淡々とした日常
「環境が悪かったら、自分でより良い環境に行くしかない」
私には足りないものが沢山あった。でも、そんな私には強みがある。家に住んでいることだ。
両親には嫌われているけど、王国では15才まで子供を育てる義務がある。なんにせよ、雨をしのげる家がある。
……本来なら、衣食住といいたいところだけど……、私はまともなご飯を食べていない。両親の商いはレストランの運営。そのレストランで出てくる残飯を出されるだけだった。
比較的、可愛がられている兄は、母がちゃんとしたものを作っている。馬鹿だった私は、何も気にしていなかった。
ぶくぶく太ってしまったのも、栄養バランスが悪かったからだ。
今、私がいるのは、早朝の冒険者ギルドに併設されている食堂。
王国の冒険者ギルドは王営だ。どんなトラブルでも解決できるように24時間、門を開け放っている。
必然的に食堂も24時間開いている。どんな時間でも冒険者に食事を提供できるようにするためだ。
私は、食堂の隅の席で、ノートを広げていた。走馬灯スキルで思い浮かんだ出来事を可能な限り書き記す。人の記憶は当てにならない。記憶が鮮明なうちに、有益で確実な情報を得る必要がある。
私の感覚は「大人」に近いものになったんだろう。
でも、自分の能力が「大人」になったわけじゃない。知能、身体能力、魔力、その全てが劣等生だ。
走馬灯の私は、四十を越えたころに、自分の努力不足を嘆いて、生まれ変わろうと努力した。
「……まだ14才。……まずは勉強、それと基礎魔力と基礎体力の構築」
この世界には勉強できる教材が腐るほどある。物理学、数学、魔導学、歴史学、戦略戦術学、学園で習うのはほんの一部だ。
たとえば、この冒険者ギルドには本が沢山ある。その本から知識を得ることができる。
その知識は体力作りと魔力作りに影響する。正しいやり方を極限まで続ければいいだけ。
「あとは……お金が必要」
私はお小遣いをもらっていない。両親から見捨てられている私にかけるお金はない。自分の貯蓄はゼロ。着ているものも、制服しかない。
……最終的に冒険者になるとしても、今の私では登録さえ出来ない。だって王営だから審査が厳しい。逆に、審査を乗り越えられれば、年齢関係なく冒険者になれる。
「……できる範囲のお金稼ぎからやろう」
あとは、趣味も必要だ。心が潤わないと、人は精神的に死んでしまう。……妄想が好きだった私は、本が書けるかも。
色んなことに挑戦してみよう。
短期、中期、長期的な目標を決めた。あとは行動のみだ。
***
「私の進路? もちろん、この学園の高等部でしょ」
「でもさ、ここって田舎だからね〜」
「フィリス君ってどうなるんだろうね? あんなにすごいから、中央で英雄になっちゃうとか?」
「お姫様に見初められたり?」
「あっ、リリスが来たよ。みんな無視してね」
教室はいつも通りだった。中等部二年、14才。もしかしたら、その年齢にしたら幼い振る舞いかもしれない。だけど、子供はこんなものだろう。
私の経験だけど、こんな雑音は気にしなければいいんだ。
子供は変わりやすい。
橋から落ちた事件があってからか、私をいじめようとするクラスメイトはぐっと少なくなった。
といっても、誰も話しかけてこない。そういう「空気」が教室に出来たからだ。
もちろん、あの時話しかけてきたキース君も、教室では私に話しかけてこようともしない。
気楽で良い。
私は授業を真面目に受けながら、勉強に励むのであった。
***
春が過ぎ、ジメッとした梅雨が明けて初夏に変わる。冒険者ギルドのつてで、他国へ留学していた夏休みも終わり、涼し気な秋へと季節が変わる。
教室の自席でHRをまっていると、声をかけられた。うちのクラスでは珍しい。最近は他のクラスの生徒からはよく声をかけられる。
「バカリリス、お前は夏休みどこ行ってたんだ?」
「うん、リリスさん、少し日に焼けたかな? 肌が汚くなるからやめたほうがいいよ」
「はっ、どうせお前は馬鹿だから宿題やってねえだろうよ? 手伝ってやるぜ」
こんな風に話しかけられたのは何か月ぶりだろう。
第三者の目線でこの会話を聞いていたら、どんな風に感じるんだろう?
諦めに近い感情、なのかな?
そういえば、久しぶりにフィリス君の顔を見たような気がした。この人に恋をしたのが、もう何十年も前のように感じられる。
「この秋に、毎年恒例の冒険者体験会があるでしょ?……ほら、僕が冒険者になりたいって《《みんな》》に言ったでしょ? お父様が高等部に入学したら冒険者ライセンス取っていいっていってね」
「ああ、リリスも俺達と一緒の班になろうぜ! 初級ダンジョンで冒険しようぜ!」
私は言葉が出なかった。なぜ、彼らはこんな風に、何事もなかったかのように接することができるんだ?
それが若者の文化といっても、私には理解できない。ただの精神性が幼いばけものなだけだ。
口を開くと、鋭い言葉が出そうになる。ふと、マリアンさんが私たちの間に入ってきた。
「なになに? 冒険者体験会の話? もちろん、私も班にいれてよね!」
三人で喋り始めたのを見計らって、私は席を立った。こんな馴れ合いはごめんだ。




