第3章 覚悟を測る シュミレート会議
訓練校地下の会議室。
外界から切り離されたようなその空間には、常に一定の温度と静寂が保たれている。
壁一面に投影された立体図が、低い駆動音を立てながらゆっくりと回転していた。
魔法陣の光が層を成し、瓦礫の陰影、ひび割れた床、歪んだ柱の角度までを精密に再現している。
それはもはや模型というより、「現場そのものを切り取った記憶」だった。
倒壊した建物が二棟。
一方は内部に煙が充満し、視界は著しく悪い。
もう一方は横転した重機が通路を塞ぎ、通路の幅を視覚的にも圧迫している。
マルコは腕を組んだまま、一言も発さずに図を見つめていた。
視線は全体をなぞっているが、焦点は定まらない。
彼は配置や数字ではなく、「起こりうる最悪」を何度も頭の中で反復しているのだった。
「構図は、これで行くとして……。
まず、負傷者数をどうする」
沈黙を切ったのは、マルコだった。
「四名が妥当でしょう」
イザベラは迷いなく即答する。
タブレットに表示された数値をチラリと見ただけで、彼女の中ではすでに結論が固まっていた。
「四名は全員を救える人数ではありません。
しかし、見捨てる判断を避けて通れない数でもありますから」
声に感情の揺れはない。
それは冷酷さではなく、判断を曇らせないための選択だった。
ラファエルが立体図に歩み寄り、指先で重機の位置をわずかにずらす。
魔法投影が即座に反応し、通路表示が赤から黄へと変化した。
「この位置だと、直感で突っ込むタイプは一瞬迷うだろう。
道があるように見えて、実際は通れない」
「その“迷い”を見る、ということですね」
イザベラは評価表に目を落としたまま受け取る。そこには候補生一人ひとりの癖や傾向が、短い言葉で記録されていた。
「優先順位は、呼吸、意識、出血量。
その後に搬送ルートの安全確認。これは全員共通で教えています」
「だが、時間制限がある」
マルコが、低く口を挟む。
「十五分……いや、十四分にしよう。
余裕を与えすぎると、判断の鋭さが鈍る」
一分。
それが命取りになることを、三人とも知っている。
ラファエルは小さく息を吐き、苦笑した。
「十四分……。焦る者が出るな。
特に、前に出るタイプは“間に合うはずだ”と思い込みやすい」
立体図の表示が切り替わり、三本の搬送ルートが浮かび上がる。
色分けされた光の線が、見る者に無言で選択を迫っていた。
「選択肢は三つ用意しましょう」
イザベラが淡々と言う。
「安全、しかし遠回り。
近いが不安定。
そして──。
一見、安全に見えて危険なルート」
「罠みたいだな」
「現場は、常にそうです」
言い切りだった。
反論を挟む余地はない。
「安全確認を怠った場合は減点。
負傷者の状態を誤認した場合も、同様です」
マルコは、しばらく無言のまま図を見つめていた。
やがて、ほんのわずかに顎を引く。
「これなら、点数は“結果”だけでは決まらない。
過程が、そのまま評価になる」
ラファエルが図の端に小さな印を加える。
光点が固定され、消えない。
「ここに障害物を追加しよう。
チームワークが悪いと、誰かが必ず取り残される位置だ」
「なるほど……」
三人の視線が、自然と同じ一点に集まった。
そこは、単独行動が最も危険になる場所だった。
短い沈黙。
やがてマルコが、低く、しかしはっきりと言った。
「うん、これでいこう。
直感型、慎重型、リーダー型。
それぞれの“癖”が、はっきり出る」
会議は終盤に入り、講師たちは現場配置を確認し始める。
「私は煙側を見る」
「私は重機エリアを担当します」
「では私は、全体を」
それぞれが観察位置を決め、タブレットに短いメモを残す。
評価基準は、すでに言葉にするまでもなく共有されていた。
シミュレーションが再生される。
想定通りに動く駒と、想定外の動きをする駒。
「……ここで、優先順位を間違える生徒が出るだろうな」
ラファエルが、ほとんど独り言のように呟く。
「時間制限を意識しすぎて、確認を省く者もいるはずですね」
イザベラが続ける。
マルコは、何も言わずに図を見つめていた。
この訓練は、救うためのものではない。
“任せられるか”を見極めるためのものだ。
そう、三人とも理解していた。
「では──。
記録学のあとになりますから、午後からですね。
これで進めていきましょう」




