口ゴミ
木下は苛立ちを隠せないでいた。
自身が院長として勤務する個人病院の低評価の口コミ投稿に。
たしかに彼にも至らなさはあった。
もう少しオブラートに包んだ上で病状を説明できていれば。
患者さんの質問に真摯に回答していれば。
そんな後悔が頭をよぎる。
でも気がつけば目の前の患者さんに向かって呆れたように「検査をしてないのに分かるわけないでしょ」と吐き捨てていた。
休診日にゴルフをしに行かずに弁護士事務所の扉を開けたのは星1つの口コミ投稿の削除について相談するためだった。
「ひどい書きようですね」
40代半ばの、腕にロレックスデイトジャストをラフに着けたシワひとつないスーツ姿の弁護士が言った。
「削除してもらえますか?」
木下が生まれ変わるためにはそれしかないと思っていた。
「一応、削除のお願いをしてみますね」
そう言ってデイトジャストの文字盤を眺めた。
どうやら時間に追われる敏腕の弁護士のようだと彼は期待したのだった。
木下心療内科の口コミ投稿の総合評価が5.0になっているのに気がついたのは患者さんの田中だった。
「低評価の口コミは消してもらったんだ」
田中は総合評価が2.2の時からたびたび星1つの口コミ投稿を中心に見ては笑いが込み上げている1人だった。
ざまあみろ。どんな顔してるんだろう。今ごろ悔しい思いをしているんだろうな。
でも、受付のババアはむしろ日々の院長へのうっぷんからスカッとしているんじゃないか?
でも院長のことが嫌いなわけではなかった。むしろ好きだった。なのに、ボロクソに書かれている口コミを読んでいる院長や受付のスタッフの顔色を想像するとなんだか気分が高揚せずにはいられなかった。
木下は安堵していた。
星1つの口コミは全て削除され、ついでに星2〜4の口コミも削除してもらった。
そして、まっさらになった口コミ投稿欄に星5つだけの口コミを家族やスタッフ、親戚に投稿してもらった。
なので、今、口コミの総合評価は5.0だ。
5.0になってから閑古鳥が鳴いていた院内は見違えるように多くの患者さんでいっぱいになった。そしてその多くは待合のイスに座りながらスマートフォンを見つめていた。
それを見渡しながら、「情弱のバカどもだ」
と田中はまた笑いそうになった。
今日は月に一度のカウンセリングの日である。
「田中さん」と呼ばれるまで一番後ろのイスの端に座りながら加湿器の煙を吸い込んでいた。
「口コミの評価が5.0だったので期待していたのですが、冷たい対応でショックでした」
★1。
そして、あげくには過去に星1で投稿していたユーザーが再度同じ内容を投稿し始めたのだ。
「2.3年前になりますが、、、」
★1。
田中はそれを見ると横隔膜が小刻みに震え、堪らえようとしても出てしまう鼻息の荒さにどうすることもできずにいた。




