第8話 後悔(※セオドア)
久しぶりに訪れた侯爵家――。
自分に非があることは分かっているが、訪ねるのは勇気がいった。
でも、ルーがヴィクトリアと一緒に姿を消したと聞いて、確認せずにはいられない。
「セオドア様、少々お待ちください」
ルーの父であるルモワーヌ侯爵に面会を求めたが現在は来客中とのことで、使用人にサロンへと案内された。
静かに待たされること、すでに三十分が過ぎたが……いっこうに呼ばれる気配はない。
……ミレーヌのことがあるから、責められるかもしれない。
だんだんとそんな不安が大きくなる。
胃が重たくなってきたのを紛らわせるために、サロンを離れて庭に出る許可をもらった。
庭は変わらず手入れが行き届いていた。
風に揺れる花々、太陽を透かす木々の葉。
穏やかで優しい光景だった。
庭のあちこちには、ルーの手が加えられた装飾や造作が残っている。
小さな石畳、寄せ植えられた花々、木の枝に吊るされた小鳥のオブジェ――その一つひとつに、彼女の気配が宿っていた。
『失ってから気づく』なんて、よく言われるけど……本当にその通りだ。
オレはずっと、頼りになるルーに甘えすぎていた。
何をしても、何を言っても、許してもらえるとどこかで慢心していた。
今になってそれを激しく後悔している。
「……?」
気配を感じて顔を上げると、思いがけない人物がそこに立っていた。
「ルシアン様……!?」
慌てて頭を下げる。
……一瞬、誰か分からなかった。
いつもは綺麗に整えているヒゲも乱れ、顔には疲れが滲んでいた。
「お前の婚約者もいなくなったらしいな」
「……はい」
その一言で、彼がヴィクトリアの件で来ているのだと察した。
「ヴィクトリアとお前たちは幼馴染だったな。……匿っている可能性もあるかと考えたが、その様子では何も知らないようだ」
「……はい」
「何か分かったことがあれば、すぐに知らせろ」
「承知しました」
それだけ言い残し、ルシアン様は背を向けて去っていった。
去っていく背中は、どこか哀れに見えた。
オレもあんな……いや、立場が下のオレの方がもっと惨めか。
「セオドア様、お待たせしました」
使用人が呼びにきたので応接室へと向かうと、そこにはルーと同じ水色の髪をしたルモワーヌ侯爵が待っていた。
「やあ。久しぶりだな」
もっと冷ややかに迎えられると思っていたのだが、その口調は以前と変わらず穏やかで少しホッとする。
ただ、ルシアン様と同様に、侯爵にも疲労の色が見て取れた。
「はい。ご無沙汰しております」
「騎士として、なかなか活躍しているようだな。ワイバーンを倒したと聞いたぞ。驚いたよ」
それはほとんどルーの功績だ。
騎士団にはオレの功績として報告させてくれたが……父親にも話していないようだ。
余計に自分が情けなくなる。
「オレはまだまだ未熟です。……それで、ルーに会いたかったのですが、戻っていないのですね?」
「ああ。ヴィクトリアが婚約した日から一緒に姿を消して、それっきり音沙汰がない」
オレは任務中に一度だけルーを見た。
だが一緒にいたのはヴィクトリアではなく、顔のいい男たちだった。
あれから帰っていないということは、今も彼らと一緒にいるのだろうか。
そう思うと焦りと嫉妬に駆られる。
思い出すのはあのときのルーの顔。
男たちに対して、真っ赤になって動揺していた。
あんな顔をするルーを見るのは初めてだった。
いつもは、凛としていて冷静で――。
……ああ、そうか。
オレが頼りないから、彼女がそうならざるを得なかったんだ。
「……君との婚約について、考え直した方がいいのかもしれない」
「え……そんな! オレはルーと結婚します!」
思わず声を上げると、侯爵の顔がさらに曇る。
「事情があるとはいえ……あの子の意思をないがしろにしすぎたのかもしれない」
侯爵が言っているのは、ミレーヌのことだろう。
ミレーヌのことは、本当に妹のように思っている。
ルーとは違う『女の子らしい可愛さ』があって、頼られると嬉しかった。
プレゼントもたくさん貰ってつい浮かれてしまった。
いざとなれば、秘密の任務とはいえ『ミレーヌを守れ』と教会に言われていることを明かせばなんとかなる――そう思っていた。
「ルクレティアがいなくなってから、不都合が出ているんだよ。もっと女性らしくすればいいのにと呆れていたくらいだが、案外、あの子が作ったものを欲しがる人は多くてね。私も探しているが、君も見つけ出したらすぐに戻るよう説得してくれ」
「はい……」
「とにかく、婚約を続けたいのであれば、まずはそちらの問題を解決したまえ」
「分かりました」
※
「セオ、おかえり。どこに行ってたの?」
家に戻るとミレーヌが駆け寄ってきた。
病弱だと聞いているが、今でははたして本当なのかと思う。
何かしたくないことがあるときや、都合が悪いときだけ体調を崩して気がする。
腕を掴んできたのでやんわりと振りほどいたが、ミレーヌはお構いなしにぐいぐいと迫ってくる。
「ねえ。どこに行ってたの、って聞いてるの」
「……ルーに会いに」
あまり彼女を見ないまま、歩きながら答えた。
ルーの話を出すと、いつも会う機会を潰すようなことをしてくる。
また何か言ってくるだろうと思ったのだが「ふーん」と流すだけだった。
「それで『誤解』は解けたの?」
「……会えなかった」
そう答えると、ミレーヌは少し笑ったように見えた。
「残念ね。……じゃあ、わたし教会に行きたいから連れて行ってくれる?」
「……は?」
オレが悪いのは重々分かっている。
けれど、ミレーヌにも原因はあるのに、まるで何も感じていない様子が腹立たしい。
「……付き添いは別の人を手配する」
「セオがいいの。私、たくさんプレゼントしたじゃない? 少しくらいお願いを聞いてくれてもいいと思うの」
そういってシャツについている宝石を触った。
貰ったときは最高にいいと思った。
ルーがくれるものは手作りでセンスもよくてすごいが、高価じゃないしオレや家族には地味に思えた。
一方、ミレーヌがくれるものは派手だし高価で嬉しかった。
でも、ミレーヌに貰ったものを身につけるようになってから、まわりからのオレの評判は悪くなった。
最近、センス変わった? と、どこか残念そうな表情で尋ねられることが多くなり、自分でもルーに会わないうちに、冴えない男になってきていたことに気づいてしまった。
評判を取り戻そうにも、何から手をつけていいのか分からない。
やっぱりオレにはルーがいないと……。
「今日は無理だ。……構わないでくれ」
そう言って彼女を振り切り、自室へと向かった。
「つまんない。でもまあ……今はいいか。許してあげる。セオは結局、わたしを選ぶはずだもの」