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第6話 私の能力

「……私にできることなんてあるの?」

「「もちろん!」」

「例えば……?」


 何を求められているのか、まずそれを知りたい。


「あなたには、特別な力があるの」


 本当にそんな力があるのだろうか、と首を傾げる。

 思い当たることといえば……。


「精霊が見える、ってこと?」

「それも力のひとつね。でもあなたは見えるだけじゃないの。大精霊から『祝福』を受けているのよ。子どもの頃、大きな蛙に出会ったでしょう? あれは呪われて蛙の姿にされていた大精霊だったの。あなたがその呪いを解いたことで、感謝を込めて祝福を授けられたのよ」

「あの蛙が大精霊?」


 当時の記憶を掘り起こす――。

 あれは幼少期に田舎の別荘でセオドアと長期滞在していたときのことだ。


 私は森の中で不気味な蛙に出会った。

 幼かった私とほぼ同じ背丈で、紫色の肌には大人の拳ほどもあるイボがいくつもあった。

 そのイボからはどろどろと真っ黒な液体が流れ出ていて、とても気味が悪かった。

 一緒にいたセオドアは悲鳴をあげてすぐに逃げてしまい、私もそうしようかと一瞬迷ったが――。

 その蛙の「ゲロゲロ」という鳴き声があまりにも悲しげで、涙を流しているのが見えたのだ。


 黒い液体が気持ち悪いのかな、と思った私は「水の魔法で流してあげようか?」と声をかけてみた。

 すると、水を求めているような表情を見せたので、私はすぐに思いきり水の魔法をかけた。

 水圧で潰してしまったかと焦ったが、泥が洗い流された蛙はとても嬉しそうだった。

 さらに水を欲しそうにしていたけれど、魔力が尽きて疲れてしまった私は、蛙に別れを告げて家へ戻った。


 でも、翌日も気になって、また同じ場所へ足を運んだ。

 蛙はそこにいて、再びイボから黒い液体を流していた。

 潤んだ目でこちらを見て、また水を求めてくる。

 私は昨日と同じように魔法で水を出し、黒い液体を流してあげた。

 そして疲れて帰る――そんな日々を、およそ三十日ほど繰り返した。


 そのうちに、私たちは仲良くなっていった。

 私が歌えば蛙は踊り、寝床を作れば高く飛び跳ね、お菓子を作って持っていけば涙を流しながら嬉しそうに食べた。

 蛙を絵に描くと「もっと美しく描け!」と、まるで注文をつけるかのように主張してきたりもした。


 そんな日々を過ごしているうちに蛙のイボは小さくなっていき――。

 すべてのイボがなくなると蛙は姿を消した。


 その代わりに、蛙のいた場所では精霊たちが楽しげに大騒ぎをしていた。

 それを境に私は精霊が見えるようになったのだ。


 あの蛙が、大精霊だった?


「『クレアヴェル』という創意を愛する大精霊よ。優れた手仕事に加護を与えるわ。だから、あなたが生み出すものは精霊に愛されるの」


 そう言われたとき、私はふとスイーツ店に精霊が増えていたことを思い出した。

 あれはチラシやポスターに精霊が集まり、商売繁盛の効果をもたらしていたということなのだろうか。


「セオドアが一番恩恵を受けているわね。あなたが作った服を着たりお菓子を食べたりして、魅力や運気が上がっているもの。だから、やたらモテていたのよね。でも、病弱不幸自慢の小娘が男を支配するタイプなら、ルーが作った服は着せないでしょうから……魅力も運気も下がるしかないわね、くっくっく」


