第2章 測られる日々 第8話 白衣の講師
ラファエル、イザベラに続いて、マルコが講義室へ向かって廊下を進んでいると、反対側から足早に歩いてきた男と合流した。
男は歩きながら白衣を羽織っており、その袖口には、まだ外気の冷たさが残っている。
別棟での実習を終えたばかりなのだろう。呼吸もわずかに早い。
「……あちらの講義の後ですか?」
マルコが歩調を緩めて声をかける。
「あ、マルコ講師……。
ええ、すみません。少し長引きまして。
間に合って良かったです」
男はそう答えると、歩みを止めることなく講義室へ入り、そのまま教卓へ向かった。
候補生たちが姿勢を正す間もなく、彼は黒板の前に立つ。
そして迷いなく黒板消しを手に取り魔力を流した。前時限に残っていた数字、魔力換算表、単価の一覧。それらを一気に消していく。
文字の粉が光の粒で舞い、一瞬で黒板がまっさらになった。
「今日は計算はしません」
その一言で、教室の空気がわずかに緩んだ。候補生たちの肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。
だが、講師は黒板消しを置くと、間を置かずに続けた。
「今日は、選別をします」
空気が、張りつめる。
彼は黒板に、はっきりとした文字で三つの記号を書いていく。
A
B
C
「仮定の状況です」
講師は教卓に片手を置き、教室全体を見渡した。
「あなたは前線に派遣された聖女候補。
……残存魔力は七点」
以前の講義で何度も扱った数字が、自然と頭に浮かぶ。
祝福一回分。
あるいは、癒やし二回と、わずかな端数。
「目の前に、三名の負傷者がいます」
条件は、感情を挟むことなく淡々と重ねられていく。講師は声にしながら言葉と注釈を書いていった。
「A。重傷兵。意識なし。
癒やし十点相当が必要。
B。中傷兵。意識あり。
癒やし三点で回復可能。
C。軽傷兵。歩行可能。
放置すれば戦線離脱……。」
三人。
魔力は七点。
候補生たちは誰も口を開かなかった。
数字は理解できる。条件も明確だ。
講師は一度だけ、形式的に問いかけた。
「質問は?」
だが、手を挙げる者はいなかった。
「では、決めてください」
その言葉が落ちた瞬間、教室は静まり返った。




