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第7話 推し

 黒で統一されたスタイルに黒のブーツ。

 全体はシンプルながらも異国的なデザインが映え、美しさと個性を際立たせている。


「そうだよ。妖しいお兄さん、って感じで素敵だろ? 姿が変わっているように見せるアイテムを使ったんだ」


 そう言って人差し指に嵌っている指輪を見せてくれた。


「これからは王太子や国の連中にみつからないようにしたいからね」

「なるほど……すごいアイテムがあるんですね。声まで変わって……」

「そうなんだ、でも、幻聴と幻覚の効果しかないから、触覚はごまかせない。ほら、胸を触ってみてよ」

「え?」


 たしかに男性と女性の違いで分かりやすいところではあるのだが、触ってもいいのだろうか?

 確かめるようにアマネ様の目を見ると「君が嫌じゃなかったらどうぞ」と言われたので、失礼してソッと触れてみた。

 視覚では男性の平らな胸だが……手では柔らかい感触がする。


「ほんとだ……」

「でしょ? だから、ある程度は服装を合わせないといけないんだ。ズボンなのに近づいたらドレスが当たったりしたら不自然だろ?」


 ヴィーは幅のあるドレスを着ていたからズボンに着替えるのか。

 なるほど、と納得しているところに扉が開いた。


「用意ができたわ!」


 意気揚々と部屋に入ってきたのは真っ赤な髪を一まとめにした美男子だ。

 こちらは白地に赤のラインや装飾が入ったコートに黒のパンツ姿で、どことなく騎士の風格がある。


「ヴィーなの?」

「そうよ? 素敵でしょ?」


 くるりと回って見せてくれたが、その仕草は女性的だ。

 今の姿だと違和感がある。


「素敵だけど、その姿のときは仕草も口調も気をつけなきゃいけないよ」

「そうだったわね。いえ、『そうだったな』」


 アマネ様の指摘に頷いたヴィーは、腕を組んで男性らしい仕草をした。

 口調も違和感がなかったし、とてもかっこいい。


「まさか僕たちが男になっているとは思わないだろうから、バレる確率は低いと思うけど……一応偽名を考えない?」


 たしかに『アマネ』は他にはない名前だし、変装に合わせて考えておくといいだろう。


「分かりやすいようにしたいよね。ヴィヴィは『ヴァン』、僕はアマネだから『アラン』とかどう?」

「いいんじゃないかしら」

「じゃあ、これから男のときのヴィヴィは『ヴァン』、僕は『アラン』って呼んでね」

「分かりました」

「名前も決まったところで……行こうか、『ヴァン』!」

「ええ。わたくし……じゃなくて、『おれ』たちはフィン様を救ってくるから、ルーはここで待っていてくれ。もう家出宣言をしているから、あまり人に見つからない方がいいし、暴れているやつもいて危ないからさ」

「すぐ戻ってくるから待っていてね!」


 男らしい振る舞いをする二人にドキドキしていたが、部屋を出て行こうとする背中を見ていると苦しくなってきた。

 置いて行かれちゃう……どうしてだろう……すごく一緒にいたい、私も行きたい!


