第4章 選んだあとの距離 第2話 現地実技 5/7
現地実技が一区切りついた頃。
仮設区画の外れで、
イザベラは一人の神官に
呼び止められた。
年配の男だ。
装束は整っているが、
袖口には擦り切れた跡がある。
長く現場に立ち続けてきた者の手──
「失礼する」
声は低く、抑えられている。
周囲ではまだ患者の移送が続き、担架の軋む音と咳が途切れない。
「先ほどの候補生について、確認したい」
イザベラは足を止め、静かに向き直った。
背後では、補助講師と候補生たちが片付けと最終確認を進めている。
「どの候補生でしょう」
「分かっているはずだ」
神官の視線が、区画の奥を一瞬だけ示す。
淡い光が散ったあたり。
まだ人だかりの余韻が残っている。
「奇跡を途中で制御し、出力を落とした。
結果として、助かった者と、そうでない者が出た」
責める調子ではない。
だが、その問いは明確だった。
「訓練とはいえ、あの判断を許したのは誰だ?」
イザベラは即答しなかった。
一拍、置いた、そのわずかな沈黙の間に、記録と規定を頭の中で整理する。
「現地実技においては、奇跡行使の判断は候補生個人に委ねられています。
指示は出さないと、事前に通達しています」
神官の眉が、わずかに動く。
「それは承知している。
だが──!」
言葉を選ぶように、神官は息を吸った。
怒気というより、焦燥が滲む。
「“委ねる”というのは、“責任を免除する”という意味ではない」
「もちろんです」
イザベラの声は、感情を含まないまま安定している。
「全候補生すなわち、彼女の判断は、すべて記録されています。
奇跡行使時間、出力変動、周囲への影響。
評価は、救命数だけでは行いません」
「……結果として、人が集まり、混乱が増えた」
「はい」
イザベラは小さく頷いた。
「その点は、減点対象です」
神官は一瞬、言葉を失ったようだった。
責任逃れでも、言い訳でもない。
ただ事実を並べているだけだ。
「君たちは、ずいぶん厳しい評価をする」
「命を扱いますから」
イザベラは淡々と言う。
遠くで、資材を積み直す音が響いている。
「奇跡は、結果だけを見れば“成功”に見えることがあります。
ですが、現場が壊れれば、次はありません」
神官は視線を伏せた。
風に乗って、咳き込む声がかすかに届く。
「……彼女は、悪意でやったわけではない」
「承知しています」
「救おうとしただけだ」
「それも、承知しています」
だからこそ、評価が難しい。
その言葉を、イザベラは口にしなかった。
神官は小さく息を吐き、最後に一言だけ残した。
「候補生だから、で済む話ではない。
ここでは、彼女たちは“聖女”として見られる」
「はい」
イザベラは視線を逸らさずに答える。
「だからこそ、この場に連れてきました」
一瞬、沈黙が落ちる。
周囲の喧騒が、かえってその静けさを際立たせた。
やがて神官は、何も言わずに踵を返した。
納得したわけではない。
だが、これ以上踏み込めないことも理解したのだろう。
イザベラはその背を見送り、静かに記録端末を閉じた。
問題は、ここからだった。
あの候補生は、次も同じ判断をする。
止められなければ、より大きな混乱を生む。
だが、止めれば──。
彼女は、立てなくなる。
少し離れた場所で、ラファエルが何も言わずに頷いた。
マルコは遠くから全体を見渡したまま、視線を動かさない。
誰も、正解を口にしない。
それが、この訓練だった。
訓練は、表向きには終わった。
だが、指導は終わっていない。
特に、あの候補生──。
判断が速く、場を動かし、そして壊しかねない者については。
講師たちは、答えを出さない。
出せないのではない。
今は、出さない。
代わりに、個別に向き合う。
止めるためではなく、立たせ続けるために。




