くべき細いあごになっている。


 ……顔の特徴を並べたら敬愛する高倉健さんとはまったく違う顔のような気がするが、心は日本男児百パーセントなのだ。


 俺のことを女顔って言う奴や、女扱いする奴は即座にハンマーパンチだ。ちなみに同じクラスメートの正也には、高校一年生の間に367発はそれを打ち込んでいる。




 そんな訳で、俺は今日も男らしく学校へ登校する。


「おはよう、和海クン!」


「おう、千夏」


 ん? この駅で待ち合わせした女の子は誰かって? 誰も何も、名前は山本(やまもと)千夏(ちなつ)。続柄は『俺の彼女』じゃねーか。


高校二年生になったばかりのくせに彼女とかって軟派じゃねーのかって? 馬鹿言うな。日本男児と言えども結婚はする。女と付き合うの事の何が悪いんだ。若すぎる? 運命の相手にこの歳で出会ってしまったんだから仕方ないだろ。


もちろん、俺が十八歳になる高校三年生の冬に婚約して、生活が安定し次第結婚だ。これが日本男児ってもんだ! もちろん二股や浮気など絶対しねぇ! その時はこの腹を掻っ捌いて、千夏に介錯をしてもらうぜっ! 


因みに俺の横を歩いている千夏は、切れ長で大きな目をしており、まっすぐな鼻筋、整った口、要するに美女だ。そんな女にベタ惚れされており、もちろん俺も……あの……、あ…あ…あ…愛し…して…して…し…………


「さっきから何をぶつぶつ言っているの? 和海クン?」


「いや……別に……」


 顔を赤くして背けた俺の手を千夏は握ってきた。俺もいつものように握り返す。


 ……後、キスはまだだったりする。




 教室に入るとまっすぐに俺に突っ込んでくる男子がいる。さっき少し名前を出した男、大野正也だ。俺の前に立って気を付けの姿勢で止まると、笑顔で俺の肩を叩こうとする。


もちろんそれを俺は半身になってかわした。こいつは挨拶にかこつけて、俺の体を触ってこようとする真正そっち系だ。一言でいうと、『お姉系の卵』。外見は男で本人曰く内面も男らしいんだが、俺のことは大好きだと公言する。非常に危険かつ厄介な男だ。


元々正也は男が好きな奴では無かった。奴は今でも一応女が好きらしい。ただ、俺も好きだと言う事だ。それの原因となる出来事が、実は高校一年生の時にあったんだ。


それは、俺が一時期……と言うか、高校一年生の大部分を、女として過ごしてしまった事だ。女の恰好としたとか、女っぽいしゃべり方をしたとかじゃない。服装は男、話し方も男。だが、女だったんだ。良くわからないかもしれないが、胸が付き出てアレが消失し、DNAから女になった時期があったんだ。


……まあ、信じられないだろうが、信じなくてもいい。もう元に戻って男になったんだから。正也はその時から俺のコアなファンとして存在してやがる。




「和海に回すなっ!」


「ちょっ……、動きが速すぎて……」


 俺は空中でバスケットボールを掴む。一年生の時にあった事件で部活をやる機会は逃したが、体育は大得意だ。フェイントでディフェンスをかわし、単独でゴールへ向かう。身長こそ170センチに届かないが、バスケやバレーボールも運動部の奴ら並みにこなす自信があるぜ。


 そんな俺の目の前に、正也が両手を広げて立ちふさがった。俺はドリブルをしながら体を左右に揺する。あのバカをかわしてレイアップシュートで2点ゲットだ。


「どけぇ! 正也ぁ!」


「させるかぁ!」


 ドタドタと乱れた足音をさせて近づいてきた正也。俺は左に行くと見せかけて、奴の隙ができた反対側を狙う。


「和海ぃ!」


「うわっ!」


 奴の手はディフェンスのために広げたのでは無かったようで、両腕で俺の体をラグビーのタックルのように掴んできた。おまけに……こいつ、俺の尻を触ってないか……?


「馬鹿っ! 死ねっ!」


 俺は頭突きを決めると、崩れ落ちる奴のみぞおちに膝を見舞う。瞬殺コンボを食らった正也が白目を剥いたところ、俺はその背中を蹴って高く飛び上がる。


「必殺、痴漢撃退ダンク!」


 俺は右手で、バスケゴールに直接ボールを叩きこんだ。


[ピピッ]


「反則!」


「ちょっと待ってくれよ! 正也だぜっ!」


「……あ、本当だ。じゃあ、ゴール!」


「先生ぃー、そりゃないよぉぉー」


 体育教師のジャージを引っ張っている正也に背を向け、俺は同じチームの仲間とハイタッチをする。


 実に楽しい。やっぱり、女より男の方が楽しいぜっ!