「あの……!」


 気づけば声を出していた。


「ルル、どうしたんだ?」


 二人は足を止めて振り返ってくれたが……私は言葉が出ない。

 連れて行って欲しいけれど、邪魔になることは分かっている。


「……一緒に行く?」


 言い淀む私に、ヴィーが聞いてくれた。


「……いいの?」

「行きたいなら一緒に行こう。ルーはもう何も我慢しなくてもいいんだよ?」

「何かあっても僕たちが守るよ」

「!」


 そう言って笑顔を見せてくれる二人に、一層胸が高鳴る。

 うるさい胸を沈めながら、差し伸べてくれたヴァンの手を取った。


「よし、行くぞ!」

「うん!」


 私も一応顔を隠すために、隠れ家にあったストールを被って二人と一緒に駆け出した。

 魔物退治の経験もあるので、何とかついて行くことができている。

 人通りが増えてきたところで、先の方に人だかりができていることに気づいた。

 暴れている人がいるようで、ガラの悪い怒声が聞こえてくる。

 あの場所は……ヴィーの推し、フィン君がいるパン屋があるところだ。


「フィン様!」


 ヴィーの視線の先にはパン屋の少年がいた。

 暴漢に捕まっている少女を解放しろと勇ましく交渉している。


「ぼくが人質になる! その子と代えてくれ!」


 正義感の強さに感動していたら――。


「なんて健気で勇敢なの~~尊い~~っ!」


 ヴァンが感動の涙を流している。

 元のヴィーでもこんな様子は違和感があるが、男性の姿なのでさらにおかしく見える。


「ヴァン、心の声を盛大に漏らすな」

「だって!! だって~~!!」


 アラン様に注意されていたヴァンだったが、前方を見てカッと目を見開いた。

 暴漢が少女に加えて、フィン君にも魔の手を伸ばそうとしていたのだ。


「フィン様にさわるなー!!!!」


 ヴァンが怒声をあげながら暴漢一味の元へ全速力で向かう。


「僕も行ってくる。ルルはここにいて」


 アラン様も急いで追いかけて行った。


 そして、心配している人だかりの前――。

 少女とフィン君のピンチを救うべく二人は颯爽と現れた。


 アラン様は一瞬で少女の元へ行き、犯人を蹴り倒す。

 そして少女を避難させるために抱き上げていると、暴漢の一人が刃を振るっていったが――。


「遅い」


 低く呟いた声と同時に、アラン様の長い足が相手の腹に命中していた。

「ぐっ」と呻いた男が膝をついたその隙に、羽のように軽やかに後方へ跳び、人だかりができている安全なところに少女をおろした。


「もう大丈夫。怖くないよ」


 優しい微笑みに、恐怖で泣いていた少女も顔を真っ赤にさせた。


 その一方、ヴァンは敵の中心へと踏み込んでいた。

 フィン君を庇うように前へ出て、襲いかかる暴漢たちをものともせず立ちはだかる。


「フィン様には指一本触れさせない」


 低く鋭い声と同時にコートの裾が翻る。

 ヴァンが片手に持っていたのは銀一色の美しい剣。

 一振り、また一振り――切っ先が閃くたび、敵の武器が宙に舞い、男たちが地面に転がった。


「何なんだ、こいつら……強すぎる……!」


 誰かが悲鳴を上げたが、すでに逃げ場などなかった。

 戦闘に加勢にしたアラン様も、一人、また一人と黒剣で薙ぎ払っていく。

 その動きには一切無駄がなく、静かに敵側の戦意も削っていく。


「すごい……」


 舞うように戦う二人に見惚れる。

 二人ともまるで物語の中から抜け出してきたような美しさだ。

 息を忘れるほど、私の目は二人に釘付けだ。

 五分もすると、暴漢一味は全員地に伏していた。


「終わりだな」


 ヴァン様のつぶやきと同時に、圧倒されて息をのんでいた観衆から「わーっ!!」と歓声があがった。


「フィンさ……フィン君、怪我はない!!!?」


 戦っていたときの優雅さはどこへいったのか、「はわわっ」と慌てふためきながらフィン君の安全を確認するヴァンに思わず笑ってしまった。


 でも、私の胸は今、かつてないほど高鳴っている。

 人生の中で一番ドキドキしている!

 フィン君との繋がりを作り、安全も確保して戻ってきた二人に、私は興奮を抑えられず詰め寄った。


「推しができたわ!!!! 私、ヴァンとアラン様を推すわ!!!!」

「「!」」


 私の勢いに二人は目を丸くしている。


「二人とも本っ当に素敵だった! まだ胸がドキドキしているわ!」


 そう話しながらも、まだ興奮が治まらない!


「これが無償の愛……見返りなんていらない。ただ、二人の役に立ちたいって強く思ったわ! これが『推し』なんだって心から思ったの!」


「ルーったら……」

「て、照れるな……」


 私の本気度が伝わったのか、二人は照れ臭そうに笑った。

 それも素敵すぎて胸が苦しい……さてはこれが『尊い』ね!?


「まさか、おれたちが推しになるとは思わなかったけど、ルーが推しをみつけてくれて嬉しいよ。あなたの目、輝いてるよ」


 そう言ってヴァンは私の頬にそっと触れた。

 早いと思っていた鼓動がさらに加速する。


 これが私に欠けていたものだったのか……。

 なんてエネルギーなのだろう。

 今の私は生命力が満ち溢れている!!!!


「お、騎士が増えたな」


 アラン様が騒動があった方を見てつぶやく。

 興奮して状況が見えていなかったが、気づけば事態を収拾するために応援の騎士たちが駆けつけてきた。


「あ」


 その中にセオドアがいた。

 デートは終えたのかちゃんと騎士の姿だ。

 暗い顔をしていることが気になって見ていると目が合ってしまった。


「ルー!? どうしてここに!」


 慌ててストールを深くかぶったが、こちらにやってきた。

 だが、ヴァンとアラン様が私の前に出て立ち塞ぐ。


「誰だ、お前たちは!」

「僕たちが誰だとか、お前には関係ないね」

「まあ、お前よりルクレティアと深い仲だということは確かだ」

「!!!!」


 ヴァンの言葉にセオドアは驚愕の表情を浮かべている。

 私は『ルクレティア』としっかり名前を呼ばれたことに心臓が飛び出しそうになった。

 推しに名前を呼ばれたぁ……!!

 信じられないくらい顔が熱くなっている。

 私のそんな様子にセオドアが目を見開いている。


「行こう」

「は、はいっ!」


 ヴァンが私を抱きかかえて建物の上に飛び上がり、それにアラン様もついてきた。

 ちらりと下を見ると、セオドアはこちらを見上げて呆然と立ち尽くしていた。


「ふっ、何一つ僕たちに勝てない小物が……! 顔を洗って出直せ!」


 アラン様は「ははは!」と高笑いしているし、ヴァンもニヤリと笑っている。


「この展開は気持ちいいな。さすがに」

「ああ。僕たちかっこよすぎる。さすがに」


 私は推しがかっこよすぎて、正直セオドアに構っていられないのであった。

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