第2章 測られる日々 第4話 救う価値
候補生たちを見渡して、講師は一歩だけ前に出た。その視線が列の端から端へとゆっくり移動し、途中で止まる。
意図的に、外さなかった。
「お前」
短い呼び声。教官の指先が、迷いなく一点を示す。
その先にいたのが、テリカだった。
「判断しろ」
名前を呼ばれたわけではない。それでも、空気が一斉に彼女へと収束する。
テリカに視線が集まる。
背中に突き刺さるような感覚。足先が、わずかに地面を掴んだ。
重傷者。
中等度。
軽傷。
視界に入る配置を、順に追う。
距離。呼吸の荒さ。血の量。
講義で習った項目が、断片的に頭をよぎる。
誰かを癒やせば、誰かを見捨てる。
それは、さっきまで机の上にあった問題だった。
紙の上では、数字だった。
今は、目の前で呻く“人”だ。
考えた末。
喉が動いたが、音にならない。
「……」
言葉を探す時間が、伸びる。正解を選ぶより先に、間違いを恐れてしまった。
「時間切れ」
教官の声が、容赦なく割り込む。
同時に、別の教官が前に出た。
動きに無駄はない。既に決まっていた手順をなぞるように、淡々と癒やしを行使する。
対象は、中等度の負傷者一名。
理由は、ひとつだけだった。
「戦力復帰率が最も高い」
宣告のような言葉。
残りの負傷者は、そのまま担架から下ろされる。手際よく、「死亡」「行動不能」と書かれた札が胸元に置かれた。
同時に呻き声は、止まった。
一瞬の静寂。
それは魔道具だった。
さきほどまで“生きているように見えた”リアルな人形。
「これが、正解の一例だ。
感情で動くな。奇跡は、判断の結果だ」
教官の声が、広場に残る。
誰もが、その場に立ち尽くしていた。足が、地面に縫い留められたかのように。
癒やさなかった。
癒やせなかった。
でも、それ以上に──。
判断できなかった。
候補生たちを一人ずつ見渡したあと、教官が最後に言った。
「覚えておけ。
聖女の仕事は、全員を救うことじゃない。
救う価値を、選ぶことだ」
言葉は、突き放すようでいて、否定ではなかった。
ただの事実だ。
事前実習は、そこで終わった。
教官と入れ違いに、イザベラが候補生たちの前へと歩み出る。
足取りは落ち着いている。空気を切り替える役目を、自然に引き受けていた。
「次に実技訓練に入ります。
いまの演習を振り返りながら、訓練用の装備に着替えてきてください。
集合は……20分後。
解散!」
号令とともに、張りつめていた空気が、わずかに緩む。
更衣室へ向かいながら、候補生たちは自分の手を見た。
指先。掌。祈るために鍛えられたはずの、その形。
祈りの手順も、術式も、頭には入っている。
それでも。
あの瞬間、動かなかった自分。
そして──。
とうとう、実技訓練がスタートする。




