第2章 測られる日々 第12話 静かな評価 (2/3)
初めての実技訓練の日から、候補生たちは毎朝の訓練を欠かさず行っている。
夜明け前の冷えた空気の中、まだ眠りの残る身体を叩き起こすように、同じ動作を何度も繰り返す日々だった。
剣術訓練に加え、簡易応急動作も組み込まれ、実技の内容は日を追うごとに複雑さを増していく。
単独動作だけでなく、周囲との距離、連動、判断の速さまでが問われる構成へと移り変わっていた。
その積み重ねの甲斐あって、候補生たちの動きからは、初期にあった戸惑いや過剰な緊張が、少しずつ薄れていくのが見て取れる。
失敗を恐れる硬さが抜け、代わりに「次に何が起こるか」を考える余裕が生まれ始めていた。
その日、訓練場に足を踏み入れたラファエルは、演習が始まる前から足を止め、候補生たちの動きをじっと見渡していた。
木々の間から差し込む木漏れ日が床に斑に揺れ、規則正しい足音と木剣のぶつかる音が静かに響く。
彼は腕を組み、視線だけで全体を追う。
数値表も端末も持たない。ただ“見る”ためだけに、そこに立っていた。
ラファエルの目が向いていたのは、記録に残る結果ではない。
動きの前兆
呼吸の乱れ
わずかな間の取り方──
数値化される前に起こる「兆し」だった。
「……おかしいな」
低く零れた呟きに、自分自身が反応する。
眉が、ほんのわずかに寄った。
ビリジーナの動きは安定している。
無駄がなく、周囲との距離感も正確。
評価通りだ。
ジェンメリアは時折、突拍子もない動きを見せる。
だがそれは衝動ではあっても、完全な無秩序ではない。
ラファエルの経験則の中では、十分に“予測の範囲内”だった。
──問題は、テリカだ。
目立たず、控えめ。
動きそのものは、平均的。
力も反応速度も、特筆すべき数値はない。
それなのに。
彼女が動くたび、ラファエルの中に、説明のつかない違和感が残っていた。
誰かが一歩踏み出す直前。
誰かが体勢を崩しかけた瞬間。
衝突や転倒が起こりそうな“前の一拍”。
テリカは、そこにいる。
声を上げるわけでもない。
大きく腕を引くわけでもない。
ただ、そっと手を添え、半歩ずらし、視線を誘導する。
まるで、流れそのものを少しだけ書き換えるように。
結果として、事故は起きない。
失敗も、怪我も、訓練の中では一度も発生していなかった。
「事故や失敗を、未然に防いでいる……?」
ラファエルは唇を引き結ぶ。
それは偶然と片付けるには、回数が多すぎた。
「これは……。
ただの偶然じゃない」
数値や記録では測れないもの。
現場での即応性。
人の動きを読む力。
そして、“起こらない結果”を作る技量。
テリカは意図して制御しているようには見えない。
だが、自然な流れの中で、確実に場を安全な方向へ導いている。
派手な成果は残らない。
評価表にも、特筆欄は作られない。
それでも──
“誰も失敗しなかった”という事実だけが、積み重なっていく。
ラファエルは、心の中で静かに記録した。
『この子は……』
言葉を選ぶように、一拍置く。
『観察を続ける必要がある』
数値が示さないものを、直感が告げていた。そして彼は、その直感を軽んじない講師だ。
ラファエルの視線は、それ以降、一瞬たりともテリカから外れなかった。
それは評価でも断定でもない。
ただ、“見届ける”ための視線だった。




