第2章 測られる日々 第9話 判断=責任
沈黙が落ちる。
教室の中で、誰かが息を呑む音だけが小さく響いた。椅子の軋む音すら、誰も立てようとしない。
やがて、前列の一人が喉を鳴らし、恐る恐る声を上げた。
「……BとC、ですか」
自分の声が思った以上に大きく響いたことに気づき、その候補生は一瞬だけ肩をすくめる。
「理由を」
講師の声は低く、促すだけだった。
「二人助けられますし……」
言い終えた直後、その候補生は自分の言葉が“数”だけで出来ていることに気づき、視線を伏せた。
講師は黒板から離れ、教室をゆっくりと見渡す。
「他には?」
一拍の間があり、今度は別の場所から声が上がった。
「Bだけを助けて、残りは次の聖女に……」
「前線に、次は来ません」
即答だった。
感情の入る余地を、最初から排除するような声音。その言葉が落ちた瞬間、空気が一段重くなる。
誰かが無意識に背筋を伸ばした。
講師は続ける。
「では、Cは?」
一瞬、視線が宙を泳ぐ。
「……軽傷なら、自力で……」
「自力で戻る途中に倒れた場合、それはあなたの判断です」
講師はそう言うと、振り返り、黒板に一本の線を引いた。
白い線が、乾いた音を立てる。
『判断=責任』
その文字を見た瞬間、候補生の何人かが息を詰めた。
「優先順位の原則を教えます」
講師は淡々と黒板に向き直る。
順に、文字が書き加えられていく。
「第一原則。生存可能性。助けられる者を、確実に助ける」
筆記音だけが、教室に響く。
「第二原則。影響範囲。その者が生き残ることで、何人に影響を与えるか」
後方から、小さな呟きが漏れた。
「……兵の階級、ですか」
それは疑問というより、確認に近かった。
「そうです」
講師は振り返らずに即答した。
「第三原則。“回収価値”」
その言葉が出た瞬間、教室にざわめきが走る。
何人かが顔をしかめ、視線を交わす。
「……言い換えます」
講師は一拍置いてから続けた。
「その命が、現場から回収される可能性」
ほんのわずかに、声が緩む。だが、緊張は解けない。
「現場では、“助けたが、その後失われた命”が、最も多くの魔力を無駄にします」
再び、講師は候補生たちを見渡す。
「七点。
三名。
あなたなら、どうしますか?」
誰も答えない。
視線は黒板に縫い止められ、ある者は机の縁を強く握り、ある者は唇を噛みしめていた。
講師は、その沈黙を否定しなかった。
「正解はありません。
記録には、理由だけが残ります」
黒板に、最後の一文が書かれる。
『選択ではなく
記録されるのは
判断理由』
白い文字が、はっきりと残る。
「そして、その理由が、次の現場で信頼されるかどうかを決めます」
講師は振り返り、教室全体を静かに見据えた。
「覚えておいてください」
一瞬、間を置く。
「奇跡を使うより難しいのは、使わない決断です」