 私が作ったものにそんな効果があっただなんて……。

 正直、まだ半信半疑だ。


「とにかく! あなたが作ったものをくれたら、わたくしたちには良い効果があるの!」

「私にできることならなんでもするわ。作るものは何でもいいの?」


 そう尋ねると、二人はなぜか激しくオロオロし始めた。


「え、ええ、も、もちろん」

「何でもいいんだけどね? その、できれば……」

「?」


 もじもじして話しださないので何だ? と思っていると、二人は体を起こして意を決したように話し始めた。


「あのね、わたくしたち……この隠れ家では癒されたいの!」

「僕たちには癒し……『推し』の力が必要なんだ!」

「推し……私にも必要だと言っていたものよね?」


『婚約破棄』『家出』と衝撃的なことが続いたからすっかり頭から抜けてしまっていたが、ここで『推し』の話に戻ってくるのか。


「そう、生きる糧……推し……。この隠れ家はわたくしたちの『推し活屋敷』でもあるの」

「推し活屋敷?」

「とにかく、見て貰った方が早いわ。わたくしの部屋に行きましょう」


 二人に先導されて裸足のまま談話室を出て、廊下の奥へと進む。

 少し進んだところ、白いドアの前でヴィーは立ち止まる。


「ここがわたくしの部屋よ」

「!?」


 若草色の壁に黄金の立派な額に入った『そばかすのある素朴で可愛い少年の大きな絵』があった。

 その近くには可愛らしいバケットやパンの飾りや、双葉をモチーフにした看板が置かれている。

 見たことがある十代前半くらいの少年……街のパン屋『フォリエット』の手伝いをしている少年だ。


「わたくしの推し、パラメーターアップのパンを買うことができるパン屋のフィン様よ! 部屋の壁は推しカラーの若草色よ! そして双葉は推しマーク」


 ヴィーはとっても嬉しそうに話してるが……私はとても動揺している。


「あなた、どういうつもりなの!? まさか、この子を攫う気!?」

「馬鹿なことを言わないで! 手を出したりしないわ。彼の幸せがわたくしの幸せなの。あ、ちなみに彼は幼い少年のように見えるけれど、それはドワーフの血が入っているからで実はわたくしたちより年上の二十代でパン屋の店主よ」

「そうなの!?」


 言われてみればパン屋に大人の姿はなく、いつもフィン君が店先に立っていた。


「最近の日課は、変装して彼からパンを買うことよ。いつもパン一つに、ちょっと多めに金貨一枚を渡してしまうんだけど……なぜか怖がられちゃって……」

「私も今、恐怖を感じているわ」


 金貨があればパンを百個は買えるから、『ちょっと』どころの話ではない。

 何か目的があるのではないか、と怖がられても仕方ないだろう。


「ヴィー、君だけ布教してずるいぞ! 僕の部屋も見てくれ!」


 アマネ様はそう言って私の腕を掴むと走り出した。

 廊下に飛び出て、今度は黒い扉の前にきた。


「僕の部屋はここだ!」


 扉をバンッと開けると、白と黒のモノクロを基調にしたシックな部屋が見えた。

 側面の壁に同じように大きな絵が飾られているが、こちらは無骨な鉄製の額に飾られており、描かれているのは大柄で腕もかなり太い四十歳くらいの男性だ。

 そして、大きなハンマーのオブジェも置かれている。

 熊のようなこの男性、どこかで見たことがあると思ったら鍛冶屋の職人だ。


「彼は攻撃力や防御力アップをするために行く鍛冶屋で出会えるバルグさんだ! 見て! この腕を組むとパンパンになっている感じが最高! 鉄を打つたびにほとばしる汗もたまらないよ!」

「アマネ様! 彼には奥様がいらっしゃるわよ!?」

「知ってるさ! 愛妻家なのが尊いんだ! まさに美女と野獣なあの夫婦を推さずにはいられないんだよ!」


 夫婦を推す?

 バルグさんが好きなのに、奥様のことも好き?

 私の頭は混乱中だ。


「よく分からないけど、情熱は伝わってきたわ。要は『とても好き』ということなのね?」

「そう! 見返りなんていらない、ただ存在してくれていればいい。推しよ、健やかであれ」


 アマネ様の言葉に、ヴィーも深く頷いている。

 ……無償の愛ってこと?


「ルー、あなたには推し活の需要を満たすことができる天才なの! 何せ加護持ちの……ってそういう言い方はやめましょう」

「?」


 とにかく、二人の心を満たしながら祝福の力を与えるため、フィンさんとバルグさんに関わるものを作ればいいということか。

 難しいことではない……むしろ簡単なのだが、そんなことで役に立てるのだろうか。


「あなたはわたくしたちにとって、なくてはならない人なの!」


 ヴィーが私の手を強く握ってきた。


「それにあなたにもここで推しを探して欲しいわ」

「僕たち三人で幸せになろう!」


 アマネ様も手を重ねてきて、三人でがっちりと手を繋いだ。


 私も二人のような情熱をもって「好き」と言える人に出会えるのだろうか。


「……分かった。正直、まだ戸惑っているけど……やれるだけやってみるわ」

「そうこなくっちゃ!」

「やったー! 推しのグッズで祭壇を作る夢が叶うかもしれない!」

「祭壇?」

「三人でハグしよう!」


 手を離したアマネ様は、今度は両手を広げてハグを提案してきた。

 続けてすかさず手を広げたヴィーとアマネ様を、私も両手を広げて受け止めた。


「これから楽しくなるわ……ハッ」


 ニコニコしていたヴィーが急に焦りだし、壁にかけてある時計を見た。

「わたくしとしたことが! これからフィン様に危機が迫るんだったわ! 急いで早く準備しないと!」


「あ、パン屋のフィン君と出会うイベント……ガラの悪い連中が暴れるのは今日だったな! 僕も一応ヒロインだから行かなきゃ。ヴィヴィは着替えないとね」

「ええ、秒で着替えてくるわ!」


 ドレスなのに秒で着替えるのは無理なのでは……と見送っていたら、突然神子様の全身がピカッと光って姿が変わった。


「え!? ……アマネ様、ですよね?」


 この部屋には神子様しかいない。

 だから誰かと間違えることはないはずだ。

 でも、アマネ様がいた場所に立っているのはどう見ても男性――。

 サラサラの黒髪に黒目の蠱惑的な美男子だった。


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