第2章 測られる日々 第10話 状態という言葉
講師は続けて、教卓を離れ、ゆっくりと窓際に立った。
外光を背にする形になる。
候補生たちから見えるのは、逆光に沈んだ輪郭だけだ。
資料も、魔道具も出さない。
それが、これからの話が「記録にも残りにくいもの」だと、無言で示しているようだった。
「次に、残存魔力の読み方です」
一瞬、教室の空気が引き締まる。
「先に言っておきます」
講師は窓の外に視線を向けたまま続けた。
「魔力は正確には読めません。
数値化できるのは、消費した結果だけです」
候補生の中で、何人かが無意識にペンを握り直した。
「残っている量は、推定です」
講師はゆっくりと教壇に戻って行った。
静かに胸元に手を当てる。まるで自分自身の内側を確かめるような仕草だ。
次いで振り返って黒板に一語だけ書いた。
『状態』
その瞬間、講義室内に魔力が満ちた。白い文字が静かに浮かぶ。
候補生たちを見渡す講師の視線は、誰かを試すといより、全員に同じ問いを投げかけるようだった。
「魔力は、量ではありません。状態です」
その言葉と同時に文字は乾いた音で静かに落ちた。
講師は続ける。
「皆さん、目を閉じてください」
一瞬のためらいの後、候補生たちは次々に目を閉じていく。
椅子の軋み、衣擦れの音が止み、教室は次第に静まっていった。
視界が遮られたことで、逆に自分の内側が強く意識される。
「胸が重い人。
頭が熱い人。
指先が冷たい人」
候補生の中で、誰かが小さく息を飲む。
自分の身体に、確かに当てはまる感覚があったからだ。
「それは疲労ではありません。
魔力の偏りです」
声が、わずかに低くなる。
「魔力は、使えば減る、ではない。
使えば、歪む」
黒板に、三つの項目が書かれていく。
チョークの音だけが、静寂を刻む。
① 集中の持続
② 身体反応
③ 判断速度
候補生たちは目を閉じたまま、その言葉を頭の中でなぞる。
「集中が続かないなら、分散」
誰かの呼吸が浅くなる。
「身体に違和感が出ていれば、偏り」
自分の手の温度を、意識してしまう。
「判断が遅れた時点で、限界を越えています」
その言葉に、背中をなぞるような冷えを感じた者もいた。
ためらいがちに声が上がった。
「……気のせいでは?」
「気のせいを切り捨てた者から死にますね」
即答だった。
冗談の余地がない。ところどころで、候補生の肩が微かに揺れる。
「聖女に必要なのは、強靭な魔力ではありません」
講師は、黒板の隅に小さく書き添えた。
その文字は評価であり、警告だった。
『魔力残存:不明
判断:適切』
「鈍感にならないことです。
この評価が付く者は、生き延びます」
講師の声が止まる。
目を開ける合図は、なかった。
教室には、数字のない重さだけが残った。




