第4章 選んだあとの距離 第2話 現地実技 1/7
まだ空が完全には明るくならない時間帯だった。
訓練校の中庭には、薄い霧が残っている。石畳は夜の冷気を保ったままで、靴底に静かな湿りを伝えていた。
吐く息が白くほどけ、すぐに消える。
いつもの早朝訓練と同じ時刻。
その日は、整列の向きが違っていた。
訓練場ではなく、正門へ向いている。
十四名の候補生。
数は多い。だが列は乱れていない。
肩幅、間隔、視線の高さ。
基礎訓練で叩き込まれた通りに揃っている。
誰も声を張り上げない。
必要以上の会話もない。
布擦れの音と、靴底が石を踏む微かな響きだけがある。
初めての校外訓練。
それを理解していない者はいなかった。
やがて、門の外で馬の鼻息が聞こえる。
低く、湿った音。
蹄が地面を掻く気配。
門が開かれ、三台の馬車が姿を現した。
一台は候補生用。
一台は講師用。
そして最後尾に、物資と補助講師を乗せた車。
車体に紋章はない。
訓練校の所属を示す印は、最小限だ。
目立たぬこともまた、訓練の一部だった。
候補生たちの前に、最初に姿を見せたのはイザベラだった。
すでに外套を羽織り、端末を確認している。
視線は候補生ではなく、人数と装備へ向けられている。指先が画面を滑り、淡々と記録を照合する。
「点呼を行います」
声は低く、均一だった。
名前が呼ばれる。
返答は短い。
候補生たちに迷いはないが、わずかな緊張が混じる。喉の奥がわずかに乾いているのを、誰もが自覚していた。
マルコは列の端に立ち、全体を眺めている。
声は出さない。
視線は、姿勢、荷物の持ち方、足の開き、視線の高さへと落ちていく。
揃っている。
だが、静かすぎる。
ラファエルは門柱にもたれ、腕を組んでいた。
視線は一人ひとりの顔をなぞる。
目を逸らす者。
真正面を見る者。
無意識に足先を揺らす者。
誰も、まだ笑っていない。
「出発する」
マルコが短く告げる。
それだけだった。
候補生たちは順に馬車へ乗り込む。
手を貸す者はいない。
補助講師は、ただ見ている。
最後に乗り込んだのは、テリカだった。扉が閉まる前、一瞬だけ校舎を見上げる。
それは感傷ではない。
確認に近い視線だった。
扉が閉まり、車輪が石畳を軋ませる。
候補生の馬車が先に動き、講師の馬車が後に続く。
門が閉じると、訓練校は再び静かになった。
早朝訓練の時間は、まだ始まっていない。
これから場所が変わり始まるのだ。




