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♯1出会いは失恋の後で

恋に勝つ人がいれば、

必ず、負ける人がいる。

誰かに選ばれなかったからといって、

その恋が間違いだったわけじゃない。

ただ、少しだけ――

タイミングと、相手が違っただけだ。

これは、

そんな「負けヒロイン」と出会った、

ひとりの少年の話。

そして、

負けたはずの恋が、

もう一度始まってしまう物語。

綾瀬遥は、自分のことを「普通」だと思っている。

成績は平均。運動も平均。

クラスでは特別目立つこともなければ、影が薄いわけでもない。

話しかけられれば話すし、必要以上に自分から踏み込むことはしない。

誰かの恋愛話を聞いても、ふーん、で終わる。

感情の起伏が少ないわけじゃないが、深く考えすぎない性格だ。

だからこの日も、

自分の人生が少しだけズレ始めるなんて、思ってもいなかった。

校舎の角を曲がった、その瞬間だった。


「――っ!」


どん、という衝撃が胸に伝わる。

視界に飛び込んできたのは、同じ制服を着た女子生徒だった。

俯いた顔。乱れた呼吸。

肩が小さく震えている。

どう見ても、泣いている。


「大丈夫?」


気づけば、遥はそう言って手を差し出していた。

理由なんてない。ただ、放っておけなかっただけだ。

けれど――


「っっなんでもない!」


強い声。

少女は遥の手を見ることもなく、顔を背け、そのまま走り去ってしまった。

取り残された遥は、しばらくその場に立ち尽くす。


(……なんだったんだ、今の)


名前も知らない。

顔もはっきりとは見えていない。

ただ、泣いていたことと、必死に逃げるような背中だけが、妙に頭に残った。

放課後。

遥は友達を待つため、隣のクラスの教室にいた。

人気のない教室に、夕方の光が斜めに差し込んでいる。

静かすぎる空間と、昼から溜まった眠気。

気づけば机に突っ伏したまま、遥はうとうとしていた。

――どれくらい寝ていたのか。

目を開けると、教室の中央あたりに人影があった。


「……ん?」


同じ制服。

少し俯いた横顔。

どこか沈んだ雰囲気。


(……あ)


朝、校舎の角でぶつかって泣いてた女の子だ。

泣いてはいない。

それでも、落ち込んでいるのが一目で分かる。


(もしかして失恋かな?)


遥は立ち上がり、特に気まずさを感じることもなく声をかけた。


「今朝ぶつかった子じゃん」


少女――齋藤心音は、びくりと肩を震わせて顔を上げる。

遥は少し考え込むように視線を泳がせ、それから軽く笑った。


「失恋女ちゃん。失恋、聞かせてよ」


一瞬、空気が凍る。

心音の表情が、はっきりと険しくなった。

「……何?」 睨むように遥を見て、吐き捨てる。 「なんで、あんたなんかに話さなきゃいけないの?」

普段は誰にでも優しく、隔たりなく接する心音にしては、明らかに刺々しい態度だった。


「釣れないね? 喋ってよ」


遥がそう続けた瞬間、心音は勢いよく立ち上がった。


「うるさい!」


教室を出ようとして、一歩踏み出した――その時。

足が、わずかに滑る。


「あぶっ」


考えるより先に、遥の体が動いていた。

伸ばした手が、心音の手を掴む。

ぐらりとかけた体勢が引き戻され、二人の距離が一気に縮まった。

近い。

心音は息を呑み、頬を赤く染める。


「あ……」


何か言おうとして、唇がわずかに動いた、その瞬間だった。

ガラッ、と教室のドアが開く。


「遥〜」

友達の声。


「おう」


遥は短く返事をし、掴んでいた手を離す。

そして心音の方を見て、何事もなかったように言った。


「じゃあな」


そのまま教室を出ていく。

廊下に出た遥は、自分の胸に手を当て、小さく息を吐いた。


(……心臓、うるさ)


理由は分からない。

ただ、少しだけ鼓動が早かった。

一方、教室に残された心音は、その場に立ち尽くしていた。

頬を赤らめたまま、自分の胸に手を当てる。

乱れた心拍を必死に抑えながら、小さく呟いた。


「……どうしちゃったんだろ……」


夕焼けに染まる教室で、

負けヒロインの新しい恋が、静かに始まった。

第1話、ここまで読んでくれてありがとうございます。

この話は、

「報われなかった恋をした女の子」が

主役になる物語です。

でも同時に、

その隣に立つことになった

鈍感で、少し不器用な男の子の話でもあります。

まだ恋とは呼べない距離で、

まだ気持ちに名前もついていなくて、

それでも確かに、

心臓だけが先に動き出してしまった――

そんな始まりを書きました。

次回からは、

学校の日常の中で、

少しずつ、2人の距離が変わっていきます。

負けヒロインが、

本当に「負けたまま」なのかどうか。

よければ、最後まで見届けてください。

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