 女になっていた間は、ホルモンの影響なのか女的な性格になりつつあった俺だったが、もう完全に男に戻っていた。




 体育で汗を流した後の昼休み。


 俺は千夏と一緒に教室で昼飯を食べる。まあ、この歳で愛妻弁当を食べることができる幸せな男は日本全国探しても俺だけ……かもしれないな!


「上手いな。卵焼き。うちの母さんが今度教えてくれって言ってたぞ」


「そんな……普通だよ」


 千夏は外見だけじゃなく、中身も美人だ。おしとやかで、つつましく、控えめであり……、大和撫子の4文字で表現できる。


実は高校一年生の間は俺と同じく性別が逆転する病気にかかっており、男として過ごしていた。元に戻った今も、髪はその名残で短めなのだが、最近ようやくセミロングと言える長さになってきた。俺は是非ともこのまま伸ばして黒髪ロングにしてくれと頼んでいる訳だが、千夏も子供の頃から長い方が好きらしく、快諾してくれている。



俺が千夏の作った弁当を褒めて楽しく食べていたところ、髪の長さだけは俺の理想の女子が俺達の所へ来た。


「和海くーん。私のも食べてよー。今日は手作りのお弁当なんだ! これっ、アスパラを茹でてマヨネーズつけた物! 私の新作なんだっ! はい、あーん」


「ゆ……茹でて、マヨネーズ? し……新作?」


 俺は山賊でも思いつきそうなシンプルな料理方法で手を加えられたアスパラを口に入れてもらう。なんせアスパラガスは大好きだから……、


「………………千夏、ティッシュ」


 俺は千夏からもらったティッシュに、口の中の物を吐き出した。


「なっ! 何するのよぉ! せっかくの私の料理をぉ」


「久美……これスジばかりなんだけど……」


「えー……。おかしいなぁ。若い不出来っぽい芽の部分はちゃんと捨てたのになぁ……」


「バカたれっ! アスパラはそっちを食べるんだよっ! 下の固い所こそ捨てるんだっ!」


「えっ! そうだったの!? まあいいや! じゃあ、このじゃがバターなんてどう?」


「……なんでこんなにジャガイモが小さいんだ?」


「使ったのはすっごく大きいのだったんだよ! でもさ、剥いたら小さくなるの。多分、もうちょっと大きいの探して買ってこないといけなかったんだなぁ……」


「それは久美の剥き方に問題があるんだと思うぞ……」


 俺はサイコロほどの大きさのジャガイモを摘まんで口に入れた。……バターの味しかしねぇ。


「久美ちゃん……。あの……私の彼氏だから……あんまり……」


 そんな久美をもごもご言いながら見ていた千夏だったが、俺の腕に急に抱きついてきた。


「千夏と和海君が付き合っているのは分かってるけどさぁ、一年生の時に言ったみたいに、私も和海君がタイプなんだぁ。……たまに貸して?」


 俺のもう片方の腕にくっついてきた久美に向かって、千夏はブンブンと首を強く横に振って見せる。まったく久美の奴は……。大体、一年の時に千夏とキスをするチャンスをぶち壊したのもこいつだったんだよなぁ……。 


 一年生の時から同じクラスな奴は他にもいる。正也もそうだし、学年一でかい松尾もそうだ。もちろん千夏も二年連続同じクラスだ。学年全体で4クラスしかないので、まあ妥当な人数と言える。 


 久美は妙に明るくておしゃべりな奴って印象だが、黙っていればクラスでも千夏の次くらいに可愛い。スタイルもスレンダーで中々の物だが、胸が上げ底なのは俺だけが知っている秘密だ。人に言おうとしたら、グーで殴り掛かってくる。


 正也の奴は俺と同じくらいの中肉中背だけど、顔は間抜け面。松尾は187センチのでっかいやつ。この二人の紹介はこれで十分だ。どちらも俺が女の時に告白をしてきた前科持ちでもあるかな。



