第3章 覚悟を測る 第4話 何も起こらない場所 2/6
「“正しくあろうとする意志”は、最も魔力を消費する状態の一つです」
沈黙が、落ちる。
誰も反論できない。
あの訓練で、正しく動こうとしていなかった者はいない。
「だから、知ってもらいます」
イザベラは、静かに告げた。
「自分の身体が、いつ、どこで、どれだけ魔力を使っているのかを」
端末の表示が切り替わる。
講義名が、壁面に浮かび上がった。
『魔力生理学』
「では、魔力生理学について知ってもらいます」
逃げ場は、もうなかった。
講義室の空気は、どこか張りつめていた。
黒板の前に立つイザベラは、感情を削ぎ落としたような表情で候補生たちを見渡す。
「今から、あなた方の“身体”について講義します」
淡々とした声。
だが、その言葉に、数名の候補生がわずかに姿勢を正した。
「先に言っておきます。
この講義は、精神論ではありません。
信仰でも、根性でも、祈りでもない」
チョークが黒板に当たる乾いた音が響く。
イザベラは、人の身体を簡略化した図を描いた。
心臓。
脳。
背骨に沿う一本の線。
「魔力は、外から降りてくるものではありません。
あなた方の身体を“通過する”ものです」
候補生たちの視線が、図に集まる。
「一般的に、魔力はこの経路を流れます。
脳で制御され、脊髄に沿って分配され、四肢に放出される」
線が太くなり、いくつかの部位に丸が打たれる。
「つまり──。
奇跡を使うということは、神経と血管と内臓を同時に酷使する行為です」
一瞬、教室が静まり返った。
「癒やしを使えば心臓に負荷がかかる。
浄化は肺と肝臓を削る。
祝福は、脳に直接影響します」
淡々と、事実だけを積み上げていく。
「魔力は“便利な力”ではありません。
身体にとっては、異物です」
数名の候補生が、無意識に自分の胸元に手を当てた。
「では、質問します」
イザベラは振り返らずに言う。
「なぜ、訓練校では連続使用を禁止していると思いますか?」
沈黙。
誰も答えない。
どこからか控えめな声が上がる。
「……体がもたないから?」
「正解です」
即答だった。
「魔力は、疲労として現れません。
筋肉痛にもならない。
息切れもしない」
一拍置き、続ける。
「壊れるのは、内部です」
黒板に、新たな言葉が書かれる。
──内部損傷
──神経摩耗
──臓器過負荷
「初期症状は、軽いめまい。
視界の揺れ。
手足の痺れ」
淡々と並べられる“危険信号”。
「それを無視すると、失神。
さらに続ければ、暴走。
最悪の場合──
二度と魔力を通せなくなります」
その言葉に、候補生たちの喉が鳴った。
「聖女は、無限ではありません。
あなた方の身体は、消耗品です」
感情のない断定。
「覚えてください。
魔力の流れが乱れるとき、最初に壊れるのは“才能”ではない」
一人ひとりを見据える。
「日常です。
歩くこと、話すこと、眠ること」
静かな声で、だが逃げ場のない言葉だった。
「奇跡を使うとは、自分の身体を削って、他人に渡す行為です」
講義室に、重たい沈黙が落ちる。
「次に、その流れが“乱れた瞬間”に、何が起こるかを説明します」




