第3章 覚悟を測る 第4話 何も起こらない場所 4/6
『集中できない者は、善意でも災害になる』
「次に、感情が魔力出力にどう影響するかを扱います」
視線が、自然と下がる。
「今日の講義を聞いて、“怖くなった”なら、それは正常です。
恐怖を無視する者が、最初に事故を起こします」
そう言って、淡々と資料を閉じた。
候補生たちは、しばらく誰も動かなかった。
自分の中にある、わずかな揺らぎ。
それが──。
人を傷つける力になるという現実を、初めて突きつけられていた。
教室の照明が、わずかに落とされた。
壁一面の魔導映像装置が起動し、淡い光の中に複数の波形が浮かび上がる。
イザベラは教壇に立ち、
候補生たちを見渡すことなく、静かに口を開いた。
「今から始めるのは、感情と魔力出力の関係についてです」
淡々とした声。
だが、その内容を知らない者はいない。
──聖女にとって、最も避けたい話題。
「まず、前提を正します」
イザベラは指先で映像を切り替える。
一人の候補生が奇跡を行使する映像。
魔力の流れは安定し、出力も適正値を保っている。
「感情があるから、奇跡が使える。
これは事実です」
ざわり、と教室がわずかに揺れる。
「ですが。
感情が強いほど、奇跡が“正しく”なるとは限りません」
次の映像。
同じ人物。
同じ奇跡。
だが、魔力の色が一瞬だけ濃くなる。
「この時、彼女は“焦り”を感じています」
波形が歪む。
出力は増えている。
しかし、軌道は乱れ、効果範囲が拡散している。
「感情は、魔力の燃料ではありません。
方向を持たない増幅因子です」
イザベラは、初めて候補生たちの方を見た。
「悲しみ、怒り、恐怖、焦燥。
それらは魔力を“強く”します。同時に、“制御”を奪います」
映像が止まり、
一箇所だけが赤く強調表示される。
「この瞬間。
彼女は救おうとしました。ですが、救いたいという感情が、必要以上の出力を生みました」
候補生の一人が、息を呑む音がした。
「結果として──。
奇跡は成功しています」
一拍、間を置く。
「ですが、対象者の回復には想定以上の身体負荷が残りました」
静まり返る講義室内。
「感情は、善悪を判断しません。
“救いたい”も、“失いたくない”も、魔力にとっては同じ揺らぎです」
イザベラは視線を落とし、淡々と続ける。
「特に危険なのは、“正しい感情”だと自分で信じている状態です」
再生された映像には、笑顔で奇跡を行使する聖女の姿。
魔力は美しく、安定している──
ように見える。
「このケースでは、本人は冷静だと自己申告しています」
だが、数値が表示されると、魔力出力は基準値を超えている。
「安心、達成感、使命感。
それらも感情です」
イザベラは、きっぱりと言った。
「感情がある限り、魔力出力は必ず揺れます」
教室の空気が、さらに張り詰める。
「だから、聖女に求められるのは“感情を消すこと”ではありません」
候補生たちが、わずかに顔を上げる。
「感情が“出力に影響している”と自覚し続けることです」
映像が消え、教室に静寂が戻る。
「自分が今、何を感じているか分からない者は、奇跡を使う資格がありません」
イザベラは最後にそう告げた。
「感情は、力です。
そして同時に、最も信用できない要素でもある」
その言葉だけが、候補生たちの胸に重く残った。




