第3章 覚悟を測る 第2話 彼女たちのいない場所で 2/2
「ふむ……。
そろそろ、彼女たちを見よう」
イザベラが、静かに頷く。
その仕草は小さく、だが「読む側に切り替わった」合図でもあった。
最初に開かれたのは、ビリジーナのログだった。
【候補生:番号218】
負傷者は二名。
一名は腹部裂傷、出血多量。
もう一名は打撲と軽度の骨折。
残存魔力は中程度。
奇跡行使は一回が限度と判断。
まず出血多量の対象に対し、止血と回復を目的とした奇跡を行使。術後、容体は安定。
残る一名については、応急処置と後方搬送で対応可能と判断し、奇跡行使は行わなかった。
結果として、両名とも生存。
──以上。
文章は整っている。
行間に迷いはほとんどなく、判断理由も過不足がない。
感情の記述は最小限で、事実と理由だけが、静かに並んでいた。
ログを見たラファエルの瞳が、わずかに揺れる。
瞬きの回数が、一つ減った。
「これは……安定しているな。
“聖女の文章”だ」
評価とも確認ともつかない声だった。
イザベラは、その言葉に肯定も否定も返さない。
ただ一度、画面を閉じる。
「次です」
淡々と切り替えられたのは、ジェンメリアのログだった。
【候補生:233】
負傷者三名を確認。
一名は意識不明、呼吸浅。
二名は外傷あり、行動可能。
残存魔力は低。
奇跡行使は一回のみ可能。
最も危険度の高い対象に対し、即時回復を目的とした奇跡を行使。
成功。
残る二名については、自力移動を指示し、後方搬送。
結果、生存。
判断は早い。
文章も短い。
だが、どの行にも迷いの痕跡はなく、行動が一直線に繋がっている。
読み終えた瞬間、ラファエルの口元がわずかに緩んだ。
無意識に、息を吐く。
「……無駄がないな。
現場向きだ」
「記録としては、粗い部分もあります」
イザベラは即座に補足する。
評価を否定するでも、持ち上げるでもない。
「ですが、嘘はありません」
その一言で、このログの位置づけは十分だった。
彼女は、次の端末を開く。
テリカのものだ。
【候補生:216】
負傷者は四名。
状況は流動的。他候補生二名が、それぞれ奇跡行使の準備に入っているのを確認。
残存魔力は少。
奇跡行使は可能だが、使用すると場の流れが変わると判断。
自分は奇跡を使用せず、他候補生の行使タイミングと対象を基準に位置を調整。
一名の回復後、別対象への二次被害が予測されたため、対象間の距離を取り、声掛けと誘導を実施。
結果、全体の混乱は抑えられ、他候補生の奇跡行使は安全に完了。
私は、使わなかった。使えば、流れが崩れると判断した。
画面に文章が並んだ瞬間、マルコは無意識に呼吸を止めていた。
自分でも気づかないほど、自然に。
複数の対象。
複数の判断。
そして──
他者の行動を前提にした、位置取り。
「……これは」
ラファエルの声が、思わず低くなる。
いつもの軽さが消えていた。
「自分の奇跡じゃないな」
「ええ」
イザベラは、視線を画面から外さずに答える。
「彼女は、“場そのもの”を書いています」
マルコの視線は、ログの最後の一文に固定されていた。
『──私は、使わなかった。
使えば、流れが崩れると判断した。』
そこに言い訳はない。
正当化もない。
ただ、自分の位置と責任が書かれている。
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
時計の針の音だけが、わずかに耳に入る。
(……この文章を書ける候補生は、そう多くない)
ログの山は、まだ机の上に残っている。
だが三人は、すでに理解していた。
これは合否を決める作業ではない。
未来の配置を、静かに見極める時間だ。
「……確認は続けます」
イザベラの声で、時間が再び動き出す。
マルコは頷き、短く返事をした。
この記録は、彼女たち自身よりも先に、未来へ行く。
だからこそ、読み飛ばすことはできない。
三人の講師は、それぞれの沈黙の中で、
少女たちの“書いた未来”を、丁寧になぞり始めていた




