第3章 覚悟を測る 第2話 未来に読まれる言葉 2/4
「では、続いて
実際のログを使って演習に入ります」
教室に残ったのは、
“自分の言葉が未来に残る”という感覚だった。
誰もが、無意識にペンを握り直していた。
イザベラは、これまで使っていた資料を静かに閉じた。
紙と紙が揃う、控えめな音だけが、講義室に小さく響く。
『実際のログを使って演習に入ります』
その一言で、空気がはっきりと変わった。
候補生たちはほぼ同時に背筋を伸ばす。
“演習”という言葉が、今までの座学とは別の段階に入ったことを、誰もが直感で理解していた。
これは、聞く側ではいられない。
書く側になる。
「これは試験ではありません。
減点もしません」
一呼吸。
「ですが──。
評価は、残ります」
その言葉は、淡々としていた。
だからこそ、逃げ場がない。
イザベラは教卓の上に置かれた端末を操作する。
指先が触れるたび、壁面に淡い光が走り、文字だけの画面が映し出された。
余計な装飾のない、簡素な文書。
【奇跡使用記録/抜粋】
日時:第三期・南部境界
使用者:聖女候補
使用奇跡:癒やし(軽度)
結果:対象一名生存
それだけを見れば、問題のないログに見える。
むしろ、よくある成功例ですらあった。
だが、イザベラは視線を逸らさず、淡々と言う。
「これは、“失敗したログ”です」
候補生の間に、微かなざわめきが走る。
声にはならない。
だが、理解が追いつかない気配だけが揺れた。
「今から、これと同じ状況を与えます」
端末が再び操作され、条件が追記される。
・対象は三名
・残存点数:三点
・癒やし可能人数:一名
・未選択の二名は死亡
文字が並ぶにつれ、講義室が目に見えて静まり返っていく。
誰かが、無意識に息を詰めた。
「あなた方には、この奇跡使用について、自分が当事者だった場合のログを書いて貰います」
声色は変わらない。
だが、“当事者”という言葉だけが、強く残った。
「制限時間は十五分。
事実、判断理由、結果。
形式は、先ほど教えた通りです」
それ以上の説明はなかった。
書き方の指示も、注意も、例示も。
どう書けばいいか。
何が正しいか。
それは、与えられない。
候補生たちは、それぞれ端末に向かい、文字を打ち始める。
だが、数行進んだところで、指が止まる者が続出した。
誰を救ったか。
なぜ、その一人だったのか。
救えなかった二人について、どう書くのか。
画面を見つめたまま、動かなくなる者。
一度書いては消し、また書き直す者。
事実だけを並べ、理由欄を空白にする者。
正解がないことを、全員が理解していた。
イザベラは、講義室をゆっくりと歩く。
足音は控えめだが、存在ははっきりと感じられる。
覗き込むことはしない。
声もかけない。
肩越しに画面を見ることすらない。
彼女が見ているのは、文字ではなかった。
言葉を削る者。
言葉を足す者。
感情を消そうとする者。
無意識に、感情が行間に滲み出る者。
“責任を、どこに置こうとしているか”
その一点だけを、静かに見ていた。
時間は、等しく流れる。
だが、十五分は、誰にとっても短かった。
「ストップ。
時間です」
その声と同時に、候補生たちの手が止まる。
端末が一斉に入力終了を感知し、正面の画面が暗転した。
講義室には、
書き終えた安堵ではなく、
書ききれなかった何かだけが残っていた。




