第9話 神の御業(※とある冒険者)
狩りをするため、冒険者の俺は二人の仲間と森に入った。
空気は湿っていて、森の奥からは不気味な鳴き声が絶えず響いていた。
「最近は王都周辺も魔物が増えてきたらしいな」
俺たちは半年ほど王都にいるが、魔物討伐の依頼はほとんどなく、猫探しや配達、貴族の護衛などばかりだった。
でも、近頃は魔物の姿がよく見られるようになったらしい。
騎士団が対応しているので目立った被害はないが、王都を出入りしている商人などには注意喚起されている。
まあ、俺たちのようなのんびりしている冒険者に魔物討伐の命がくだることはないだろう。
今は狩ったばかりの新鮮な肉を食べたいという貴族の依頼で動いている。
「鉢合わせないといいがな。獲物を持ったまま戦うのはつらい」
「魔物から王都を守るために神子様が来てくれたんだろう? だったらそんなに治安は変わらないんじゃないか」
楽観的な仲間の考えに苦笑いだ。
神子とは『国の危機に現れる神の使い』らしいが、詳しいことは知らない。
「神子って何ができるんだ? 神様の力で助けるって聞いたけど、それって何なんだよ」
「まあ、たしかに……具体的にどうするのかは知らないけどさ」
「とにかく、肉は確保したから早く帰ろうぜ」
依頼通りのイノシシを捕まえることができたから、何もないうちに王都に戻ることにする。
運びやすいように軽く解体したから、血の匂いで近寄ってくる可能性もある。
それぞれ馬にまたがり、走りだそうとしたところで違和感がした。
「何だ? …………っ!?」
木々の間から現れたのは猿……ではなく魔物だった。
数十体はいるだろうか。
牙を剥き、唸り声をあげて俺たちを見ている。
「逃げろ!!!!」
一気に駆け出す。
「王都付近まで行くと騎士が巡回しているかもしれない! そこまでいけば……!」
「でも、王都から出発したときはいなかったぞ!?」
「常駐しているわけじゃないんだろ! とにかく逃げるしかない!」
後ろを確認すると、馬の速さには追いつけないようだったが、数がどんどん増えていた。
「な、なあ、このまま王都にたどり着いても、おいらたちが魔物を連れてきたって言われないか?」
「じゃあ、このまま死ぬか!?」
たしかに申し訳ないとは思うが、俺は死ぬのはごめんだ!
「おい! 横からも来たぞ!」
森を抜けて荒野にでたのだが、オオカミのような足が速い魔物の集団が見えた。
まずい、このままだと逃げきれない!
絶望しかけた、そのとき――。
「!?」
突如現れたのは、黒衣の目隠しをした五人の青年たちだった。
彼らは魔物に勝る速さで動き、オオカミのような魔物をあっという間に倒してしまった。
背後からは猿のような魔物たちの悲鳴が聞こえ、驚いて振り向くといつの間にか半数以下になっていた。
何が起こったのだと目を凝らすと、見覚えのない塔から、黒衣の弓兵たちが矢を放っていた。
「そのまま進んでください。現在、魔物の出現時間です。王都まで護衛します」
話しかけてきたのはリーダーなのか、一人だけ少し違う服装の青年だ。
カマーベストをつけていて一番戦いに向かない恰好なのだが、もっとも魔物を多く倒していたし、明らかに動きが違って上の者だと分かる。
他の黒衣の青年たちも、馬で走る俺たちと同じスピードで並走してきた。
「ど、どうも……助かる……」
思わず礼を言ったが、こいつらは本当に人間なのか?
もしかして魔物か? と思ったが、俺たちを守ってくれたし……。
「あんたたちは騎士なのか?」
「我々は神子様の兵です。神子様の命でのみ動きます」
「まさか、塔も……?」
「神子様のお力で創造された防衛塔です」
「!」
俺たちが知らなかっただけで、すでに守られていたのか?
王都へ帰還する道中、いくつもの知らない塔を目にした。
空を飛ぶ魔物が現れると塔から矢が放たれ、的確に仕留められている。
「それにしても、魔物って……こんなにいたのか……」
黒衣の兵たちが倒しても次々に現れている。
彼らがいなかったら俺たちが確実に全滅していただろう。
やがて、王都の姿が見えてきたところで――。
「!?」
突然、地面が震えて轟音が空に響いた。
「背後か!?」
気配を感じて振り向くと、王都を囲うように防壁ができていた。
今通ってきたところで何もなかったのに……一瞬でこんな巨大なものができあがった!?
「神子様が防衛施設を設置しました」
リーダーらしき青年が告げる。
「信じられない……まさに神の御業だ……」
「…………」
思わず俺が零した言葉に、黒衣のリーダーは無言だが少し嬉しそうだった。
「ここからは魔物はいません。安心して進んでください」
王都の入り口となる門が見えたところで、リーダーが再び声をかけてきた。
「本当に助かった……あれ? どこにいった?」
振り返っても、もう彼らの姿はなかった。
命の恩人にちゃんとお礼を言いたかったのだが……。
また会う機会があれば……いや、彼らの主人である神子に感謝をしよう。
「騎士はいないな」
期待していた姿はなく、少し残念に思った。
それにしても――。
騎士すら気づかないうちに、彼らは魔物を倒している、ということか?
「神子とは……本当に神の使いなんだな……」