「そういえば最近、変質者が学校の近くに出没しているらしいよね」


「あ、俺も部活の奴から聞いた」


 久美がそんな話題を振ると、近くで弁当を食べていた松尾が話に加わってきた。


「遠くから下校する生徒をじっと見ていたり、話しかけてきたりするんだろ? 部活帰りの時間帯くらいに。俺はまだ見たことないけど」


「そうそう。私の部に見た子がいるのよ。一見普通っぽいけど、目つきが尋常じゃなかったらしいよ。カメラも持っていたって噂で、危ない奴よね」


 二人の話を聞いて、俺の腕を抱きしめる千夏の体に力が入った。だが、俺と千夏は駅まで毎日一緒に帰っている仲なので、何かあれば俺が守る。


「んなの、俺が追い払ってやりたいところだが、部活帰りの時間かぁ。学校終わってから3時間も待てねえしなぁ」


「私の部活でも見学してればいいじゃないのっ! 汗を流す美少女を眺めてよ! 終わったらシャワーでも浴びて帰ればっ?」


「なんで久美の部活を眺めているだけで俺が汗かくんだよ?」


「シャワータイムをご一緒してあげるよぉ」


「アホか……」


「なんでよぉ。スキー合宿の時は一緒に家族風呂に入りかけた仲でしょぉ?」


「お……お前が勝手に言ってただけだろっ! それに結局千夏と二人で入ったし……」


「ちょぉーっと待ったぁ!」


 手を挙げて教室の隅からダッシュで参戦してきたのは正也だ。


「千夏と一緒に入ったってなんだよっ! お前ら……男と女の二人で風呂入ったってのかよっ!」


 両手で俺の肩を掴んで前後に揺すってくる正也の手を、俺は叩き落とす。


「待てって。その時俺は女だったから……」


「でも、千夏もその時男だったはずだろっ!」


「いや……俺は心が男だから、千夏の体を見ても何も思わなかったし、千夏も心が女だから、俺の女の体を見ても何も思わなかったんで……、ああ、もう、ややこしいな……」


「でも、やることはやれるでしょぉー!」


「だから久美、男が男相手になんて出来な…」


「俺はいけるぜっ!」


「お前が特別なだけだ……正也」


「えー。でも心はそうでも、男同士だったら無理だよ、正也クン……」


「あのね千夏、男と男でも工夫したらちゃんと出来るの。ただ、少しばかりアイテムが必要で…」


「久美っ! 余計なことを千夏に教えるなっ!」


 高校二年生になってまだ一か月だと言うのに、こんな事を大声で言いながら騒いでいる俺達元1年4組のメンバーは、この一日でかなり他の奴から引かれた。





 放課後になり、久美と松尾は部活に消えた。正也はこの春から始めたアルバイトのために慌ただしく帰る。俺と千夏は、いつものように二人で駅へと向かう。


俺の家はここから三駅行った場所にあり、千夏の家はと言うと電車に乗る必要が無い場所にあるが、少し回り道をして駅で俺を見送ってくれる。



「俺もバイトでもしようかなぁ」


「えー……」


「週末に俺んちに遊びに来る機会が減るの嫌か?」


「ううん。それよりも……アルバイト先に女の子がきっといるから……」


「いても……千夏より良い女なんていないって」


 俺は心の中でガッツポーズを決めた。中々躊躇して言えなかったようなセリフをついに言えた。映画のワンシーンのような俺達。これぞ二十一世紀の日本男児だ。


 千夏を見ると、顔を赤くしてうつむいていた。……もしかして、こ……これは……ベーゼをするチャンス……。おっと、俺としたことが緊張のあまり古い言葉を使ってしまった。キスをする、してもいい場面なのでは……? 付き合い始めて2か月。早くないよな? ちょうどいいよな? よし! 行くぜっ! 俺行くぜっ!



「ちょっと君達」


 急に誰かから声をかけられた。


 俺は千夏の両肩を抑えようとしていた両手をどうしていい物かと、とりあえず上下に動かして奇妙奇天烈な動きをしてみた。


「あの……そこのゾンビのマネ? みたいな事をしている君」


「……俺?」


 俺は振り返る。多分ゾンビのマネっぽい事をしている男は、50キロ四方で自分だけだと思ったからだ。


 その声の主は塀の陰から姿を現した。少し高めの身長で、短い前髪と涼しい顔。この人の顔には見覚えが……ある。


「あれ? 君達……どこかで会ったことが……無いか?」


「さぁ」


 俺は千夏の腕を引っ張って、すぐに通り過ぎようと試みる。


「君達みたいな美男美女のカップル……そうそういないよね。君が……神野和海君だね?」


 ……やばい。何か、俺の本能がそう告げている。


 彼の名前は確か南条俊夫さん。俺が女の時、スキー合宿に行く前の空港で出会ったのが最初だ。その時、俺は頼み込まれた挙句、撮らせてあげた写真が見事雑誌のイベントで投票数一位を獲得。そのイベントは数々のアイドルを排出している物として有名であり、俺は『謎の美少女』として全国に指名手配されるほどになった。しかし、その頃すでに男に戻っていた俺。その美少女は永遠の謎となった……と言う事だ。



