第3章 覚悟を測る 第4話 何も起こらない場所 6/6
この講義は、聖女になる夢を壊すためのものではない。
聖女であり続ける覚悟があるかを、無言で問いかける時間だった。
誰も立たなかった。
それは、講義が終わっていないからではない。
終わったからだ。
イザベラは、それ以上何も言わなかった。
答えを与える必要はない。選択肢は、すでに提示された。
候補生たちは席に残り、それぞれの内側を見つめている。
自分は、奇跡を使う側なのか。
それとも、使わない判断ができる側なのか。
——その問いに、今すぐ答えが出る者はいない。
私は、教壇の脇からその光景を眺めていた。
表情は様々だ。
理解しようとして眉を寄せる者。
納得できずに視線を落とす者。
あるいは、すでに何かを決めたように、静かに前を見据える者。
だが、共通していることが一つある。
誰も、“奇跡を使えば救える”という前提を、以前のようには抱けなくなっている。
それでいい。
この訓練校で教えるべきことは、希望ではない。
現実だ。
私は視線を巡らせ、あの三人を探す。
——いや、探すまでもない。
ビリジーナは、背筋を伸ばしたまま座っていた。
姿勢は崩れず、表情も冷静だ。
だが、指先だけが、わずかに硬い。
彼女は理解している。
奇跡を使わずに立ち続ける者が評価される世界を。
そして、自分はそこに“適合している”ということも。
正しい。
だが、正しさは時に、疑問を排除する。
ジェンメリアは、肘を机につき、顎に手を当てていた。
視線は前を向いているが、焦点が合っていない。
あの映像の中に、自分を重ねたのだろう。
踏み込みすぎた聖女。
止まれなかった者。
それでも、目を逸らさない。
むしろ、わずかに口元が緩んでいる。
——行くつもりだな。
才能のある者ほど、自分を止める理由を持たない。
そして、三人目。
彼女は、すでに視線を落としていた。
だが、それは逃げではない。
奇跡を失い、役割を変え、それでも“救い続けた”聖女。
その記録を、彼女は理解してしまった。
使えなくなった者。
だが、不要ではない者。
前に出ないという選択。
それでも、未来を支える位置。
——早すぎる理解だ。
だが、それもまた、才能だ。
イザベラの講義は、夢を壊すためのものではない。
続けられる者を、選び分けるためのものだ。
私は、何も言わない。
この段階で導く言葉は、必要ない。
必要なのは、次の現場だ。
やがて、イザベラが静かに告げる。
「……次は、二十分後」
候補生たちが、ようやく息を吐く。
立ち上がる者、動けないままの者、無言で席を立つ者。
私は、その全員を見ていた。
もう、道は分かれ始めている。




