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 第3章 覚悟を測る 第2話 記録は、奇跡の代替である 3/3

 

「次に、嘘を書いた場合の話をします」


 その言葉が落ちた瞬間、

 教室の空気が、目に見えて沈んだ。


 

 


 室内の照明が一段落とされる。


 光量の低下に合わせるように、候補生たちの視線が前方へ吸い寄せられた。


 壁面に映し出されたのは、一つの使用ログだった。


 年号。

 所属。

 聖女名。

 奇跡の種類。

 点数消費。

 結果。


 どこを見ても、整然としている。

 書式は正しく、文字に乱れもない。


「これは、ある地方都市で提出された公式記録です」


 イザベラの声は、これまでと何一つ変わらない。


「内容に、問題はありません。

 救助対象、

 点数消費、

 結果。

 どれも、規定通りです」


 一拍。


「ですが。

 これは、虚偽記録です」


 候補生の間に、抑えきれないざわめきが走る。


「嘘、とは何か」


 イザベラは、ゆっくりと視線を巡らせる。


「奇跡を使った事実を消す。

 使わなかったと書く。

 点数を少なく申告する」


 淡々と、列挙する。


「それだけではありません」


 次の映像が映し出された。


 同一現場。

 別角度からの記録。

 監視結界の視認ログ。

 使用点数の自動計測。


 先ほどの“正しい記録”と、静かに並べられる。


「判断理由を書き換える。

 迷いを消す。

 恐怖を削る」


 映像が止まる。


「これらも、嘘です」


 誰かが、小さく息を呑んだ。

 候補生の一人が、堪えきれず口を開く。


「……結果が同じなら……

 だめなんですか?」


 教室の空気が、一瞬だけ揺れる。


「……結果が良くても、嘘は嘘です」


 イザベラは即答しなかった。

 数拍の沈黙のあと、変わらぬ調子で答える。


「なぜなら、結果は偶然で再現できても、嘘の判断は、再現されるからです」


 板の表示が切り替わる。


 虚偽記録:第一次処分

 ・厳重注意

 ・監査頻度の増加

 ・奇跡使用制限


「ここまでは、警告です」


 彼女は一歩、前に出る。


 第二次処分

 ・現場同行停止

 ・判断権限の剥奪

 ・補助聖女への降格


 空気が、さらに重くなる。


 第三次処分

 ・奇跡行使資格の停止

 ・聖女登録の抹消


 候補生たちの肩が、わずかに揺れた。

 喉を鳴らす音が、はっきりと聞こえる。


 一人が、恐る恐る問う。


「……それは……引退、ですか?」


 イザベラは、首を横に振った。


「いいえ」


 その否定が、最も残酷だった。


「記録に嘘を書いた聖女は、“現場に立てない”だけです」


 候補生たちは一瞬、理解が追いつかない。


「祈れない。

 救えない。

 選べない」


 だが、言葉は続く。


「しかし、責任だけは残ります」


 淡々と、容赦なく。


「その者は、後方支援、行政補助、監査対象として生きるのです」


 板に、最後の一文が表示される。


 ──命に触れない立場。


「嘘を書いた聖女は、二度と“選ぶ側”には戻れません」


 教室は、完全な静寂に包まれた。


「なぜ、ここまで厳しいか」


 イザベラは、特定の誰かではなく、全員を見る。


「記録は、あなたを裁くためにあるのではありません」


 一拍。


「未来の誰かが、あなたの失敗を繰り返さないためにあります」


 帳面に書き込む音が、微かに響く。

 誰もが、理解し始めていた。


 嘘は、逃げ道ではない。

 嘘は、未来を殺す。


「では次に……」


 彼女は板を消しながら、告げる。


「“この記録を、誰が読むか”について話します」


 それは、候補生たちが初めて、自分が“評価される存在”ではなく、“参照される存在”であると自覚する瞬間だった。


 



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