表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/68

 第3章 覚悟を測る 第2話 記録は、奇跡の代替である 1/3

 


 講義室の前面に、白い板が下ろされた。

 滑車が小さく鳴り、板が定位置で止まる。


 魔法陣でも映像でもない。ただの記録用の板だ。

 表面には細かな傷が残り、何度も書いては消された痕跡があった。


 前に立ったのはイザベラだった。

 教卓には立たず、板のすぐ脇に立つ。


 手にしているのは、古びた帳面──。

 背表紙が擦り切れ、角が丸くなったそれは、実際に使われていた使用ログの写しだった。


「今日は、使用ログを覚えて貰います。

 手元にあるタブレットではなく、まず正面に注目してください」


 淡々とした声。


 しかしその一言で、候補生たちは自然と姿勢を正す。

 いつもの講義とは、空気が違う。


「これは奇跡を使ったかどうか、ではありません。

 “使ったとき、何が起きたか”を、他者が再現できる形で残す。

 それが、使用ログです」


 イザベラは板に向き直り、迷いなく文字を書き始める。

 筆跡は整っていて、余白の取り方に無駄がない。


 ・発動時刻

 ・使用者

 ・使用理由

 ・使用対象

 ・消費魔力量

 ・結果

 ・副作用・異常の有無


「見て分かるように、感想は不要です」


 一拍置き、視線だけで教室を制する。


「勇気を出した。

 怖かった。

 間に合った──」


 言葉を区切るたび、板に何も書かれないことが、かえって強調される。


「それらは、記録ではありません」


 候補生の一人が、ためらいがちに手を挙げた。周囲の視線を気にしながら、それでも質問する。


「成功した場合も、失敗した場合も、同じ形式で書くんですか?」


「成功した場合ほど、詳細に書きます」


 即答だった。

 迷いも補足もない。

 教室に、小さなどよめきが走る。


「成功例は、模倣されます。

 曖昧な成功は、次の失敗を生みます」


 帳面が開かれ、板に一つの実例が転写される。

 文字は淡く、だがはっきりと浮かび上がった。


 ──奇跡行使:小規模治癒

 ──結果:負傷兵一名回復

 ──備考:行使後、右腕に痺れ。三十分後回復。


「これは、“良い記録”です」


 イザベラは言った。

 その声には、評価でも称賛でもない、確信だけがある。


「なぜなら、何が起きて、何が起きなかったか。

 それが、はっきり分かります」


 候補生たちは書き留めながら、少しずつ理解し始めていた。


 これは作文ではない。

 評価表でもない。

 未来への説明書だ。


 イザベラの視線が、教室全体を静かになぞる。

 一人ひとりを見るというより、全体の理解度を測るように。


「ログは、あなた自身のために書くものではありません。

 次に同じ場面に立つ誰かのために書きなさい」


 わずかに間を置く。


「あなたが倒れた後でも、判断が引き継がれるように」


 一瞬、空気が重くなる。

 誰もが言葉の意味を理解していた。


 倒れる、という可能性を。


 そして、それが珍しいことではないという現実を。


 白い板には、淡い文字だけが残っていた。

 それは記録であり、同時に警告だった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