第3章 覚悟を測る 第4話 何も起こらない場所3/6
「奇跡を使うとは、
自分の身体を削って、
他人に渡す行為です」
講義室に、重たい沈黙が落ちる。
「次に、その流れが“乱れた瞬間”に、
何が起こるかを説明します」
チョークを置き、イザベラは言った。
「自分の身体を、
過信しないことです。
……続けます」
候補生たちは、身体が動かなかった。
祈りでも、希望でもない。
壊れ得る身体を持ったまま、奇跡を扱う現実が、ようやく言葉として胸に落ちてきたからだ。
教室の照明が、わずかに落とされた。
窓から差し込む光だけが、机と机の間に細い影を作っている。候補生たちは、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
前に立つイザベラは、教壇の端に置かれた魔導装置に手を伸ばす。
「さきほど話した通り、魔力は身体を流れます」
起動音が小さく鳴り、壁に半透明の映像が浮かび上がった。
「これは、その流れが“乱れた瞬間”の話です」
映像に映し出されたのは、訓練場の記録映像だった。
画質は粗く、色もくすんでいる。
「十三年前の実習記録です」
淡々と告げる。
映像の中では、候補生と思しき少女が、魔力球を浮かせていた。
動きは安定している。呼吸も整っている。
「この時点では、問題はありません」
次の瞬間──。
少女の視線が、一瞬だけ逸れた。
観客席のざわめき。
遠くで誰かが名前を呼んだ。
その直後、魔力球が歪んだ。
「……!」
球は爆ぜなかった。
だが、軌道が乱れ、地面ではなく、隣の候補生の足元に落ちる。
悲鳴……。
映像は、そこで止まった。
「集中力低下による、誤作動です」
イザベラは、映像を消し、候補生たちを見る。
「原因は、恐怖。
不安。
焦り。
あるいは──慢心」
言葉が、静かに刺さる。
「魔力は、命令通りには動きません。
意識の揺らぎを、正確に反映します」
黒板に、簡潔な図が描かれる。
──集中
──分散
──逸脱
「集中が一割落ちただけで、出力は二割乱れます」
チョークの音が、やけに大きく響いた。
「五割落ちれば、制御不能。
魔力は、最も“楽な方向”へ流れます」
誰かが、唾を飲み込む音。
「それが、暴走です」
イザベラは一歩、教壇を降りる。
「誤解しないでください。
暴走とは、力が強すぎることではありません」
ゆっくりと視線を巡らせる。
「集中できていない状態で、魔力が放出されることです」
次の映像が映し出される。
今度は、癒やしの奇跡。
少女の手から淡い光が広がり、負傷者に触れる──はずだった。
だが、光は均等に広がらない。
歪み、濁り、脈打つ。
「集中が途切れた状態での癒やしは、こうなります」
映像が一時停止する。
「傷は塞がる。
しかし、神経が焼け、感覚が戻らなくなる」
教室の空気が、一段冷えた。
「成功に見える失敗。
これが、最も多い誤作動です」
淡々と、しかし逃げ道はない。
「集中力は、意思では維持できません」
候補生の一人が、思わず顔を上げる。
「体調。
睡眠。
精神状態。
周囲の音。
人の視線」
一つずつ、指を折る。
「すべてが、魔力制御に影響します」
イザベラは、少しだけ声を落とした。
「だから──。
調子が悪い時ほど、奇跡は使ってはいけない」
静かな断定。
「“使える”と“使っていい”は、違います」
最後に、黒板に一文だけ書く。
『集中できない者は、善意でも災害になる』
「次に、感情が魔力出力にどう影響するかを扱います」