「そんな名前の奴……いたかな? じゃ、またー」


「おっとその逃げ方、空港の時と同じだね!」


「えっ!? ……そうだっけ」


 南条さんの顔を見ると、彼は目を細めて勝ち誇った顔をしている。


「引っかかったね。君が神野和海君。あの時空港で女の子の振りをしていた子だよね?」


「え……振り?」


「聞いているよ。最近イメチェンしたんだってね? でも、高校一年生の時はもうちょっと女っぽい顔をしていたらしいね。まったく……空港では完全に女の子だと思ったよ……」


 南条さんは俺の前に写真を出してきた。空港で俺が撮らした写真だ。


「もっと……華奢に見えたけどなぁ。でも、顔はよく見ればあの子に似ている。あの時はメイクでもしていたのかな? 男でもメイクする人いるよね。当時、凝っていたの?」


 南条さんが顔を寄せてくると、俺の目は完全にバタフライを決めた。動揺を抑えられない。しかし、話からすると俺の性別が変わったとは思っていないようだ。まあ、普通そんな事なんてあるはずが無いから、女装していたと考える方が論理的だ。


「ん? ……ちょっとそれ見せて!」


 南条さんは突然、千夏のそばへ寄り、手を掴んだ。


「きゃっ」


「ちょっとアンタ……」


「何もしないっ! 何もしないんだけど……この時計……」


 俺の全身から冷や汗が噴き出した。今南条さんがじっと見ている千夏の腕に巻かれた時計は……それは写真を撮らせる代わりに俺が南条さんからもらった時計なのだ。


「ひっどいなぁ。和海君が女の子だと勘違いしている俺に時計を買わせて、それを彼女にプレゼント?」


 南条さんは怒っている様子ではないが、俺を見る目は、蛙を見る蛇のようだ。


「まあ、時計の件はとりあえず良いんだよ。俺が払った授業料みたいなもんだ。……はぁ、あの月は本当にきつかった。余計な出費のせいで給料日まで毎日を一杯のカップ麺で……それを三回に分けて食べて……」


 南条さんは小さな声で「死ぬかと思った」とつぶやいた。本当かどうか分からないが、さすが海千山千のフリーカメラマン、演技力がある。


「ぜ……全然良さそうじゃないっすね……」


「おまけにさ、イベントを盛り上げるだけ盛り上げて、一位を撮った子はどこの誰だか分からないときている。もちろん、二位の子をアイドルとしてデビューさせる訳にもいかない。僕のあの雑誌での仕事がぐんと減っちゃってさ……」


 また南条さんは「富士の樹海、綺麗だったなぁ」とつぶやいた。


「わ……分かりましたよ。でも、もうあの女っぽい感じは出せませんよ! 俺を女としてデビューさせようと考えているんだったら……」


「まさかまさか。そんな事したら、本当に干されちゃうよ」


 南条さんは胸の前で両手を振っておどけて見せた。それじゃあ、いったいこの人は何をしに来たんだ?


「あの……これ返します」


 そんな俺たちの横で、腕時計を外した千夏がそれを南条さんに差し出した。じっと寂しそうに時計を見つめる千夏の目から涙が零れ落ちそうだ。


「ちっ……違う違う! 時計は本当に良いんだって!」


 少しばつが悪そうな顔をした南条さんは、時計を手のひらで千夏に押し返した。すると千夏は目を輝かして本当に嬉しそうな顔をする。一応この時計はいろいろあった俺達の思い出の品の一つとして、千夏の宝物になっている物だからだ。


「さて、本題に入ろうか。俺は変質者と思われながらも、最近ずっと君を、和海君を探していた訳だ。中々仕事で早い時間に来られなくてね。今日はたまたま現場が近かったから、そこから直接来て待っていたら……、情報通りに君達が通りがかった」


