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私はもう恋なんてする必要もない――平凡でバカだと言われた庶民なので、何も言わずにいなくなりますね  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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3/6

孤独と孤高


「ね、ねえ、次の魔法実技でペアを……」


「……邪魔だからどっかいってよ」


 昔から独りぼっちが多かったけど、孤独は感じなかった。でも今は……すごく寂しい。


 クラスメイトの庶民、貴族、身分を問わず誰も私に話しかけてこなかった。必要な連絡事項さえ、教えてくれない。


 兄が振るう暴力とは違ったキツさがあった。心の暴力って言えばいいのかな……。


 通りかかるクラスメイトは私を見て失笑する。心が押しつぶされそうだった。


 それでも……、私は両親に無駄な心配をさせないために、学園に通わないといけない。


 キース君もフィリス君も目も合わせてくれない。フリーダさんは私を率先して嫌がらせをする。


 狭い世界の中等部。私にとって、家と学園が全てだ。

 だから、今、私にとってこの世界は地獄なんだ。大丈夫、きっといつか終わりがある。


 放課後になると、私は逃げるように教室をでる。

 私が唯一安らげる時間、それは学園から帰る時間だけだった。誰にも邪魔されず、王都の外れのこの街をゆっくりと歩く。そして、橋の上から街を眺めること。


 普通の生活というものは、何も変わらないつまらないものだと思っていた。特別なものじゃないと思っていた。


 でも、私は勘違いしていたんだ。


 普通の暮らしはかけがえのないもので、努力しないと手に入らないものなんだ――


「お〜い、待てよ!! リリス、逃げるなよ!」


「え……?」


 絶対的な領域だと思っていたこの時間。振り向くと、キース君が走り寄っていた。その横にはフリーダさんと取り巻きの女子生徒たち。


 頭がパニックになった。殴られる、虐められる、それしか頭に浮かばなかった。

 俯かせたままの顔を上げられない。


 キース君たちの足音がと止まった。きっと、あの嫌な笑みで私を見ているんだ。


「……いや、もう痛いのはいや……」


「はっ? 別に痛くしてねえだろ。……あのさ、流石に――あっ、ちょっと待てよ!」

「バカッ! 逃げるんじゃないわよ!」


 大きな声を聞くと心臓が跳ね上がる。

 私は駆け出していた。何もかも全てから逃げ出すように――


 そして――


「あっ」


 足元に地面がなかった。視界が反転する。思い浮かんだのは、橋、という言葉。

 遠くから聞こえてきた声。


「やべえ、逃げ」「マジで落ち――」


 わけもわからず水の中に落下した。

 衝撃、痛い、水、光、汚い、沈む、泳げない。

 ガボ、ガボ、と空気が漏れるような音だけが聞こえる。目を開けたいけど、水が怖い私にはそんなことできない。


 苦しい。


 私は自分がもう助からない、と思った。





 その瞬間、全てがスローモーションとなり、私の頭の中で誰かの言葉が聞こえた。


「『走馬灯スキル』発現します――」


 全身の穴から血が吹き出したような感覚に陥った。私の脳裏に、私の三十年先の記憶が、死ぬ前の走馬灯のように一瞬で駆け巡る。それは記憶だけでなく、確実に経験したものだった。


 ……私は、三十年間、苦しんだんだ。


 水の中で目を開いた。四肢に力を入れて、水面へと向かった。




「はぁ〜〜、すぅ……、げほ、げほっ……」


 河原にたどり着いた私は、立ち止まらない。そんな時間は私にはない。時間は有限だ。

 周りを見渡すと、特に誰に気配もなかった。……私、スキルを覚醒していなかったら、パニックで死んでいたかも知れない。


「どうでもいい。私の努力が足りなかっただけ。凡人なら凡人なりの努力を――」


 環境のせいにするな。他人のせいにするな。自分の性格のせいにするな。

 全ては努力で変えられるんだ。


「……私、まだ14才なんだ」


 ポツリと呟いた一言。もう14才ではなく、まだ14才。


 努力が足りなければ、私はこの世界で死ぬ。漠然とだけど、私は自分の運命を見ることが出来た。


 頭も悪い、運動もできない、魔法もうまく使えない、かといって貴族に見初められるほどの容姿でもない。


「……諦めない。私は絶対に諦めない」


 空を見上げる。夕暮れが綺麗だった。私の人生はあと30年しかない。漠然とだが、私の最後は苦しみながら死んでしまったことを覚えている。


「よいしょっと」


 人生の二周目とも違う、経験値が残っているわけでもない、ただ、自分の意思に変化が起きただけのスキル。役に立たないと思われるかもしれない。


 でも、私はこのスキルで自分の命を救えた。


「計画を立てよう。それをこなすための身体づくりも必要だ。足りないものが多すぎる」


 河原を上り、街道へと歩く。

 そんな私に向かって走ってくる人影が見えた。


 キース君だ。キース君は逃げたはずだった。一人みたいだけど……。


「お、お前、怪我……はぁはぁ、大丈夫なのかよ?」


「ええ、大丈夫です」


 不思議な気持ちになった。以前は、キース君に話しかけられて、浮かれたような気がした。

 今はなんとも思わない。ただの道端の石ころにしか見えない。


「と、とにかく、フィリスもお前のことを心配して――」


 フィリス……、ああ、私の初恋だった人だ。

 ……あれ? あの時の感情は過去の記憶として残っているけど、今の私はまったく何もときめかない。

 むしろ、あんな男に恋をした自分がバカだったと思えた。


 そうか、初恋って実らないっていうもんね。


「……あの、帰るのでどいてください」


「はっ? なんだよ、その態度は!? 心配してマジで損したぜ」


 そもそも、嫌がるのに追いかけてきたの……。面倒だから言う必要ない。

 無駄な言葉は軋轢を生む。無駄な親交は誤解を招き、災いが起きる。


 去っていくキース君のことを意識から消した。


 今、私は学園で誰からも無視されている存在だ。なら、無駄がない。好都合だ。努力をするためにはストイックにならないといけない。


 それに確信した。私の精神は老成された。何が変わったか説明しづらいけど、きっとこれが大人のような感覚なんだろうね。

 

 キース君が声をかけてきても全然何も感じなかった。驚き、悲しみ、恐怖、一欠片も感じない。




「……もう、恋なんてする必要もないね」



 

 私は兄が帰ってくる前にこのずぶ濡れの身体をどうにかしておきたい。少し小走りで家路につくことにした。




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