少年のままの午後
少年は、早く大人になりたかった。
12歳の中村陽にとって、学校の規則や宿題、家の手伝いはすべて窮屈で、自由を奪うもののように思えた。
街を歩けば、大人たちは好きなことをして、自由に振る舞い、楽しそうに笑っている――。
「大人って、いいな」
陽はため息混じりにつぶやいた。
その日の帰り道、陽はいつもの公園に立ち寄った。
ベンチには見慣れない男性が座っていた。
彼の名は藤原修一。白髪交じりの短髪に、やや疲れた表情だが穏やかな笑みを浮かべている。眼鏡の奥の瞳は優しく、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
陽は、何となくその隣に腰を下ろした。
「今日は暑いね」
と陽が言うと、藤原はゆっくり顔を上げ、微笑んだ。
「そうだね。でも、こうして座っているだけで、少し楽になる気もする」
その声には、どこか疲れた響きがあった。
陽は、思わずぽつりとつぶやいた。
「大人は羨ましいな。自由だし、何でもできるんでしょ?」
藤原は一瞬、目を伏せてから笑った。
「そう見えるかもしれない。でも、自由には責任もついてくるんだよ」
陽は少し首をかしげた。
「責任…って?」
藤原は昔の自分を思い出すように、ゆっくり語り始めた。
「僕が君くらいの年のころは、早く大人になりたくて仕方なかった。でもね、大人になってみると、自由だけじゃなくて悩みや疲れも増えるんだ」
「そうなんだ…」
陽は少し考え込む。大人になるって、憧れだけじゃ済まないのかもしれない。
午後の光が柔らかく差し込む公園で、二人はしばらく黙って座っていた。
陽は学校での小さな悩みや友達の話を、藤原は自分の少年時代の小さな冒険や失敗談を語った。
互いに知らなかった世界を少しずつ見せ合う時間は、静かで、でも確かに温かかった。
やがて、日が傾き始める。
「そろそろ帰らないと」
陽は立ち上がり、藤原に礼を言った。
「今日は、ありがとう。少しだけ、大人っていいなって思えた気がする」
藤原はにっこり笑い、陽の背中を見送った。
そして、藤原は一人ベンチに座り直し、ふと空を見上げた。
胸の奥が少し軽くなる。
目を細め、静かに呟いた。
「そうだった…いつの間にか忘れてしまっていたんだ…」
その日、藤原は少年時代の純粋さを思い出し、
陽も、大人になることの意味を少しだけ理解した。
二人の午後は、静かに、そして確かに心をつなぐ時間となった。




