第2章 測られる日々 第3話 正しさの却下
それは血糊のはずだ。とはいえ、量が多い。
担架の縁から地面へと垂れ、踏み固められた土に吸い込まれていく。
その色合いも、生温かさも、どう見ても本物に近い。
呻き方も、リアルすぎる。
苦し紛れに息を吐き、身体を僅かによじる動きが、偶然では再現できないものだった。
候補生の中には、思わず視線を逸らす者もいる。
教官は、その様子を一瞥しただけで、平然と状況を整理し始めた。
声色は変わらない。情も、ためらいも含まれていない。
「まずは状況整理を行う。
一人は重傷。
二人は中等度。
二人は軽傷だ」
淡々とした声が、広場に落ちる。
まるで数字を読み上げるような口調だった。
そこで「さて」と、短く言葉が落とされた。
全員を癒すことはできない。
候補生たちも分かっている。視線が自然と互いを避けるように泳ぐ。
点数が足りない。頭では理解している。
でも……。
喉の奥が詰まり、誰かが小さく息を吸った。理屈と感情の間で、足がすくむ。
「判断しろ。
誰を癒やし、誰を癒やさないか」
教官の声が、選択を強制する。
候補生たちの列から、誰かがすぐに動いた。一歩踏み出した靴底が、土を強く踏みしめる音がした。
そして軽傷の一人に、手を伸ばす。
指先が震えながらも、迷いを断ち切るように。しかし、すぐさま、
「待て」
教官の低い声が、その動きを止めた。
「理由は?」
問われた候補生は、息を詰める。
一瞬、視線が宙を彷徨い、それから答えを絞り出す。
「……助かりやすいから」
「却下」
冷たい。
言葉に温度がない。
候補生は何も言い返せず、視線を落としたまま列に戻るよう指示される。
背中が、わずかに小さくなった。
「癒やしは、延命ではない。
戦力回復だ」
教官の言葉が、さらに場を冷やす。
“命”ではなく、“戦力”。その置き換えが、胸に刺さる。
しばらくして、別の候補生が重傷者の方へ向かう。一歩一歩が重い。それでも、足は止まらなかった。
教官は、再び問いを投げる。
「理由は?」
「この人を助けないと、死にます」
声は震えていた。それでも、必死に目を逸らさずに答えた。
教官は、首を横に振る。
その動きは小さいが、決定的だった。
「却下。三点では、助からない」
空気が、張りつめる。誰もが息を潜め、次に動くべき足が見つからない。
動ける候補生が、居なかった。
候補生たちも理屈は分かっている。
講義も受けた。数字も知っている。
でも。
目の前で苦しんでいる人間を前にして、点数の話をする準備が、まだできていなかった。




