第3章 覚悟を測る 第2話 彼女たちのいない場所で 1/2
「タブレットを回収します。
確認しますので、
その間に午後に備えてください」
イザベラの声は淡々としていたが、
候補生たちは一斉に端末を見下ろした。
指先がわずかに遅れ、
誰かが喉を鳴らす。
自分の判断が、
文章として誰かに読まれる──。
その事実が、
今さら現実味を帯びて胸に落ちてくる。
端末を差し出す動作は、
どれもぎこちない。
画面を伏せる者、
提出の瞬間だけ視線を逸らす者。
誰もが、
自分の中身を見られる感覚から
逃れられずにいた。
最後の一人が出て行き、扉が静かに閉まる。
その音が響いた瞬間、講義室の空気がはっきりと切り替わった。
残ったのは、三人の講師だけだった。
長机の上に積まれた端末を前に、イザベラは無言で腰を下ろす。
椅子が床を擦る音が、やけに大きく聞こえた。
マルコとラファエルも、それぞれ少し間を置いて椅子を引く。
「……量、多いな」
ラファエルが、肩を落とすように小さく息を吐いた。
冗談めかした口調だが、視線はすでに端末の山に向いている。
「すでに脱落者がありますから、数は減っています。
それに数は問題ではありません」
イザベラはそう返しながら、端末を一つ起動した。
表情は変わらない。
だが、視線の動きは“読む側”のそれに切り替わっている。
「読むべきは、内容です」
静かな起動音とともに、最初のログが表示される。
【候補生:番号212】
残存点数は一。
負傷者二名を確認。
救命対象は、生存確率の高い一名と判断。
もう一名は手遅れと判断した。
結果として一名を救命。
「……典型的だな」
ラファエルが、ほとんど独り言のように呟く。
その声には、批判よりも既視感が滲んでいた。
マルコは画面から目を離さず、腕を組んだまま考える。
「悪くはない。
だが……」
一瞬、言葉を切る。
「なぜ“手遅れ”と判断したかが書かれていない、か……。
彼女は迷っていないように書いているが……」
わずかな間。
「たぶん、迷っている」
「ええ」
イザベラは即答せず、だが迷いなく次のログを開いた。
【候補生:番号227】
負傷者三名。
奇跡行使は一回のみ可能。
最初に近くにいた対象へ癒やしを実施。
結果、生存。
残る二名については対応不能。
「……判断理由が、位置情報だけ?」
ラファエルが眉をひそめる。
視線が無意識に、理由欄をなぞっていた。
「これは……」
一拍置いて、言葉を選ぶ。
「考えなかったか、書けなかったか」
その言葉に、イザベラは端末から目を離さず短く返した。
「どちらにせよ、後で詰まる書き方です」
マルコは、候補生の顔を思い浮かべる。
成績表の数字。訓練での動き。
それらと、この文章がうまく重ならない。
(数字は良かったが……文章が薄い)
イザベラは、間を置かず端末を切り替えていく。
その動きが、ふと止まった。
【候補生:番号224】
負傷者二名。
一名は意識不明、もう一名は自力歩行可能。
奇跡行使は行わず、後方搬送を優先。
点数温存を選択。
わずかな沈黙。
イザベラの視線が、文章の一行一行を丁寧に追っていることに気づき、
ラファエルも身を乗り出すように画面を覗いた。
「お、これは……」
声の調子が、少しだけ変わる。
「判断としては、悪くありません」
イザベラは言う。
「ただし、勇気が必要な判断です」
マルコは、その一文に目を留めた。
口元が、わずかに緩む。
(ほぉ……この子は……
“使わなかった”理由を書けている)
そして、次のログ。
【候補生:番号231】
負傷者一名。
軽度の外傷。
奇跡を使えば即時回復可能だったが、
応急処置と指示のみで対応。
奇跡未使用。
「これは、減点されるかもしれないな」
そう言いながら、ラファエルの口角が少し上がる。
だが、その目は冗談ではない。
「だが、現場では必要な判断だ」
「記録としては、成立しています」
イザベラは淡々と告げる。
「評価は、後の話です」
その言葉に、マルコは一度だけ端末操作の手を止めた。
三人の間に、短い静寂が落ちる。
「ふむ……」
マルコが低く息を吐く。
「そろそろ、彼女たちを見よう」




