第2章 測られる日々 第11話 失敗の記録 2/2
次の記録を、講師は再び読み上げた。
先ほどよりも、少しだけ間を置いてから。
記録番号:第八〇一例
使用奇跡:結界展開・高位
状況:魔獣群侵入
結果:結界破綻
被害:周囲二十七名
聖女:生存
最後の行を読み終えた瞬間、教室の空気が微かに揺れた。
──生き残った。
その事実に、ほんのわずかな安堵が混じる。
「こちらは、生き残りました」
講師は、候補生の反応を確かめるように、一度だけ視線を上げる。
「ですが、この評価が付きました」
黒板に向き直り、赤いチョークを取る。
白とは違う、はっきりとした色。
消しても跡が残りやすい色。
評価:不適切
文字が刻まれるたびに、候補生たちの背中が硬くなる。
“失敗”ではない。
だが、“正しくもない”。
「魔力は残っていた。
だが。
集中が持続していなかった」
講師は淡々と続ける。
「結果、結界は張れた。
──維持できなかった」
候補生の中で、誰かが唇を噛んだ。
張れたのに。
生き残ったのに。
それでも、不適切。
講師は、教室をゆっくりと見渡した。
「奇跡が発動したからといって、成功とは限りません」
声は低く、しかし曖昧さはない。
「……むしろ、中途半端な成功が、最も多くの命を奪います」
“途中まで助かった”
“一瞬守られた”
その余白に、二十七名が落ちた。
講師は、最後の記録に手をかけたが──
そのまま、開けずに閉じた。
指先が、表紙の上で止まる。
「ここで覚えてほしいことは一つだけです」
候補生たちは、無意識に背筋を正した。
「奇跡失敗の原因は、魔力不足でも、技量不足でもありません」
先ほどまでの講義内容を、否定するようで、否定しない言葉。
「自分を信じすぎたことです」
教室のどこかで、浅い息が漏れた。
信じることは、正しい。
だが、信じ“すぎる”と壊れる。
「次に、“奇跡を使わなかった(者”の──)」
「申し訳ないが」
言葉の途中で、低く、しかしよく通る声が、講義を遮る。
講師長マルコだった。
「その前に、先に記録の講義を入れる事になった」
教室の空気が、わずかに切り替わる。
“今は、ここまでだ”という判断。
白衣の男は一瞬、驚いたように瞬きをした。
だが、次の瞬間には、理解が追いついた表情になる。
この先で語る予定だった内容。
それが、候補生に与える負荷。
彼は、小さく頷き「了解しました」と、短く答えた。
「では、奇跡運用学については、以上です」
教卓から一歩下がり、最後に付け加える。
「生き延びた者の判断を、よく見ておいてください」
講義は、終わった。
だが、候補生たちの中で、何かが終わったわけではなかった。
奇跡は失敗しない。
壊れるのは、使う側──。
その言葉だけが、重く、はっきりと残っていた。
講師が教室を出ていく背中は、先ほどよりも少し重く見えた。
語らなかった記録の分だけ、背負っているように。
失敗の記録は、誰もが自分の未来に重ねてしまう。
だからこそ彼女たちにとって、この授業は忘れられない講義だった。




