表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/68

 第3章 覚悟を測る 第3話 正しさが動くとき 6/6

 


 座り込んだ候補生は、顔を上げられないまま、浅い呼吸を繰り返していた。

 肺に空気は入っている。だが、吸った量と吐いた量が噛み合わない。

 胸が上下するたび、遅れて肩が揺れる。


 倒れてはいない。

 それでも、誰の目にも明らかだった。


──安全ではない。


 講師たちは、誰も駆け寄らない。

 誰一人、名前も呼ばない。


 代わりに、訓練場全体を見渡している。

 一点ではなく、流れとして。


 魔力出力が高すぎた者。

 制御よりも押し切る感覚を優先し、周囲の変化を拾えなかった動き。


 命中精度だけを追い、周囲を見ていなかった者。

 的が止まった瞬間だけを成功と認識し、その後ろで生じた停滞に気づけなかった視線。


 正しく動こうとするあまり、他者の動線を潰した者。

 善意の最短距離が、誰かの逃げ場を消していた。


 「上手くやった」動作が、別の場所で、確実に誰かの失敗を生んでいた。


 候補生たちは、それをまだ言葉にできない。

 感覚としては、何かがおかしいと分かっている。

 だが、理解できていない。


 それでも、理解しようとしてしまう。

 聖女である以上、人の恐怖を扱うのは当然なのだと、自分に言い聞かせるように、無理に思い込もうとしている。


 迷ってはいけない。

 止まってはいけない。

 “できなかった”と思ってはいけない。


 その歪みを、講師たちは、最初から見ていた。


「あの……」


 一人の候補生が、声を出した。

 喉が鳴る音を、必死に飲み込んでから。


 乾いた口腔。

 震えかけた舌。

 評価されなかった時間を埋めるように、言葉を探した結果だった。


「もう一度、やらせてください」


 その言葉に、空気が一瞬だけ揺れた。

 期待でも、反発でもない。


 ──評価されなかったことへの不安。

 ──失敗と認められる前に、取り戻したいという焦り。


 マルコは、振り返らない。


 訓練場を見たまま、言った。


「必要ない」


 声量は抑えられている。

 感情も、含まれていない。


 否定でも、叱責でもない。

 可能性を断つ言葉ですらなかった。


 ただ、

 “ここではそれを問わない”

 という宣告だった。


 候補生たちは、その意味をすぐには理解できない。

 だが、胸の奥で何かが引っかかる。


 この訓練が、救うためのものではなかったことを。


 マルコは一歩前に出る。

 足音は、床にほとんど響かなかった。


「実技は、ここまで」


 淡々とした声。

 結果も、講評も、その場では与えられない。


 訓練場の扉が開き、外気が流れ込む。

 温度の違いに、肌がわずかに反応する。


 誰かが深く息を吸い込み、それにつられるように、誰かが同じ動作を繰り返す。


 呼吸が、ようやく揃い始める。


「次は20分後。第三講義室集合」


 その一言で、場は完全に切り替えられた。


 候補生たちは、まだ自分の身体に何が起きているのか分からないまま、次の講義へ向かうことになる。


 自分たちが、すでに“限界を越え始めている”ことを知る場所へ。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