「さっきも言いましたけど、俺を見つけてどうするつもりですか? 見たら分かると思うけど、俺はちょっと前とは顔が若干変わっちゃったんですけど……」


 真面目な顔をした南条さんに、俺も真面目に答える。


「あのイベントから二か月。まだネットからは謎の美少女の話題は消えていない。いや、むしろ二か月経った今だからこそ、機は熟したと言える」


「……まさか、千夏はダメですよ」


 俺は千夏を自分の背中に隠してそう言った。


「いや、確かに和海君の彼女も可愛い。美人だ。しかし、宣伝効果の事を考えると……君しかいない訳」


 南条さんは俺の顔を指差した。


「だから、俺はもう女の…」


「男としてデビューさせる」


「……はぁ?」


「あのイベントで優勝した子は……実は男の子だった。これは最高の宣伝になる。君を捕まえる事が出来たら、雑誌『CUTE』のメンズ誌を創刊しようかと言う案もあるほどだ」


「え……ええっ?」


「出版業界は厳しくてね。ファッション誌も当然例外じゃない。ここで、でかい花火がいる訳だよ。君にはその広告塔になってもらいたいんだ」


 そんな突飛な事を言い出す南条さんに俺は単純な疑問をぶつける。


「俺ですよ? 俺なんですよ? 女の俺は確かに可愛かったとは思うけど、今の俺はこれですよ?」


「うん?」


「俺じゃ、無理でしょ?」


「どうして? いけるだろ?」


「大丈夫だと……思うよ……」


 千夏もなぜか冗談を言い出す。


「だから、俺に何をさせる気なんですか? 変装名人で芸人の道を目指す訳ですか?」


「? ……だから、モデルだよ。とりあえず、雑誌モデル」


「はぁ? 俺が……モデル? 服とか綺麗なのを着るあれですか? 無理でしょ……」


「どうして?」


「だって……顔が……。背も低いし」


「身長については、君は170センチくらいだろ? ファッションモデルじゃないから十分だよ。頭が小さいから服は映えるし。あと、顔は……どこに問題があるんだ?」


「へっ? 俺の顔……おかしいでしょ。目は一重じゃないし、輪郭は角ばってないし、鼻の穴はもっとでかい方が良いだろうし……」


「……何の冗談?」


「和海君は……自分の顔が好きじゃないんです……」


 千夏の言葉に俺は横で頷く。やっぱ男は渋い顔じゃないと。例えば館ひろしみたいな……。


「………………………………よしっ! そういう事でよろしく!」


「何がっすか!」


 俺は肩を叩いてきた南条さんの手を払いのけた。


「アルバイト感覚でやったらいいよ。また連絡するから、携帯番号教えて」


「だからっ! 俺はそんなバイトする気はないですって!」


 南条さんは、空に顔を向けると、ワザとらしく肩をすくめながら大きなため息をついた。


「俺は『CUTE GIRL』の特集で失敗してしまった。確かに、女か男か見抜けなかった俺も悪いけど、明らかに『お姉さん』とか呼んで女の子と思い込んでいる男相手に、君も自分の性別を言わないのは悪いよね?」


「だっ……だから?」


「俺は仕事の失敗を取り返そうと頑張っている訳。責任があるからね。それで……君は何もしてくれないのかい? 俺にこのまま……汚名を挽回させる気? ちょっとは手伝ってくれないかなぁ。しかも、ギャラはちゃんと払うし!」


「と……と言ってもさぁ、俺は高校生で忙しいし……」


「男は責任を取る! それが男っ! ……君は?」


 指差された俺は体を仰け反らす。やばい……南条さんはこの辺りで変質者と思われるくらい聞きこんだだけある。入念に下調べを終えてやがる……。


 そして彼はゆっくりと口を開いて言った。


「…………なんて男らしくない」


「ちょっと待ったぁ! やってやるぜ! 俺は男だっ! 日本男児だっ!」


 耳から聞こえた声が、脳を経由せずに口に折り返してしまっていた。南条さんの前に右腕を突き出し、俺はまさかのガッツポーズまでしている。


「よしっ! 決まり! 男が一度言った事をすぐ変えないよね。さあ、さあ、携帯出して」


 不安気な顔で俺の手を握ってくる千夏。……この流れ、どうなってしまうんだ俺は……。

 

 


注意、『ナデシコダンジ1』の時のように毎日更新ではありません。不定期更新です。

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