第4章 選んだあとの距離 第1話 歓迎されない場所へ (後半)
人数が多いということは、
判断の遅れが増える。
責任の所在が曖昧になる。
そして。
現場で誰かが必ず取り残される。
空気が、わずかに重く沈む。
「だからこそ、段階を踏みます」
イザベラが、地図の端を軽く叩いた。
爪が紙に触れると、乾いた音が小さく響いた。
「疫病都市も、拒否地区も。
到着後、最初に行うのは“現地神官への面通し”です」
ラファエルが、わずかに眉を上げた。
「先に実技じゃなくて?」
「ええ」
イザベラは顔を上げない。
「順番を間違えると、候補生が“何を扱う場所なのか”を理解しないまま動きます」
声は淡々としているが、言葉は重い。
「疫病都市では、神官は治療の象徴であり、同時に管理者です。
拒否地区では、逆に“奇跡を拒む側の代表”になる」
「どちらも、聖女候補にとっては都合が悪い存在だな」
ラファエルの言葉に、マルコが静かに頷く。
否定も補足もない。ただ、事実として受け止める動きだった。
「だから会わせます」
短い言葉。
「現場で奇跡を振るう前に、“自分たちが歓迎されていない可能性”を、身体で理解させます」
マルコの指が、地図の赤印をなぞる。
疫病都市から、拒否地区へ。
線は引かれない。ただ、なぞられるだけだ。
その指先の動きは、候補生の未来をたどるようでもあった。
「疫病都市では、救いを求められる。
拒否地区では、拒まれる。
そのどちらも、現実だ」
ランプの火が、わずかに揺れた。
「十四人全員を、連れて行きますか?」
イザベラが確認する。
初めて、地図へと視線を向けた。
「選別は、現地で行う」
マルコは迷いなく答える。
「ここで削る理由はない。
だが、向こうでは……。
全員が同じ場所に立てるとは限らない」
言葉の余白に、含みが残る。
ラファエルが、小さく息を吐いた。肩がわずかに上下する。
「脱落者が出る可能性もある、と」
「そうですね」
イザベラも否定しない。
「特に、拒否地区では。
奇跡を使えない、使わせてもらえない、という状況は……精神的な負荷が大きい」
端末の画面が暗くなり、部屋はランプの光だけに支配される。
「だから行く」
マルコは言った。
声量は変わらないが、言葉に重さが宿る。
「記録学、機械式訓練、魔力生理学も。
すべては“現場に行く前提”で積み上げてきた」
ランプの光が、三人の顔を照らす。
誰もが、候補生たちの顔を思い浮かべていた。
慣れ始めた動き。
揃い始めた判断。
そして。
まだ残っている余裕。
「神官への面通しは、私が主導します」
イザベラが言う。
「候補生には、発言権を与えません。
見るだけ、聞くだけ。
それで十分です」
「では……、俺は現場側を見る」
ラファエルが続ける。
「誰が空気を読むか。
誰が我慢できないか。
誰が、無意識に前へ出るか、を」
その言葉は軽く聞こえるが、内容は重い。
マルコは小さく頷き、最後に地図を畳んだ。
赤い印は、布の下に消える。
「決まりだ」
その声は静かだったが、覆しようのない重さを持っていた。
「次は、現地実技」
その言葉に、会議室の空気がわずかに引き締まる。
判断は、机上から外へ出た。
十四名の候補生は、まだ知らない。
次に向かう場所が、“訓練”という言葉では括れない領域であることを。
そして講師たちは、それを知った上で、彼女たちを連れて行く覚悟を、すでに固めていた。




