第3章 覚悟を測る 第3話 正しさが動くとき 6/6
座り込んだ候補生は、顔を上げられないまま、浅い呼吸を繰り返していた。
肺に空気は入っている。だが、吸った量と吐いた量が噛み合わない。
胸が上下するたび、遅れて肩が揺れる。
倒れてはいない。
それでも、誰の目にも明らかだった。
──安全ではない。
講師たちは、誰も駆け寄らない。
誰一人、名前も呼ばない。
代わりに、訓練場全体を見渡している。
一点ではなく、流れとして。
魔力出力が高すぎた者。
制御よりも押し切る感覚を優先し、周囲の変化を拾えなかった動き。
命中精度だけを追い、周囲を見ていなかった者。
的が止まった瞬間だけを成功と認識し、その後ろで生じた停滞に気づけなかった視線。
正しく動こうとするあまり、他者の動線を潰した者。
善意の最短距離が、誰かの逃げ場を消していた。
「上手くやった」動作が、別の場所で、確実に誰かの失敗を生んでいた。
候補生たちは、それをまだ言葉にできない。
感覚としては、何かがおかしいと分かっている。
だが、理解できていない。
それでも、理解しようとしてしまう。
聖女である以上、人の恐怖を扱うのは当然なのだと、自分に言い聞かせるように、無理に思い込もうとしている。
迷ってはいけない。
止まってはいけない。
“できなかった”と思ってはいけない。
その歪みを、講師たちは、最初から見ていた。
「あの……」
一人の候補生が、声を出した。
喉が鳴る音を、必死に飲み込んでから。
乾いた口腔。
震えかけた舌。
評価されなかった時間を埋めるように、言葉を探した結果だった。
「もう一度、やらせてください」
その言葉に、空気が一瞬だけ揺れた。
期待でも、反発でもない。
──評価されなかったことへの不安。
──失敗と認められる前に、取り戻したいという焦り。
マルコは、振り返らない。
訓練場を見たまま、言った。
「必要ない」
声量は抑えられている。
感情も、含まれていない。
否定でも、叱責でもない。
可能性を断つ言葉ですらなかった。
ただ、
“ここではそれを問わない”
という宣告だった。
候補生たちは、その意味をすぐには理解できない。
だが、胸の奥で何かが引っかかる。
この訓練が、救うためのものではなかったことを。
マルコは一歩前に出る。
足音は、床にほとんど響かなかった。
「実技は、ここまで」
淡々とした声。
結果も、講評も、その場では与えられない。
訓練場の扉が開き、外気が流れ込む。
温度の違いに、肌がわずかに反応する。
誰かが深く息を吸い込み、それにつられるように、誰かが同じ動作を繰り返す。
呼吸が、ようやく揃い始める。
「次は20分後。第三講義室集合」
その一言で、場は完全に切り替えられた。
候補生たちは、まだ自分の身体に何が起きているのか分からないまま、次の講義へ向かうことになる。
自分たちが、すでに“限界を越え始めている”ことを知る場所へ。




